『この花をあげる』
『わぁ。とっても素敵なお花』
『リリーっていうらしい。響きが似ていると思ったんだ』
二コラとの思い出だと思っていたそれは、二コラではなく本当はジェイドだった。ジェイドがリディに似合うといって花をくれたこと……その記憶が移植され、リディの中に根付いていく。
「私が、忘れていた記憶……?」
「これは、生と死を経験した者だけが視ることのできる<アカシックレコード>」
「アカシック、レコード?」
「すべてのはじまりの事象、想念、感情が記録されている、世界記憶の概念のことだよ。すべての【真相】を知った上での君の強い意思による選択によって、狂っていた取捨選択の機能が正しく動きはじめたんだ」
達観したように説明するシメオンのいうことはいつも難しく、理解するのに時間を要してしまう。それがじれったい。
「これから、どうなってしまうの?」
「安心していいよ。闇に築かれた【歪んだ世界】は剥がされ、世界は今、ようやく一つになろうとしている。君はもうその【在るべき世界】を手放さないで」
シメオンは光の粒となって霧散していく。その合間に彼は微笑んだ。
正しい世界、と彼は言わなかった。
(在るべき世界……)
自分で切り開いた、在るべき世界――。
意識した途端、瞬きの間に時が戻されていく。
そして一番にリディの視界に飛び込んできたのは、ずっと逢いたくて仕方なかった愛しい人の姿――。
ゆっくりと眩い光が落ち着いていく。入れ替わった世界に、ジェイドの姿が復元されていくのを見た。
「ジェイドっ!」
声をあげた瞬間、リディの意識がふっと飛んだ。それは時戻しのときと同じ現象だった。
次に【世界】を意識したときには、ユークレース王国から、ジェイドと共にオニキス王国へと手を取る前のところに戻されていた。
二コラの闇は見えない。
光に包まれていたシメオンの姿はもうない。
リディの中にある命の気配がふっと蝋燭を吹き消すみたいに途絶えた。
リディの瞳からは涙が溢れた。大切な命を繋ぐと決意したときの想いが溢れ出す。
その代わりに、リディの記憶はそのままに、ジェイドの温もりを、愛しい人の命が腕の中にあることを感じることができる。
「リディ、無事か」
彼の声を、彼の息遣いを、耳に触れることができる。
「ジェイド……?」
「なぜ、ここにいる」
「もしかして、覚えているの?」
リディの中に在る命が消えたから、ジェイドの記憶も消えるのではないかと思ったが、そうではなかったらしい。
ジェイドもまたぼんやりとした様子からハッと我に返る。
「よかった。おまえが無事で……! 生きていてくれた」
「……っ逢いたかった!」
リディが思わず抱きつくと、ジェイドは力いっぱい抱きしめ返してくれる。彼の、その逞しさを、力強さを感じることができる。
「……っリディ、俺も、おまえに逢いたかった。やっと、この世界にたどり着けた」
その意味を、リディは知ることになる。彼もまた、あれからもリディと同じように時戻しの旅をしていたのだろう。この世界を選びとるために。そして、【真相】を知った二人が選んだ【世界】が、二人を同じ【時間】に収束させた。
「……絶対よ。もう、二度と離れないで……っ」
「ああ。もう、二度とおまえを離さない」
二人は固い約束を交わす。
掴み取った、【在るべき世界】の中で――。
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