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41)


「君が愛しているのは僕だ。君と共に過ごしてきたのは僕だ。君が愛するべきなのは僕だ。そうだろう! リディ」

 肩を掴むだけでは飽きたらなくなった二コラに首をぐっと絞められ、リディは息ができなくなりそうになる。

 歪んだ顔をした二コラの表情がちかちかとぼやけて見えていた。彼は刃物をまだ持っている。刺激すればどうなるかわからない。

「あなた……には、こんなこと……してほしくない……!」

「君がそうさせているんだよ、どうして、わからないんだ!」

 切迫したような声で二コラが言う。

手の力が緩められた隙に、負けないようにリディは言い返した。

「あなたはやさしかった。幼い頃の私は、あなたと王宮で過ごす時間が楽しみでしかたなかった。大事な思い出だわ」

「ははっやさしいだって? 君は騙されているよ。そんなことにも気付かずにのうのうと生きて、だから錯覚の恋になんて惑わされたんだ」

 二コラは発狂したように笑う。

「君はそうだった。僕のことを見ない。側にいるのに……誰より僕が傍にいたのに!」

「二コラ、あなたの言っている意味が私にはわからない」

「わからないのは君が愚鈍な思考の持ち主だからだ」

 忌々しげに二コラが睥睨する。

「……っ!」

「だから僕は、君に細工をした。君の中からあいつを消すために。君の世界から僕以外のものを排除するために!」

「私に細工……って何をしたの? もう全部、あなたのしたことを教えてほしい」

 知らなければならない、とリディは思った。

もう、目の前の彼をやさしい思い出のままの幼なじみとだけ思ってはいけないのだ。

「いいさ。君がそう望むなら、ぜんぶ教えてあげるよ。なぜなら僕のしたことは君の罪でもあるんだからね。僕たちは運命共同体なんだよ、リディ。君の罪をひとつずつ受け止めるといい」

 昏い目をしたままの二コラは再び歪んだ笑みを浮かべ、それから訥々と暴露した。

「祝祭の日、君は僕と会うことを約束して、大事な時間を一緒に過ごしていた。これからも四季の祝祭は共に過ごそうと言っていたのに。君はひとりの男に目を奪われたんだ」

「……ジェイドのことね」

 名前を口にすると、二コラが不愉快そうに顔を歪めた。

「そうさ。君は祝祭の度に、あの男のことを目で探していた。僕の話を聞きながらも君は上の空だったよ。あの男もまんざらでもなさそうな顔をして。やがて僕がいないところで君たちは会うようになった。君は僕が忙しいのをいいことに、僕よりもあの男を優先するようになってしまった」

「それは、言い訳はしないわ。その話は前に彼に聞いたことがあるもの」

「僕は許せなかった。だから、どうしたらいいか頭を悩ませたよ。いくら僕が止めても君の気持ちは変えられない。こちらを向いてくれないから――だから、君に毒の花を飲ませた」

「……っ毒の花?」

 唐突に出された話題に、リディは困惑する。何かを飲まされた覚えはない。

 すると、得意げに二コラは鼻を鳴らす。

「君が覚えていないのは当然さ。だってその毒の花の副作用は高熱による記憶の混濁だからね」

 リディはそれを聞いて、前にふと蘇ってきた記憶のことを思い出した。

「まさか。熱にうなされていたとき、私の手を握って看病してくれていた……?」

 二コラは正解だ、とぎこちない微笑みを浮かべる。

 リディは愕然とした。看病してくれていたのではない。彼は毒を飲ませて副作用に苦しむリディを監視していたのだ。

 一体、彼はそのときどんな想いで凝視めていたのか。ぞくりと背筋が凍る想いがした。

「私がジェイドとのことを思い出せなかったのはそれが原因だったのね」

 勝手に記憶を改ざんされていたことに、リディは改めてショックを受ける。リディの初恋がそのときに記憶と共に挿げ替えられていたということは、リディの【初恋】の相手は二コラではなくジェイドだったということになる。二コラの花嫁候補として王宮へ上がる理由だってなかったのだ。

(そんなことも知らずに私は……恋をするなら、二コラがいいと願っていた)

「ふん。それで済めば……よかったものを。あの男は図々しく厚かましくも、君を花嫁にほしいと申し出てきたんだ」

 その話もジェイドから聞いたものと一致している。

(それじゃあ、私を花嫁にしたいと申し出ていたのも……二コラが妨害をしていた?)

「君の父ヴァレス侯爵の発言権が強かった時代だ。オニキス王国との交流ひいては異文化交流を活発にしたいという派閥の意見では、交流の見返りに君をオニキス王国に献上すると宣言した。信じられるかい? 自分の娘を……」

「でも、それは花嫁候補を集める王室の伝統と変わりのないように思えるわ」

「違うだろう。自分の利益のために、道具のように君を扱おうとしたともいえる。僕はそれが許せなかったんだ。だから僕はヴァレス侯爵が失脚するように企てた」

「……まさか、お父様が誹りを受けたのって……それも、あなたが関わっていたの?」

「ああ、そうだ。粛清はされて然るべきだ」

 愕然としていたリディを尻目に、二コラは尚も誇らしげに話を続ける。

 ヴァレス侯爵の失脚の裏にも薬物の元になる毒の花をお茶に混ぜて飲ませ、その間に様々な文書や書簡を偽造。オニキス王国にいるジェイドを寄せ付けないように画策していた――など、二コラは宝物を自慢するかのようにさも武勇伝を披露するかのように暴露した。

(そんなことがあったなんて)




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