一瞬何を言われているのかわからず、ハリエットは眉根を寄せた。兄に視線を送ると、ジェイドは口笛を吹きながら新しいビールを取りに席を立ちあがり、ささっとこちらに背中を向けた。
「ティアーズの総支配人の息子で、フェレイユ社の責任者でかつ、君の兄さんの親友」
「ヘンリーのこと?」
「そう、
どういう関係と言われても、兄の唯一無二の親友で、小さい頃から知っているちょっと年上のお兄さんだ。
今日のようにたまにうちに来て夕飯を一緒に食べたり、都合が合えば休日は三人で出かけたりもする。
それとも、仕事上の関係でごくたまに会食のディナーに誘われて、一緒に夕食を摂ることがあるくらいの付き合いだと答えるべきだろうか。話す内容は、取り扱っている宝飾品の話や仕入れたばかりの調度品などの話に終始しているので、全く艶っぽさがないこともヘンリーの名誉のために言い添えるべきだろう。
「どう、とは?」
具体的に何を示しているのか判然とせず、考えあぐねていると、兄が珍しく助け舟を出すためにこちらを振り返った。ただし、表情は喜色で満ちていて、何か面白がる風である。
「ハリエットはヘンリーが好きだよな?」
「は!?」
ガタン、と思わず立ち上がったハリエットはなんてことを言うのかと、兄を鬼の形相で睨みつけた。兄はどこ吹く風で唇を尖らせてふらりと自分の椅子を引き寄せると、どっかりと腰を下ろしてニヤニヤとし始めた。
「小さい頃は俺よりヘンリーの背中ばっか引っ付いて回ってさ。助けてお兄ちゃん! っていう前に、助けてヘンリー! だったもんな?」
「へぇ」
至極楽しそうな表情でアルフレッドが双眸を柔らかく緩めている。あまりにも優しい表情で一瞬目を奪われたものの、次の兄のひと言でハリエットは目を思いきり剝いた。
「昔一緒の部屋で寝ていた時、変な夢を見たからってこいつ。夜中に起きて部屋でびーびー泣いてたんだけどさ、その時、心配してやった俺になんて言ったと思う?」
「ジェド!!」
「お兄ちゃんじゃなくて、ヘンリーだったらよかったって言ったんだぜ」
「それは小さい頃の話でしょ!?」
顔に朱が昇るのがわかる。
沸騰寸前の恥ずかしさに、ハリエットは思わず両手で机を大きく叩いた。
「お兄ちゃん!!いい加減にして!」
「――ハリエット、静かにしなさい。何時だと思ってるの? ご近所迷惑でしょう」
廊下向こうから母親の低い声が届く。
客人がいるため、いつもより落ち着いた声だが、これ以上怒らせるのはまずい。
意地悪くにやける兄に忌々しく舌打ちをしながら、ハリエットはゆっくり腰を下ろす。頬を軽く膨らませて抗議の意思を伝えれば、兄はこちらなどもう向いていなくて、アルフレッドに新しいビールを一本差し出しながら話しかけていた。
「ハリエット。ちょっとこっちに来て手伝ってちょうだい」
ひょっこりと、ドアの向こうから金色の瞳の母が顔をのぞかせた。その両手には寝具の一式がある。
ハリエットは嫌な予感がしたが、これ以上抗っても何も解決しないと諦観し、がっくりと肩を落として再び席を立ちあがったのだった。