「リディ……」
ジェイドが耳に唇を寄せてきた。
「ん……」
「おまえが思慮深いのはいいことだが、今夜が何の日か忘れてはいないだろうな」
「それは勿論。結婚式を挙げたのよ。二人きりだったけれど……ちゃんと神様が見守ってくれている神聖な場所で」
「分かっているならいい。いずれ……すべての片がついたときには、盛大な披露宴を開き、大勢の前におまえを見せびらかそう」
「私は、披露宴がなくても構わないのだけれど……」
「俺がおまえを自慢したいんだ。生涯、ただひとりを愛すると決めた妃がここにいるのだ、と国中に知らせたい」
「ジェイド……ったら」
「戻せる時間がある一方、戻せない時間もあることを俺たちは知っている。だから、今夜はただ一度きり……それを忘れないでいてくれ――愛しい、花嫁」
今宵、二人は契りを交わす。
この数ヶ月ずっとジェイドは待っていてくれた。いつだって手を出せる状況であったにも関わらず、彼はリディのことを慮ってくれていた。
「言っておくが、今夜はもう……途中でやめる気はないからな」
「わかっているもの」
この身を捧げる覚悟はとっくにできている。それに、求められる以上に、リディ自身がそうしたいと願っているのだ。ジェイドと身も心も一つになりたい。
ジェイドのことを知っていくにつれ、そして思い出に触れるたびに、彼の表面だけではみえないやさしさを感じてきた。きっと途中でやめる気などないと言いながらも、彼はリディを優先しようとする。そういう人だ。
でも、今夜は……彼の気持ちを大事にしたい。リディはそんなふうに決意していた。
「私をぜんぶあなたのものにしてほしい」
「……リディ」
キスとキスの合間に衣擦れの音が静かな夜の神殿に微かに響いていく。
ジェイドに組み伏せられ、彼の重みを感じながら、誓いのキスだけでは物足りなかった口づけを堪能する。
口腔を貪るジェイドはいつもよりも荒々しい。もう遠慮はしたくないという性急さを感じる。
「
「かわいいな……おまえのその顔を、もっと見ていたい」
甘やかすようにジェイドが言うので、リディは今自分に起きたことを意識してしまい、いたたまれなくなる。目を合わせるのが恥ずかしいのに、ジェイドが愛おしそうに見つめるからドキドキしてたまらない上に彼のことがもっと恋しくなってしまう。
「どんな顔してるのかわからないわ」
ジェイドは感じ入ったようにため息をこぼした。
「愛しくて……たまらなくなる、そんな顔だ」
折り重なって触れた胸から、ジェイドの鼓動が伝わってくる。
「おまえがどうしても耐えきれないといったなら……その時は待とう」
リディは首を横に振った。
「もう、いいの。待たなくていいわ。あなたでいっぱいにしてほしい」
覚悟を込めて伝える。
「リディ……っ」
「好きだ。リディ」
「……ええ。私も。好きよ、ジェイド」
ひとしきり愛し合ったあと。夢中でくちづけをしていた唇が離れて、リディはそっと瞼を開いた。間近で見つめるジェイドの表情には慈愛の色が浮かんでいる。ドキンと大きく心臓が高鳴った。頬に熱いものを感じていると、ジェイドはふっと笑った。
「今さら照れるのか」
ジェイドにそう言われるとますますリディは恥ずかしくなってきてしまう。たしかにもっと凄いことをしていた。けれど、それとはまた別に彼にときめいてしまうのだ。
「だめなの?」
リディは拗ねた目を向ける。
すると、ジェイドはまた微かに笑ってリディの瞼に唇を寄せた。
「いや。あまりに……得難い感情がわいたからだ」
「……っ」
「愛している。おまえを花嫁に迎えることができたことがうれしい」
とろけるような口づけのあと、まるで壊れものを扱うかのようにやさしい抱擁をくれる。そんなジェイドの愛に満たされ、リディはそっと彼に身を委ねた。
これから先の幸せを願いたくなる。
泡沫の甘い蜜月に溺れる二人ではなくて、永遠に続く【世界】……その時間の運命を共有し合える二人になりたい、と。