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33)

「いつか見てみたいわ」

「見せてやりたいものだが、公式の場でなければ機会はそう訪れるものではなくて、だな。王家の血筋を引く双竜でなければ意味をなさないといわれている。そして兄上は表の舞台には出てこない」

「つまり……もう見ることはできないのね」

「今はな。だが、叶わないこともない」

「本当?」

「いつか、おまえが、俺との子をもうければ、教えることはできる」

 そう言ってから、ジェイドがリディの方を振り向く。その意味を受け取ったとき、リディの頬に熱が走った。

 いつかそういう未来がくるかもしれない。その途中に今はいる。彼はそれを叶えるつもりでいる。そういう意思を伝えてきたのだろう。いつでもジェイドはまっすぐな想いを向けてくる人だ。

「それにしても、おまえの好奇心旺盛なところは好ましいが、すっかり兄上の玩具になってしまうとは」

 拗ねた目を向けられ、リディはドキリとしてしまった。やきもちを妬いているのだろうか。

(ちょっと、今日のジェイドはなんか……可愛いわ。こういうところもあるのね)

 ふと、スフェーンから言われたことが、今になって気にかかってしまった。

「そういえば、スフェーン様が言っていたこと……」

『ふふ。ムキになるくらい彼女のことが本当に大好きなんですねえ。昔から』

 スフェーンはリディのことを既に知っている様子だった。それはジェイドが花嫁として攫ってきたリディのことを事前に説明していたからだと思っていた。そうではなく、ひょっとしてもっと前から知っていた?

 そんな予感が不思議とこみ上げてくる。リディは居ても立っても居られない気持ちで、ジェイドを引き留めた。

「あの、ジェイド。昔から……って、私たち、初めて会った日より前に、会ったことがあったのかしら?」

 思い切って尋ねると、ジェイドが足を止めた。

「……っ兄上が余計なことを言わなければ」

 その口ぶりからすると、やはり思い当たる節があるのか。それでも彼はあえて話題にしようとしなかったのだろう。

「教えてはもらえない?」

「いや……それは」

「気になっていたの。なんだかあなたと一緒にいると、懐かしいような気持ちになっていたのよ。それが不思議でならなかったの。だから、ひょっとして会ったことがあるんじゃないかと思ったの」

 ジェイドが不意を突かれたようにリディを見つめる。やはり何かあるのかもしれない。しかし迷いがあるのか、彼は押し黙ったままだ。

 リディはずっと気になっていたことを彼に尋ねた。

「あの日、花嫁候補たちが集まっていた日、ユークレース王国に忍び込んでいたあなたが何を考えていたか知りたい。あのときはまるで初めて会ったみたいな感じだったけれど、本当は忍び込んでいた時だけじゃなくて、あなたは私を知っていたのでしょう?」

 リディが懸命に食い下がると、ジェイドはとうとう自分から折れた。

「おまえには敵わないな。隠し事をすれば、おまえはきっと気にするんだろう。それで兄上を頼られたりしたら俺としては困るからな」

「頼ったりするつもりはないわ。私はあなたから聞きたいんだもの」

 俺の花嫁になる大事な女性だ、と言ってくれたジェイドをリディだって大事にしたい。

「おまえがそのつもりがなくても兄上が口を割る可能性がある」

 ジェイドは小さくため息をつく。それからリディの肩をそっと彼の方に引き寄せた。

「部屋に入ってから話そう」

 そう言ってジェイドはリディの額に唇を寄せた。

 もっと彼のことが知りたい。

そしたらもっと彼を近くに感じられる気がする。

 もっと深く理解できるような気がする。

 リディの胸は高鳴っていた。



「――何から話せばいいか。おまえが求めるものを説明するには、長い昔話になってしまいそうだ」

 と、ジェイドはソファにどっかりと腰を下ろす。

 リディもすぐにジェイドの隣に座った。彼だって王太子として忙しい人なのだ。リディだけに時間を費やしてはいられないだろう。そのために護衛にレオをつけてくれたのだ。

「じゃあ、私が質問する順番に手短に回答をしていくというのはどう?」

「手短に済めばいいが、おまえは遠慮なしに聞いてくるからな」

 ジェイドは苦笑しつつ、それでもリディの提案をすぐに退けはしなかった。

「まあ、いいだろう。では、まず……おまえが一番目に気になっていることを聞いておこうか」

「私が一番目に気になること……それは、やっぱりあなたと出会った【最初】の日のことね。本当の【最初】がいつなのか知りたいわ。忘れていることなら思い出したいの」

 リディが尋ねると、ジェイドは少し困ったような顔をした。

「おまえが覚えていないのならそれでいいんだが。俺にとっては……あまりいい思い出とは言えない」

「え? そうなの?」

「そうだ。だが、回答すると約束したからな」

 ジェイドは肩を竦めた上で、リディの頬にそっと指を這わせた。

くすぐったくてリディはつい片目を瞑った。

そんなリディの様子を眺め、ジェイドは懐かしそうに目を細めた。

「――今から十年ほど前。春の祝祭の日、俺は外交員に連れられ、ユークレース王国を訪れていた」

「十年ほど前、というと……私はまだ九つね」

「俺は、十三……王立士官学校に通いはじめたばかりの頃だったか。本来ならば第一王子である兄上が行くはずだったのだが、兄上では長距離の往復は難しいと判断されたからだ」

 リディはすぐにスフェーンのことを思い浮かべた。幼い頃から病弱だったとたしかに彼は言っていた。

「その頃はまだオニキス王国とユークレース王国の両国間には友好的な交流があった。元々、大陸の西南に位置し、神聖マグタ教国を囲い、ひとつの国だった近隣三ヵ国、ユークレース、オニキス、ライナールの内、特にユークレースとオニキスは異文化交流が盛んで、かつ近しい信仰思想にあったというのも理由の一つだ」

 ジェイドは前置きをした上で話を続けた。

「春の祝祭の舞踏会がはじまった時間のことだった。いくら王族としての心得があったとはいえ、社交界なんてものは俺には退屈でしかたなかった。身分があろうとも子どもは子どもだ。護衛の目を騙して大広間から抜け出し、庭園の方へと躍り出ていった俺は、そこで同じく抜け出していたおまえの姿を見つけた。そのときおまえは……ユークレースの王子と一緒にいた」

「……!」



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