ぎくりと身が震えた。その通りだったのでリディはきまりわるくなってしまう。
場合によっては失礼になりかねない内情だというのに。しかしここで安易にごめんなさい、というのはますます彼の矜持を傷つけるような気がしたので、あえて彼の雰囲気を真似た返しをしてみる。
「スフェーン殿下にはひょっとして心の声をお読みになる力があるのではないですか?」
ふふ、とスフェーンは笑い声を立てた。
「よく言われますが、人の顔色を窺い、その心理を思考することは、王室内にいれば自ずと得意になるものです。幼い頃から病弱だった私ならば尚の事……」
そう言い、スフェーンはティーカップを手にとってカップのふちに上品に口をつけた。
「ご病気をされていたのですね」
色白で線が細い理由を察したが、リディは顔に出さないように気を配って心の中でだけで納得した。
「とはいっても昔から身体が弱いというだけです。今すぐに死ぬわけではありませんよ。だから心配なさらないでくださいね」
きっと深く追求してはダメなことだと思うから、リディはただ頷くだけに留めた。
そして、冷めてしまわないうちに出されたお茶を飲んだ。軽い口当たりで、ふわりと漂う香りがなんとも癒されるような心地をくれる。カップの中を見れば、お茶の中には薄紅色の花が入っていてふわりと綻んでいた。
「……美味しい。それにかわいいお花が……綺麗だわ」
自然とリディの表情も綻んでいく。
さっぱりとした清涼感のある後味も心地よかった。
「あなたに気にいっていただけてよかったです。お茶の花は茉莉花といいます。この庭園に異文化を伝えてくれた、私の母の祖国から取り寄せたのですよ」
「王妃殿下は異国の出身なのですか?」
リディは弾かれたように顔を上げ、スフェーンの方を見た。そういわれると、スフェーンという名前も少し異国風の音の響きがあるように感じた。
入ってきたときにも感じたが、ティールームも王宮内の雰囲気とは一画された、オニキス王国とユークレース王国とは異なる文化の情緒に溢れている。
「ええ。そうなんですよ。私は母譲りですが、ジェイドは……父によく似ています。他国から花嫁をさらってきて妃にしようとする豪胆さは正に」
スフェーンが少しだけ寂しそうな顔をする。リディはなんて言ったらいいかわからなくなってしまった。オニキス王国でも様々なしがらみがあるのかもしれない。
「ああ、すみません。こんなこと言ったら困らせてしまいますね。そういうつもりではなかったのですが、誤解のないようにこの話もしておきましょう」
そう言い添えてからスフェーンは話を続けた。
「元々父は許嫁がいたのです。その許嫁はジェイドの母君でした。先代からの約束を取り消すことはできず……王は結果的に二人の妃を娶ることになりまして。第一王妃が私の母、第二王妃がジェイドの母というふうに落ち着いたのです。つまり、私とジェイドの関係は異母兄弟ということになります。似ている部分と似ていない部分があるのはそのせいです」
スフェーンはあっさりとした口調で説明しているが、だいぶ込み入った話題だったので、リディは当惑した。
第二王妃の子であるジェイドが弟で、王太子の座につくということは、スフェーンの身体が弱いということだけではなく異国の血を持つからという部分もあるのだろうか。昔から王室は純血であるべきと考える国も少なからず存在しているのは確かだ。
しかしあえて追及することではないと、リディは胸に刻み込む。それに、ジェイドのいないところで聞いてしまったことへの後ろめたさもあった。
「私が聞いてもよい話だったのでしょうか?」
「問題ないと思いますが、ジェイドはもしかしたら自分の口で説明したかったかもしれませんね」
スフェーンが肩を竦めたそのとき。
「その通りだ」
と、低く通る声が響いて、皆が一斉に振り返った。そこにはリディがすぐに想像した人物……ジェイドが息を切らして立っていた。
「おや。嗅ぎつけるのが早いですね。さっきまで集中して剣をふるっていたのではなかったですか」
そう言いながらもスフェーンはこうなることを予期していたみたいな口ぶりだった。
ジェイドは乱れた髪をかき上げつつ、大仰にため息をついてみせた。
「はぁ。兄上、勝手なことをされては困るんだが……」
「勝手なことですか? 弟の大事な客人におもてなしをしていたつもりだったのですが……」
ねえ、と急に話を振られてしまったリディは右往左往してしまう。目の前のジェイドがギラついた眼差しを向けてきたからだ。
「リディは客人ではない。俺の花嫁になる大事な女性(ひと)だ」
「ならば、身内ということでしょう。彼女に詳細を話してもなんら問題はありませんね」
「えっと、あの……」
「俺が言っているのは、そういう問題ではっ――だいたい兄上はいつもそのように我が物顔を。いくら身内だとはいえ、事前に許可が必要であることはあなたが一番よくわかっているでしょうに」
「ジェイドは、屈強な見た目に似合わず、繊細な心の持ち主のようです。そういった部分も兄としてあなたをとても好ましいと思いますよ」
「逃げ道は、得意のいやみですか」
「あ、あのっ」
なんだか不穏な空気になりつつあったので、リディは思わず腰を浮かせた。
「本音を告げただけなのですが……疑われるのは悲しいですね」
しょんぼりとしているスフェーンに対し、ジェイドはピキピキと顔が引きつりそうになりながら懸命に耐えている。
「俺は兄上の本心を疑っているのではなく、兄上のそういった態度について懐疑的に感じているから物申し上げているのですよ」
ジェイドは気付いているのか気付いていないのか、だんだんとスフェーンと同じような口調になってきていた。
(ど、どうしよう。口を挟む暇がない!)