――ハリエットには幼い頃から、不思議な能力があった。
それは、人や物に込められた記憶や想いを瞬間的に読み取る力だった。
素手で触れた時や、特別心が動揺している時、奇妙な力はランダム発生的に意思とは関係なく発揮された。
人や物に関わる「映像」が脳裏に映画のワンシーンように再生されるのだ。
そこに一番強く残る「想い」だけが、存在を主張するように、予告なく突然現れて――過ぎ去る。
多くは一瞬で、パッと現れて彼方に消えていく。
それが当たり前だったから、周りのみんなも同じように見えているのだと思いっていた。
成長と共に視え過ぎて、知りたくないものまでわかってしまうことが多くなり、対処法を教えてもらおうと兄に相談した時、「自分しか視えていない」ということを知った。
両親も知るところとなり、ハリエットは自分が人とは違うのだと知って怖かった。
幸いにして、家族はハリエットの能力が特殊であることは認めたが、気味悪がるどころか「神様が下さった特別な
ほとんどは取り留めもない些細なことで、生活に支障をきたす類のものはあまりない。
制御できない力ではあったが、意図できないだけでなんでも見えるわけではない。ハリエットが視ることができるのは「強く残された想いと記憶の断片だけ」なので、何でもすべてはっきり視えるわけではない、ということだけが唯一の救いだった。
もしそうでなかったら、気でも狂っていただろう。
人の場合はその人の主観になり、物の場合は、物の付近で最も強い感情を残した人の視点になる。
けれど、いつどのようなタイミングで強烈な想いが入ってくるのかはわからない。
玄関の扉を勝手に他人に開けられて、土足で侵入されるような不快感を伴うことも多い。
視える映像はその時々で変わるから、いいことも悪いことも篩にかけられないまま、押し込むように流入する。
強く濃く視えてしまった想いの形は、しばしば感情を奔流し、ハリエットは抱えきれずに倒れることも多かった。
制御できない厄介な力。それがハリエットの能力だった。
意図せず見えてしまうのが怖くて、ハリエットは母の勧めで、手袋をするようになった。
最初は慣れずに四苦八苦したものだが、何年もその生活を続けていると、手袋がないと逆に落ち着かなくなってしまった。ただ、ハリエットもやはり人間で、付け忘れることもある。
先日――。そうした「付け忘れ」が原因で、ハリエットは手袋をしないままうっかり兄が仕入れてきたオパールの指環を触ってしまった。そして、そこに残された「強烈な誰かの記憶」をハリエットは視てしまったのである。
教会の祭壇のような場所で撃たれた女性の表情や、むっとした濃密な鉄さびの匂い。
赤く染まって踏み荒らされた花の花弁が足元に広がる風景。
倒れ込んでいる二人の男女や、足元に広がる赤い水たまりに移り込む「自分の」おぼろげな姿が脳裏から離れない。
(いけない。時間がかかってしまったわね)
書類を仕上げ終わり、全体をもう一度よく堪忍し、ハリエットはこびりついた記憶を追い払うように一度目を瞑った。