「今日ここに来たのも、その妹からのオーダーでね。実はコレクターは私ではなく、妹なんだ。どうしてもフェレイユ社のオパールの指環が欲しいと言っていたから、それを見に来たんだよ。果たして彼女が欲しいと言っているのと同じなのかどうか、確かめにね」
「そうだったんですね」
「その妹と君が言うことがそっくりだったものだから、つい懐かしくてね。昔は私もそんなふうに妹と喧嘩をしたことを思い出したよ。……アルフレッド君、彼女をからかうのもほどほどに」
痛い目を見ることになるよ、と言わんばかりにカーティスは人差し指を首元に当てて横に引き、ニヤリと笑う。
「からかいがいがあって玩具みたいに楽しくて、つい。――肝に銘じますよ」
アルフレッドは悪びれる様子もなく肩をすくめる。その軽薄さに、ハリエットは思わず「だれが玩具よ」と言いかけたが、その瞬間、カーティスの背後から現れた人影に目を奪われた。
黒髪黒目の長身の美女が、にこやかに微笑みながらカーティスの肩を指先でトントンと叩いている。ほっそりとした輪郭に短く切りそろえられた黒髪が抜群に似合っている。
「レン」
レンと呼ばれた彼女が纏うのは、薄いラメが織り込まれたハイネックの直線的なドレスだ。控えめながらも妖艶さを漂わせるそのシルエットは、彼女の存在感を一層際立たせていた。袖口から指先まで漆黒の手袋をはめ、低いヒールのパンプスを合わせている。
「失礼、妻が来たようだ」
美女はにこりと微笑み、自然な仕草でカーティスの腕に手を絡めると、優しげな目線を彼に向けた。
「あぁ、こちらは先ほど会った人たちだよ。ハリエットと、確かアルフレッド。彼らもフェレイユ社の指環を狙ってるらしい。ハリエット、アルフレッド、こちらは私の妻のレンだ」
カーティスの言葉を受けて、レンは驚いたように目を見開くと、すぐさま柔らかく瞳をこちらに向け、小さく頭を下げた。会釈とは違う不思議な挨拶にハリエットが戸惑っていると、アルフレッドがゆらりと動き出し、同じように頭を下げる。
「何してるの?」
「え? 君、知らないの? これは彼女の国では当たり前の挨拶の方法だよ」
大仰に驚いてみせて、アルフレッドは傍らでぎこちなく奇怪な動きをする。頭の角度をもう少し下げるようにハリエットに指示しながら、レンに向けて笑顔を煌めかせている。
(なにをやらされているのかしら、私は)
「博学だね。彼女を見てひと目で出身地がわかった人間はそういないよ」
苦笑しつつ、カーティスは妻に向かって話しかける。その様子を見ながら、レンが一言も言葉を発しないことにハリエットは驚いた。その代わりに、美女は両手を複雑に動かして何かを伝えようとしているようだった。
それは確か、どこかで見た風景を思い出させる。
(手話? この方、声が……)
ハリエットがその意図に気づく間もなく、カーティスが杖を両手で持ち直し、彼女の手の動きを丁寧に読み取って返事をしている。
「ああ、なるほど。そろそろ時間か。お二人とも、すまない。私はもう行かないと――」
言葉の途中で、すっと横から風が動いた。
え、とハリエットが声を上げるより早く、アルフレッドが彼女を軽く左に押しのけ、カーティスの隣に立つ美女に向き直ってさっと手を差し出していた。
「ちょっと!」
ハリエットの抗議をよそに、ウェインチェスター夫人は一瞬戸惑いながらカーティスを見上げた。しかし、夫の穏やかな視線を受け、おずおずと手を差し出す。
「アルフレッドです。あなたのような、美しい方にお会いできて幸運でした」
アルフレッドは爽やかに笑いながら、夫人の手を両手でしっかり握りしめた。夫人は一瞬引き気味の表情を見せたが、礼儀正しく曖昧に頷く。
短い握手が終わり、カーティスが「また会場で」と軽く手を振って立ち去った。展示場の出入り口へ消えていく二人の後ろ姿を目で追いながら、ハリエットはじろりとアルフレッドを睨む。
「何してるのよ」
アルフレッドは一瞬だけ手のひらを見下ろし、何かを思い出すように笑った。それから、ポケットに突っ込むと、にこやかにハリエットを見下ろす。
「美しい方に会えたら、挨拶をするのが紳士の務めだろう?」
それとも、嫉妬でもした? と耳元で囁かれ、ハリエットは今度こそ心底呆れたようにため息をついた。