アルフレッドはハリエットが細々と事務処理をしている間、卓上に置いていたペンを机の上で転がして遊び始めた。指先で器用に捻ってくるくると回転させている。
「袋か何かにお入れしましょうか? プレゼント用のラッピングはご入用ではないですか?」
「そのままでいいよ」
わかりました、と答えながら
(こんなにきれいなのに、本当に残念)
蔦の模様が立体的に彫刻された美しい意匠の指環だ。中央の石座は鳥の巣を思わせるデザインで、小さな葉っぱが留め爪の役目を担い、ファセットカットのオパールを守っているように見える。
ふわりとした乳白色の地色の中に細やかな光がちらちらと舞い踊っていて、いつまでも眺めていたいような気にさせる。それは、さながら星の瞬きのようで、極彩色の銀河の流れのようでもあった。
(『本物』でないからと言ってニセモノ扱いする人もいるけど、これはこれで私は好きだなぁ)
昨日店頭に並べた日。アルフレッドと同じように、ショーケースを覗き込んで指輪について尋ねてきた男がいた。彼はフェレイユ社の指環を集めているコレクターだといい、似たデザインだからつい目に留まったと言っていた。
ハリエットがよく似せて作られたレプリカだというと、彼はがっかりして店を後にしたのだが、その時のことが脳裏にふと蘇った。
そっと心の中で吐露すると、ケースを白い手袋を嵌めた手で閉じる。パチン、とした音共に指環は視界から見えなくなった。
(フェレイユ社の
「
富裕層の中にはコレクターも多く、所有すること自体が社会的ステータスを象徴するような存在となっている。
それゆえに、模造品や贋作が市場に出回り、本物を見極める目が試される場面も多い。だが、本物を目の当たりにした者は、その圧倒的な輝きと存在感に心を奪われると言われている。
「鑑定士って大変だね。ずっと手袋をしてるの?」
アルフレッドはペンを弄ぶ手を止めて、ハリエットの手袋を示した。少し毛羽立っているところはあるものの、汚れ一つない真っ白な手袋だ。先ほどから転写式の用紙の二枚目を捲りにくそうにしていることを言っているらしかった。
ハリエットはどきりとしたが、なるべく平静さを装って答える。
「ええ。仕事ですから」
「なるほどね。ページをめくる時難しそうなのに大変だな。外せばいいのに」
アルフレッドの指摘は正しい。ぐ、と言葉に詰まるもの小さく「すみません」と言いながらようやく捲った用紙を二つに割く。一枚目の用紙を二つ折りに畳み、指環のケースと一緒に机の上に滑るように差し出した。
「お待たせをして申し訳ありません。こちら領収書兼購入証明書です。先ほども申し上げましたが、アンティークのお品でございますので、セッティングの石類に関しての保証はありません。宝石の鑑定書は後日滞在先のホテルに郵送にてお届けさせていただきます。ご使用中ご不明な点等ございましたら、記載しております当店の電話番号までお電話ください」
「ありがとう。助かるよ」
アルフレッドは言いながらジャケットのポケットに乱雑に小箱を突っ込み、立ち上がった。「あ」と小さく声が出てしまったのは致し方ない。
(台座にセッティングしてあるけど、歩いているうちに外れて中で泳いでしまったら、宝石に傷が入ってしまうわ。オパールはただでさえ柔らかいのに)
アルフレッドはハリエットの小さな悲鳴に気づかなかったようで、軽やかな足取りで出入り口の方に足を進め、そのまま出ていくかと思ったらふと足を止めた。右横にあるライティングテーブルの引き出しを開けたり閉めたりしながら何か考える素振りを見せた後、唐突にこちらをふと振り返って口を開いた。
「ところで、ひとつ聞いていいかな?」
アルフレッドがテーブルの角に手を添えて、まっすぐハリエットを見つめてきた。
「なんでしょう?」
ハリエットがきょとりと小首を傾げると、間髪入れずにアルフレッドは
「ティアーズのオークションって、どうやったら入れるのかな?」
アルフレッドの声がくっきりと耳に届いた。