ようやくここまでたどり着いたぞ…………。
この超大作ダイブ型VRRPG『バリナガーイ』はその余りの長さゆえにまだ全クリできた人間は1人もいないと言われている。これまで多くの廃人プレーヤー達がチャレンジしたが皆挫折し、ゲーマー界隈から姿を消していった。
この俺、カイトがこのバリナガーイをプレイしはじめて数年……幾多の苦難を乗り越えて俺はついにラスボスの部屋まで辿り着いた。
思えば本当に長い道のりだった。
七つの海を渡り、空の国を旅し、地獄巡りをした日々もあった。なんなら最初の村から出るのに徒歩で二週間かかった。あれでちょっと心折れた。なんで主人公の生まれた村が政令指定都市なんだよふざけんなよ。勇者がシティボーイっておかしいだろ。
だがそんな旅も今日まで。今日俺はここでラスボスを倒してこのゲームをクリアした世界初のプレーヤーになるんだ。
さあ、最終決戦だ。
こいつがラスボスか…………なるほど、麓の村で長老が話していた通りだ。俺が今まで倒してきたボス達の特徴を身にまとっている。
まず二つに別れた頭、あれは2年前に倒した双頭龍の特徴と同じだ。更に左腕、あれは最初のダンジョンのボスのゴーレムか。懐かしいな。
膝から下は南半球のボス、カンゴールの足と瓜二つ。あいつめっちゃジャンプするんよな。更にくちばしはワコクの洞窟で戦った鬼朱雀。右目は砂漠の大蛇ホワイトスネークとざっと見ただけでも俺が倒してきた60以上のボスの特徴を持っている。まさにこのゲームの集大成ってわけか。
『ラスボスの攻撃!カイトは盾でガードした!』
ぐおっ!!!!
さすがラスボス。体に似合わず動きが素早いな。この動きはさながら森の人神セナミュートと言ったところか。
ぐぐぐぐぐぐ……力も強いな……だがこのパワーは体験したことがある……力の魔人ドリエスと同じだ…………なら負けない!!!うおおおおおおおお!!
『カイトの攻撃!しかし跳ね返された!』
くそっ!鎧が硬い!!!あの海の王者タートルレイドの甲羅並みの硬さだ!!
仕方がない……出し惜しみしてはいられない……あの技を使うか…………エネルギーを右拳の一点にのみ集中して繰り出す音速の正拳突き。この突きであいつの鎧を壊す!
見ていてください剛気師匠……師匠直伝のこの突き……3年以上修行して習得したこの正拳突きで俺が世界を救います…………。
うおおおおおおおおおおおおお!セイヤッ!!!
『カイトの正拳突き!ラスボスの鎧が砕けた!』
よしやったぞ!!いけるもんだ!!このままの勢いで勝てるかも……!
(バカモン……!お前はそうやって調子に乗って油断しとる時が一番危ないんじゃ!)
ハッ!
『ラスボスの攻撃!カイトは間一髪かわした!』
危なかった……おじい先生のあの言葉が脳裏によぎらなかったら俺は死んでいたかもしれない…………。
ありがとうございますおじい先生。俺、おじい先生から習った剣術でこのボスを倒してみせます。
おじい先生あの世で元気にしてるかな……俺もう先生には一本取られませんよ。
よし!おじい剣術一番弟子の実力思い知らせてやる!うおおおおおおおお!
『カイトの攻撃!ラスボスは怯んだ!』
(……敵に隙を見せんじゃねえ。敵が怯んだら殺すまで手を緩めるな……じゃねえとここでは生きてけねえぞ。覚えとけボウズ)
ハッ!これはスクエア街の裏路地のお頭ダムさんの言葉!お頭!俺やります!
うおおおおおおおおおおお!
『カイトの連続攻撃!』
(筋はいい……だがあなたは決め手に欠ける……何か一つ、自分だけの必殺技を持つといいでしょう)
立会いで一度も敵わなかったスチュアート騎士団長にこう言われて編み出した俺の二十の必殺技の一つをお前にお見舞いしてやる!!うおおおおおおおおおおお!
『カイトの奥義:
よし!今度こそ効いてる!!!!これなら本当に倒せる!!!
見ていてください伝説の勇者クラウンさん。あなたの果たすことのできなかった悲願、2代目勇者となったこの俺が果たして見せます…………あの日あなたの墓から引っこ抜いたこの勇者の剣で!!!!!
…………ん?なんだ?ラスボスの様子がおかしい……なんだか体の形が変わって………………。
ハッッ!まさかこれは大図書館で読んだあの封印の書に記されていたラスボスの形態変化!?
ぐおおおおお!息だけで吹き飛ばされそうだ!なんて大きさだ!今までのラスボスとはまるで違う魔物のようだ!
(ほんとなんじゃ……!ワシが見たボスは大きなツノに血走った眼、悪魔のような翼、そしてこの世のものとは思えないほど巨大で……あれがボスの本当の姿だったんじゃ!みんな信じてくれ!)
なんてことだ……いつも村のみんなに笑われていた変わり者のゲン爺さんはずっと本当のことを言っていたんだ……ゲン爺さんはあの嵐の夜にこのラスボスの姿を見たんだ…………。
『ラスボスの攻撃!』
ぐわああああああああ!
はぁ………はぁ……ヤバイ……一撃でこれほどとは………………クソ……薬草が切れてる……あの時ちゃんと城下町の道具屋の店主のおっちゃんの言う通り薬草持てるだけ持っとくんだった……。
あぁ……なにこれ走馬灯……?ゲームの中で死にかけても走馬灯見るの……?
あれは愛馬のエリザベスと初めて出会った時か……ハハッ、あいつほんと最初はじゃじゃ馬だったなあ……。
海底に沈む幽霊船で宝を見つけて大儲けした時…………そのお金をナイトベガのカジノで全部スッて破産した時…………ずっと味方だと思っていた伯爵が裏で糸引いていた黒幕だった時…………。
あっ、これ地獄巡りした時食べた温泉たまごだ。美味しかったなあれ今度行った時また買おう。
そういえば俺結構堅実に旅してきたから命の危機って初めてだな……これ死んだらどうなるんだろ?
ボス部屋の前で一回セーブしてるからやっぱそこからかな?
「カイト!HPが切れそうだね!」
おおその声は14代目お助け精霊ルシカじゃないか。
そうなんだよ。これ死んだらどうなんの?
「この世界で死んだ場合はもちろん生き返るよ!ただレベル1ではじまりの村からになるから気をつけてね!」
えっ、ちょっ、おまっ…………はああああああ!?ふざけんなよここまで来るのどんだけ大変だったと思ってんだ!俺は現実のやらなきゃいけないこと色々後回しにしてこっち全振りしてきてんだよ!!
絶対ダメだろ最初に戻ったら!やだよ!絶対やだよ……!やだ……もう都心を初期アバターで二週間も歩くのは嫌だ…………恥ずかしいし……。
とはいえこのままじゃマジで死んじゃう……もう立ち上がろうにも気力が…………。
(負けないでカイト!)
……ハッ!この声は幼馴染のクララ!そうだ俺はクララのために…………
(ボウヤ……この続きはあなたがボスを倒してから……ね?)
あっ、ローズ街の酒場のお姉さん。
(絶対に死んじゃだめですよカイトさん!神に誓ってください!私はずっとここでお祈りしています!)
美人シスターのマリアさんだ!マジでタイプだったマリアさん!推しキタ!
(あ……あんた死んだりしたら許さないんだから!このお守り……持って行きなさいよ……!別にあんたのために作ったわけじゃないんだからね!)
あー金髪ツンデレ王女のラクリスか。おったなこんなん。
(兄貴!ピンチの時は俺を呼んでください!)
ド根性喧嘩高校編の時の舎弟だったケンジ……こいつめちゃくちゃ弱くて使いものにならなかったんだけどなんか可愛いかったなあ。リーゼントでかくて。
(カイトや……その村を救ってくれた勇気と力……必ずやボスを倒してくれると信じとりますぞ)
えーたしか……うずまき村の村長さん!!
(フォッフォッフォッ……勇ましく若き者よ……時には休むこともまた勇気じゃぞ……)
あれ!?村長こっちじゃん!じゃあさっきのジジイ誰だよ!!!
(カイトっち!オイラを旅のおともに連れて行ってくれないでボンゴか?)
あーもう……いよいよ誰だよこいつ…………こんな特徴ある喋り方してんのに全然思い出せんわ……すげえ語尾……。
(たかし!チャーハンできとるけんね!冷めんうちに降りてきて食べんね!なんしよんね!)
は!?これリアルオカンじゃん!あれ!?ヘッドホンずれてる!?
ちょっ、ヤバイ!これ怒ったオカンきちゃうかも!オカン来るのはマズイ!いい歳した実家住みの一人息子が平日の昼間からVRダイブしてるとこ見られるのは非常に痛い!!
ちょっ、ルシカ!これ今強制終了したらどうなる!?
「ゲームオーバーでレベル1からやり直しだよ!」
ヤバイヤバイヤバイ!倒さなきゃ!急いで倒さなきゃ!もう何が何でも倒さなきゃ!!っておおおおお!?なんか力が!!!
『カイトの能力が覚醒した!』
うおおおおおなんだこれ!?
ああそうか!これがセントルカ大神殿に眠る石板に刻まれていた、大ピンチに陥ったとき60万の1の確率で勇者の真の力が解放されるというアレか!!!!うおおおめっちゃラッキーーーー!!!
…………今日この日まで俺を助けてくれたみんな。
みんなのおかげで俺どうやら本当にこの世界を救う勇者になれそうだよ…………。
ラスボス……お前は本当に強かった……きっと俺一人の力じゃ勝てなかった…………でも俺は一人じゃない……みんなの力がこの心に宿ってるんだ!
これが最後の攻撃だ!!!あばよボス!!!!
うおおおおおおおおおおおおお!!!!!
『カイトの攻撃!ラスボスは消滅した』
やった………勝った…………本当に……勝ったんだ!!!
やったよクララ!俺世界を救ったよ!!英雄となって君を迎えに行くよ!あの都会の片隅で待つ君を!
あとその前にマリアさんのとこ行ってー。ちょっとローズ街も寄ろう。うひょー。
『おめでとうございますカイト』
おお!なんだこの人!すげえ美人!
あっ、女神様か!すげーこの女神様見たの俺が世界で最初なんじゃね?うわーやべえー、俺ついにバリナガーイをクリアしちゃったよ。ネットで自慢しよこれ。
『これで操作は完璧にマスターしましたね』
ん?
『以上でチュートリアルは終了です』
えっ……ちょっ………………。
『さあ、ゲームの始まりです!新たな冒険へ旅立ちなさい!』
……………………ウソやん…………。
……………………。
……………………。
……………………ガチャッ…………。
チャーハン……食べようかな…………。