その後、崩壊しつつあったユークレース王国は、オニキス王国が引き受けて統治することを約束。二つの国は合併することになった。その二つは新王国として、ジェイドが王の座についた。
三つのうち二つの国が一つになったことでライナール王国にも焦りがあったのか、頻繁に交流が増えたのだという。ライナール王国の次期後継者である王太子は、ジェイドに好意的であると聞いた。いずれ三ヵ国はまた一つの国になっていくのかもしれない。
ジェイドの戴冠式のあと、リディは王妃として認められ、二人の結婚式もまた粛々と執り行われた。
二コラの処分は据え置かれ、彼は今、国の管理下にある。今後裁判にかけられることになるが、それまで監獄の中に収容されることになった。彼の気配からはもう執着や闇の空気は感じられなかった。暴走した末に不具合を起こした機械人形の如く、魂が抜けたようにぼう然としているらしい。
消えてしまったシメオンに確かめることができないのでこれはリディの考えではあるけれど、歪んだ世界が崩壊した影響もあるのかもしれない。
リディは約束したことを忘れてはいなかった。二コラを見捨てない。彼が心を取り戻すまで力になることを誓ったのだ。面会の時間に彼と話をする時間をもうけ、国の現状を伝えることにしている。
様々なことが目まぐるしく落ち着くまでに時間を要したが、ようやく一段落し、ジェイドと共に過ごす時間がもてるようになってきていた、そんなある日の夜のこと――。
「おまえがそんなふうに頼もしくなったきっかけが、ユークレースの王太子の所業だというのが複雑だな。俺個人の感情としては……だが」
「ジェイド……」
「おまえにとって大事な幼なじみだったのは紛れもなくそうだったんだろう。それが、奴の歪みの原因である一方、何よりの救いになったんだ。きっとこれから先も奴の支えになっていくだろう」
「あなたが下した処分に驚いたわ」
「おまえも奴を見捨てなかった。それが道を切り開いたのだと考えた。だから、俺も同じようにそうしただけだ。無論、奴のしたことは重罪だ。けして放免となることはない。今後もすべてにおいて条件はつけられることになるだろうが」
「ええ。二コラの様子を見ていると、反省をして生きる意志はあるみたいなの。あの闇の世界で見た二コラと必ずしも同一ではないみたいだし……いつかは、せめて心を取り戻せたらいいと思うわ」
『死ぬまでに僕が心を取り戻せるか、君が匙を投げるか、どちらが先になるだろうね』
二コラは呆れたようにそう言いながら、最後に重く閉ざした口を開いた。
『君は僕のことなんか忘れて……幸せになるべきだよ。あいつと幸せになればいい』
捨て台詞などではないことは、二コラの口調から伝わってきた。彼はようやく執着から離れられたのかもしれない。心を取り戻すのはそう遠くない未来に感じられた。
考え込んでいると、ジェイドがリディをベッドに押し倒してきた。
「おまえに触れたい」
「……ジェイド、待って。私、あなたに言うことがあるの」
リディの中に芽生えたはずの命は消えてしまった。そのことをジェイドに告げるか迷った末に、リディは打ち明けることを決意する。
もう何も自分の中に秘めていたり隠したりしたくなかった。彼とはすべて共有したいと思うのだ。
「私、あの世界であなたの子を身ごもっていたの。でも、矛盾が生じるからか……私の中から、消えてしまった」
そして、シメオンが消える間際に言っていたことを思い浮かべる。
『大丈夫さ。君はまた愛する人と、その命を育むことができる。何故なら、君は必要な記憶を取り戻し、かけがえのない愛を得ることができたから』
「ならば、傾奇者で薄情な預言者のいうとおりに、俺はおまえと、愛を育む必要があるな」
性急にジェイドが求めてくる。彼の体温が熱い。彼の重みが愛おしい。
「何より、俺がおまえを……愛したい」
「……ジェイド」
「生涯ずっと……愛している。リディ」
万感の想いでやさしく紡がれた言葉に心を揺り動かされ、リディの瞳に涙が浮かぶ。
「ええ。私もよ。生涯ずっとあなたを愛してるわ」
「……愛している、リディ」
切なげに説かれる愛に、リディは反応することで彼にその想いを返した。
「愛してるわ、ジェイド」
何度も繰り返し旅をしていた時間の中で、離れていた時間の長さを思う。たとえ元に戻されても消せない想いの強さを彼から感じ取る。そして消えない愛の深さを互いに分かち合う。
激しく求め合う夜は、一度では終わらない。何度目かの果てに、ジェイドの脈動を感じて、リディは弾んだ息を調えながら彼を見つめた。
幼い頃に初めて出逢い、何度も彼と巡りあった記憶を、胸に温めながら。
「どうした?」
「やっと繋がれた気がしたの」
在るべき世界へ。
愛する人と迎える現在。
そして、これから進むべき未来へ。
「あなたと、出逢えてよかった」
リディの瞳を覗き込み、ジェイドは頷く。
「ああ、俺も、一緒だ」
彼にも伝わったのかもしれない。
あの日、神殿で誓ったときのように、二人は口づけを交わす。
これから先の未来に想いを託し、永遠の愛を誓い合ったのだった。