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第27章 遥かなるバースデー

喪失と凍結の装甲



「うーん……」


 旧特撃班本部のガレージにて、木原はフロストスピーダーの整備に明け暮れる。

 彼女はサドルを軽く叩くと、車体に起動キーを挿し込んだ。


「よし、これで動くはず」


 ハンドルを握りしめ、アクセルを踏み込む。

 しかしフロストスピーダーは、何の反応も示さなかった。


「どうして!? 調整は完璧の筈なのに」


 何度アクセルを踏んでも、結果は変わらない。

 焦る彼女に、月岡が珈琲を差し入れた。


「木原さん、そろそろ休みましょう」


「もう少しやらせて。あたしもヒューちゃんを助ける力になりたいの」


「……フロスト、動かないんですか」


 木原は弱々しく頷く。

 月岡に小さな背中を向けて、彼女は辿々しく弱音を吐いた。


「調整は完璧で、シミュレーションでもいい数値を出してる。でも動かない。まるでマシンが、動くことを拒んでるみたいに」


 理論派の木原らしからぬ例えに、月岡は言葉を詰まらせる。

 ガレージに満ちた重苦しい空気を、二人分の声が切り裂いた。


「リンカっ!!」


 セイとミカだ。

 それぞれ勾玉と神話の書を手に、真剣な表情を浮かべている。

 ミカが口火を切った。


「わたしたちの力で、フロストを動かせないかな?」


「えっ?」


「仮眠室でずっと考えてたんだ。アライブ先輩はシュウの力で強くなってる。なら、フロストも俺たちの力でパワーアップできるんじゃないかってな」


 二人の理屈は、確かに理に適っている。

 だかもしもこれで駄目なら、いよいよ昇奪還の手立ては無くなってしまう。

 第一、フロストでアライブに勝てる確証もない。

 そもそも––。


「木原さん……木原さん!」


「っ!」


 月岡に呼びかけられ、木原は思索の濁流から抜け出す。

 彼女は伏し目がちに俯いて、か細い声で言った。


「こんな時にごめんね。あたしの悪い癖なんだ、逆境に弱いの」


「やっぱりリンカは頭がいいな」


 セイはあっけらかんと笑う。

 戸惑う木原に、彼は続けた。


「色々考えるのは頭がいい証だ。これまでもそうやって、シズミやアライブ先輩を支えてきたんだろう?」


 ミカも頷き、セイに同調する。

 木原は顔を上げると、二人から勾玉と本を受け取った。


「あたし、やってみる!」


 木原はガレージを飛び出し、司令室のコンピュータでセイたちのアイテムを解析する。

 その時、コンピュータに突如通信が入った。


「よし、向こうの世界に繋がったぞ」


 ノイズを孕んだ声が、司令室に響く。

 声は低く落ち着いた調子で続いた。


「こちらミリア。セイ君、ミカ君、このメッセージを聞いたら至急応答してくれ。繰り返す、こちら……」


「もしかして、セイちゃんたちの世界の人!?」


「……君は?」


 ミリアが怪訝そうに尋ねる。

 同じく警戒の念を抱きつつも、木原は自分の名を告げた。


「あたしは木原林香。今、セイちゃんたちと一緒に戦ってるの。……世界の壁を越えて通信するなんて、凄いね」


「簡単な仕組みさ。クーロンにはカムイの勾玉に極めて近い物質が使われている。水晶玉を使ってその波長を次元の穴に投げ、同じ波長を拾ったんだ」


「クーロンって?」


 今度は木原が質問する。

 ミリアは何処か自慢げに答えた。


「こちらの世界の防衛兵器だ。カムイと共に並び立ち、幾度もの戦いを潜り抜けてきた」


「……っ!」


 木原は目を見開き、ミリアの言葉をノートに書き留める。

 信じられない速さで白紙のページを埋め尽くし、彼女は立ち上がって叫んだ。


「そっか……そういうことか!! お陰で希望が見えたよ! ありがとうミリちゃん!」


「み、ミリちゃん?」


「あたし決めた! フロストシステムを一から見直して再設計する!」


「……見直しか。こちらこそ、君のお陰で活路を見出せそうだ。感謝する」


 次元の垣根を超えて、二人の天才が気付きを与え合う。

 セイたちが呆気に取られる中、通話はいつの間にか終わっていた。


「こうしちゃいられない! 早速作業だーっ!!」


 木原はガレージに駆け込み、急ピッチで作業を再開する。

 そして夜明けと共に、彼女はフロストを完成させた。


「最高傑作だァ! ヴェハハハハ……!」


 極限の疲労と興奮の中、木原は据わった目で高笑いをする。

 ガレージの隅に転がった大量のエナジードリンクの空き缶が、彼女の奮闘を雄弁に物語っていた。


「ありがとうございます、木原さん」


 木原の目を見つめて、月岡は心からの礼を言う。

 木原は優しい顔に戻ると、ヘルメットを手渡して笑いかけた。


「絶対、ヒューちゃんを連れて帰ろうね!」

「……はい!」


 月岡はフロストスピーダーを駆り、街中を捜索してアライブを探す。

 アライブは瓦礫の山の中で、シュウと共に佇んでいた。


「日向昇……」


 悪の手に落ちたアライブの姿には、やはり胸が締め付けられる。

 だが、月岡にもう迷いはない。

 木原の言葉を思い出しながら、彼はアライブに訴えかけた。


「絶対に連れ戻してやる」


「愚かな。貴様の知っている日向昇はもういない。こいつはもはや俺の下僕だ!」


「お前には聞いていない!」


 口を挟んでくるシュウを黙らせ、再びアライブに目線を向ける。

 黙り込む彼に、シュウが命じた。


「アライブよ。骨も残らぬよう、最強の姿で相手してやれ」


 アライブはシュウに操られるまま、愛機『エボリューション21』の起動キーを構える。

 自動操縦で駆けつけた赤と白のバイクが、鎧に変形して彼の体に装着された。

 多くの戦いを共にしたその鎧には、沢山の傷が刻まれている。

 最強形態『エボリューションアライブ』に、月岡は臆すことなく言った。


「本気でいくぞ。日向昇」


 月岡はヘルメットを外して、決意に満ちた素顔を外気に晒す。

 冷えた空気と込み上げる熱のコントラストを感じながら、彼はフロストスピーダーの起動キーを構えた。

 極限まで研ぎ澄まされた感覚に、重く鈍い鼓動の音が響く。

 そして月岡はかつての昇と同じように、自らを戦士に変えるための口上を唱えた。


「超動!!」


 蒼と黒の機体が変形した装甲を纏い、月岡はついに変身を果たす。

 友のため、人々のために戦う誇り高き戦士、その名は––。


「俺は……『フロスト』!」


「ッ!」


 アライブが跳躍し、山羊の角を模した剣ゴートブレードを振り下ろす。

 それを受け止めた両腕の衝撃で、フロストは確信した。

 戦える。

 彼は鋭い蹴りでアライブを後退させると、装甲と同じ色のライフルを構えた。


「喰らえ!」


 正確さと威力を両立した射撃の嵐を前に、アライブはなかなか間合いを詰められない。

 引き金を引きながら、フロストは『これでいい』と思った。

 肉体面に限れば、昇は特危獣で月岡は人間だ。

 いかに月岡が最新装備を使っていると言っても、彼我の持つ地力の差は埋められない。

 だから彼は腕力の介在しない遠距離戦闘を選んだ。

 間合いを取り、攻撃させず、力尽きるまで弾丸を放つ。

 しかしこの合理的な戦法を、アライブは極めて非合理的に突破した。


「うおおおっ!」


 ふた振りのスネークヌンチャクで全ての弾丸を弾き返し、頭突きでフロストをよろめかせる。

 猛烈な打撃を見舞いながら、アライブが叫んだ。


「月岡さっ……ぐあぁあア!!」


 鉄塊で殴られたような衝撃に耐えつつ、フロストは反撃の機会を窺う。

 大振りの一撃を前転で躱して、彼は黒いダガーナイフを振るった。

 切れ味鋭い刀身が、鎧の隙間から露出する皮膚を切り裂く。

 アライブの体組織はすぐに傷を修復しようとするが、傷は全く治らない。

 傷口に張りついた氷を見て、シュウはこの現象のカラクリに気がついた。


「超低温のナイフか!」


「そうだ。一気に決めさせてもらう!」


 フロストは縦横無尽に駆け回り、アライブを翻弄しながら斬撃を見舞う。

 装甲の部分で刃を受けながら、アライブは秘めた力を爆発させた。


「……今だッ!!」


 突進するフロストの前に、ゴートブレードで作られた剣山が出現する。

 一瞬怯んだ隙にアライブの拳を喰らって、フロストの攻勢はついに途切れた。

 駆動系から火花が散り、戦闘補助AIが危険信号を発する。

 赤く点滅する視界の向こうで、アライブが地面に刺さった剣を引き抜いた。

 葛藤と苦悶に満ちた刃が、ゆっくりと振り上げられる。

 フロストは覚悟を決め、ライフルとダガーナイフに次ぐ三番目の武装を解禁した。


「ギガブレードモード……アクティブ!!」


 二つの武器を合体させて大剣とし、アライブの攻撃を受け止める。

 千切れそうになる両腕に力を込めながら、フロストが叫んだ。


「目を覚ませ日向昇!!」

 二人は幾度も斬り結び、その度に鈍い金属音が響く。

 もはや技も作戦もなく、ただ思いの丈をぶつけ合うだけの死闘。

 AIの退避勧告を黙殺して、フロストがアライブの肩を掴んだ。


「お前が命懸けで守ってきたものを、お前自身が壊していいのか!?」


「……月岡さん」


 アライブの眼に、微かに理性の光が灯る。

 フロストは仮面の下で奥歯を噛み締め、アライブに更なる言葉をかけた。


「もう一度生きるんだ! 人間として、日向昇として!!」


「……うう、ああぁ……!!」


 きつく結んだ口の端から、乱れた息と嗚咽が漏れる。

 アライブは天に向かって慟哭し、ゴートブレードを振り上げた。


「ッ!」


 フロストもギガブレードを振るい、渾身の一撃が互いに突き刺さる。

 長い長い沈黙の中、先に破壊されたのはアライブの装甲だった。


「日向、昇……」


 直後にフロストの変身も解け、二人は同時に倒れる。

 月岡は力を振り絞って立ち上がると、アライブの体を揺さぶって呼びかけた。


「日向昇! おい、日向昇!」


「月岡さん……」


 アライブは優しく微笑み、月岡の腕を掴む。

 その手の感触は、紛れもなく人間のものだった。


「日向昇! お前、人間に戻ってるぞ!」


「……え?」


 アライブは上体を起こし、瓦礫に紛れていた鏡で自分の姿をまじまじと眺める。

 赤いカーディガンを纏った線の細い青年。

 その姿は紛れもなく、人間・日向昇のものであった。


「ヒューちゃん! シズちゃん!」


 木原が駆けつけ、二人を力いっぱい抱きしめる。

 謀略が打ち砕かれたことを受け入れられぬまま、シュウは握り拳を震わせた。


「何故だ、何故……!」


「昨日の戦いでカムイが放った一撃が、奇跡的に日向昇の遺伝子制御機能を復活させたんだ! やったやったー!!」


 木原が興奮気味に仮説を述べる。

 シュウは激昂に身を任せて、黒い勾玉に手をかけた。


「かくなる上は……マガツカムイで!」


「待て!!」


 二人分の勇ましい声が、シュウたちの視線を引きつける。

 本部に残っていたセイとミカが、昇たちを庇うように躍り出た。


「リンカのやつ、倒れたと思ったら急に元気になりやがって!」


「後はわたしたちに任せて」


「セイ、ミカ! おのれぇ……!」


 シュウは標的をセイたちに切り替え、憎悪の眼で二人を睨みつける。

 セイも強気に睨み返し、翡翠の勾玉を構えた。


「先輩方、ここからは俺たちの出番だぜ」


「あ、あなたたちは一体」


 戸惑う昇に、月岡と木原が頷く。

 それだけで二人が信頼に足る存在であることを察し、昇はセイたちに後を託した。


「分かりました。お願いします!」


「ああ!」


 セイとシュウは向かい合い、それぞれの勾玉に力を込める。

 そして二人は、巨神となるための口上を唱えた。


「超動!!」


 黒雲から降り注ぐ雷が両者を打ち、その身を巨神カムイに変える。

 果てしなく広がる都市の中心で、カムイとマガツカムイの大太刀が激突した。

––

シュウの告白



「クァムァアアッ!!」


 マガツカムイの力に圧倒され、カムイが地面に倒れ込む。

 続け様に突き立てられた大太刀を寸前で躱し、今度は風の御鏡を召喚した。


「シャイニングメーザー!」


 カムイは太陽光を反射した光線でマガツカムイを怯ませ、戦況を振り出しに戻す。

 マガツカムイもまた御鏡を取り出し、二人は同時に叫んだ。


「トルネード光輪!!」


「ダークトルネード光輪!!」


 白と黒の小竜巻が空を埋め尽くし、熾烈なせめぎ合いを繰り広げる。

 しかしカムイの光輪は呆気なく全滅させられ、カムイは黒の小竜巻に取り囲まれた。


「がはッ!」


 小竜巻の斬撃を続け様に喰らい、カムイはとうとう膝を突く。

 戦いの様子を見守っていたミカが、独り言を呟いた。


「マガツカムイの様子、何か変……」


 クーロンG9と二人がかりでも倒せない程の強さを、マガツカムイは半分も発揮していない。

 真意は分からないが、ミカには彼が敢えて一進一退の攻防を演じているように見えた。


「まさか、マガツカムイは……」


 その時、避難誘導を終えた警官隊が昇たちの元に駆けつける。

 月岡は彼らの指揮を執り、拳銃を構えてマガツカムイを取り囲んだ。


「金の巨人を援護する! 撃て!!」


 月岡と警官隊は銃弾を放ち、マガツカムイの敵意を引きつける。

 彼らを踏み潰そうとしたマガツカムイに、カムイが渾身の体当たりを見舞った。


「マガァッ!」


 マガツカムイの巨体が吹き飛ばされ、ビルを巻き添えにして倒れる。

 舞い上がる土煙を払って、カムイが風雷双刃刀をマガツカムイの喉元に突きつけた。


「いいぞ、そのままトドメを刺せ!」


「やっちまえ!!」


 避難場所から戦いを見守っていた大勢の市民が、異口同音に囃し立てる。

 しかしカムイは、武器を下ろした。


「どうして!?」


 木原が困惑の声を上げ、昇と月岡も怪訝そうな顔をする。

 ミカだけが真っ直ぐにカムイを見つめ、揺るぎない信頼を向けていた。


「歌姫さんも同じことを考えていたみたいだな。……マガツカムイ、あんたはわざと俺に倒されようとしてるんじゃないのか?」


「……世迷い言だな」


「話してみろよ、目的を」


 カムイは真剣な眼差しでマガツカムイを見据える。

 マガツカムイは長い沈黙の末、カムイたちの推測を肯定した。


「その通りだ。だが目的などない。強いて言えば、お前に倒されること自体が目的だ」


「何だと?」


「俺は死にに来たんだ。遠い未来からな!」


 マガツカムイ––シュウの生まれた時代は、何とも賑やかで空虚な時代だった。

 科学技術の発達と引き換えに人の心は貧しくなり、カムイ神話を語る者もいなくなっていた。


「そんな世の中で、俺はカムイの力を授かった。だが信仰のない神は悪魔でしかない。俺はたちまち迫害の対象になった」


 頼れる大人も仲良くしてくれる子供もなく、ひたすら悪意と孤独に耐える日々。

 それはやがて、シュウの心から一切の希望を奪い去ってしまった。


「みんなを守るために戦っても、誰も俺を守ってくれない! 絶望していたその時、ラストが現れて俺に言ったんだ。『楽になりたくはないか』と」


「……その方法が、俺に倒されることか」


「そうだ! 俺はセイの子孫。つまりこいつの歴史を滅茶苦茶にすれば未来が変わり、俺は最初からいなかったことになる!」


 遠回りな自殺。

 それこそシュウが終焉の使徒となって過去に飛び、異世界に飛んでまで果たしたかった目的。

 絶句するカムイたちに、シュウは狂気を込めて捲し立てた。


「さあ殺せ! 変身を解いた今の俺なら、指先一つで殺せるぞ! 早く殺せよ!!」


 だが、カムイは動かない。

 シュウは苛立ちを募らせて叫んだ。


「何故だ……何故だ!!」


 ミカたちの制止を振り切り、シュウはカムイの足元を殴りつける。

 握った拳に血が滲み、哀しみに歪んだ顔を涙が濡らした。


「うわぁああーッ!!」


 豪雨の中に、シュウの慟哭が響く。

 遮二無二拳を振るう彼の視界を、眩い光が埋め尽くした。


「なっ……」


 カムイ––セイがシュウの拳を受け止め、その胸倉を掴み上げる。

 両の手に目一杯の怒りを込めて、セイは彼を怒鳴りつけた。


「甘ったれるな!!」


「き、貴様っ」


「今の話を聞いたら尚更殺せねえよ! だって、あんた自身に殺す覚悟がないんだからな!」


 殺す覚悟という言葉に、シュウは目を見開く。

 セイは叩きつけるように続けた。


「あんたの目的は、俺を殺すことでも果たされた筈だ! でもそうはしなかった! それはあんたが逃げようとしてるからだ! カムイの使命からも、命を奪う責任からも!!」


「……命を奪う、責任」


「シュウは『楽になりたい』んだよね。その方法は多分、死ぬことじゃないと思う」


 ミカが冷静に言葉をかける。

 兄・シンとの関わりを通して、ミカは死の哀しみをよく知っていた。


「辛さや苦しさは無くならない。でも側で支えてくれる人がいれば、痛みを分かち合うことができる。それはきっと、生きる希望になる」


「生きる希望……」


 シュウの口から溢れた言葉に、昇が頷く。

 生きることに向き合い続けた戦いの記憶を踏まえて、彼も自分の想いをぶつけた。


「生きてください。我が儘かもしれないけど、おれはシュウさんに生きてほしいです。生きてさえいれば、きっと素晴らしい仲間に出会える筈ですから。おれが月岡さんたちに出会えたみたいに」


「……できるかな、俺にも」


 シュウが恐る恐る顔を上げる。

 瞳に映ったセイたちに、もはや敵意はなかった。


「みんな……」


 シュウは涙を堪え、セイたちに深く頭を下げようとする。

 しかしその瞬間、黒い針がシュウの背中を貫いた。


「シュウっ!」


 突然の攻撃に、シュウは血を吐いて倒れる。

 残酷な笑い声と共に、一人の少年が姿を現した。


「あははっ、やっぱり紛い物の使徒はダメだね〜!」


「フィニス!!」


「あなたもシュウさんの仲間なんですか?」


 昇が尋ねる。

 フィニスは躊躇いなくそれを否定した。


「こんなクズもう仲間じゃない。裏切り者のシュウもカムイたちも、纏めてあの世に連れてってあげるよ!」


 フィニスが掌から電流を放ち、昇の全身を拘束する。

 電流は昇を苦しめながら、彼の中に眠る戦いの記憶をフィニスに送り込んだ。


「喜びなよ、異世界の戦士アライブ。君の記憶でこの世界を滅ぼしてあげるから!」


 フィニスは全身に闇を纏い、その身を依代として昇の記憶を顕現させる。

 そして彼が変身した災獣は、かつて昇が戦った特危獣の中でも特に強力なものの特徴を兼ね備えていた。

 鋼鉄の猟犬が持つ強靭な肉体を基盤に、熊の怪力と蜘蛛のしなやかさを加えた純然たる戦闘兵器。

 天を衝くほどの高さにまで巨大化し、災獣は悍ましい産声を轟かせた。


「特危獣に災獣、災獣にして特危獣! ボクの名は、『特危災獣とっきさいじゅうヘルキメラ』だ!!」


 ヘルキメラは腕の一振りでビルを薙ぎ倒し、糸や両肩のキャノン砲で街を蹂躙する。

 暴れ回るヘルキメラの前に、シュウが立ちはだかった。


「させない……!」


「ん?」


「前を向くって決めたんだ。カムイの使命、今ここで果たしたい!」


 シュウは満身創痍の体に鞭打ち、ヘルキメラを睨み据える。

 希望を取り戻した彼の姿は、セイたちの闘志を再び燃え上がらせた。


「子孫に負けてられねえな!」


「おれたちもいきましょう、月岡さん!」


「ああ!」


 翡翠の勾玉、漆黒の勾玉、ショックブレス、フロストキー。

 それぞれの変身道具を構え、四人は声を揃えて叫んだ。


「超動!!!!」


 風雷がセイとシュウを包み、ショックブレスから放たれる高圧電流が昇の全身を獣へと変質させる。

 そしてフロストスピーダーの機体が鎧となって月岡に装着され、四人は戦う姿へと変身を果たした。


「超動勇士カムイ!」


「超動勇士マガツカムイ!」


「超動勇士アライブ!」


「超動勇士フロスト!」


「我ら、超動勇士!!!!」


 大爆発を背に、四人の英雄が名乗りを上げる。

 アライブとフロストを両肩に乗せて、カムイが天空に舞い上がった。


「叩き落としてやる!」


 ヘルキメラが縦横無尽に糸を振り回し、フロストの体を弾き飛ばす。

 制御の効かない空中で強風に煽られながらも、フロストはヘルキメラに狙いを定めた。

 超低温の弾丸を放ち、ヘルキメラの糸の発射孔を凍結させる。

 そのままマガツカムイの掌の上に着地すると、更なる射撃を見舞った。


「無駄だよ!」


 ヘルキメラは最後の発射孔から糸を射出し、弾丸を貫く。

 勝ち誇る彼の耳に、ふとバイクの駆動音が轟いた。


「何っ!?」


 エボリューション21に乗ったアライブが、最高速度でヘルキメラに突撃する。

 ヘルキメラは糸で迎撃するが、彼はむしろその糸を懐に飛び込むための動線として利用した。

 細く不安定な道を駆け抜ける車輪から、赤い火花が飛び散る。

 そしてアライブは跳躍し、バイクを鈍器のように叩きつけて発射孔を破壊した。


「ぅおりゃあああぁ!!」


 更に渾身の力でバイクを投げ、凍結した発射孔も纏めて粉砕する。

 大きな仕事を果たして、アライブはフロストの元に舞い戻った。


「日向昇、よく俺の陽動作戦に乗ったな」


「月岡さんとの連携は、体で覚えてますから!」


 アライブとフロストは拳をぶつけ合い、相棒の絆を確かめ合う。

 しかし安堵する間もなく、ヘルキメラは次の攻撃を開始した。


「……やるね。だったらこれだ!」


 大熊由来の剛腕が山脈のように隆起し、圧倒的な力で二人に襲いかかる。

 唸りを上げて迫る大熊の腕を、カムイが受け止めた。


「俺も手伝う!」


 マガツカムイも加わり、二人がかりで剛腕に対抗する。

 しかしヘルキメラの力は、二大巨神にさえも押し勝つほど強大だった。

 じりじりと追い込まれるカムイたちに、人々の不安が募る。

 戦局を打破すべく、ミカが神話の書に記された歌を歌い始めた。


「わたしの歌は、巨神カムイに力を与える。そして奇跡を起こす!」


 ミカの歌の力を受け、二人のカムイに限界以上の活力が湧き起こる。

 そして二人は渾身の同時攻撃を炸裂させ、ヘルキメラを大きく吹き飛ばした。


「やった!」


 木原とミカがハイタッチを交わす。

 ヘルキメラの中に宿るフィニスの意志が、屈辱と怒りに煮え滾った。


「貴様ら……纏めて焼き尽くしてやる!!」


 両肩のキャノン砲から放たれる弾丸にもはや標的はなく、破壊衝動のままに街を焦土へと変えていく。

 怒りの濁流に呑み込まれながら、ヘルキメラは暴走を繰り返した。


「街が危ない、一気に決めるぞ!」


「おう!!」


 カムイはアライブを、マガツカムイはフロストを乗せて、ヘルキメラ目掛けて走り出す。

 メガブレードで弾丸を斬り払いながら、フロストがマガツカムイに呼びかけた。


「まずは乱射を止めるぞ!」


「分かった! ダークトルネード光輪!!」


 マガツカムイは風の御鏡を召喚し、黒い竜巻をヘルキメラに吹きつける。

 竜巻はフロストが放つ冷気を孕み、絶対零度の吹雪となってヘルキメラの動きを封じ込めた。


「今だ!!」


 戦いを終わらせるべく、カムイとアライブがそれぞれの剣を構える。

 最大の力を漲らせる二人に、ミカと木原があらん限りの声援を送った。


「いけーっ!!」


 大太刀とゴートブレードが重なり、炎雷を纏った巨大な剣となる。

 アライブとカムイは呼吸を合わせ、ヘルキメラを縦一文字に両断した。


「神威一刀・鳴神斬り!!」


「ぅおりゃああああーッ!!」


 最凶の特危災獣が斃れ、意識を失ったフィニスが力なく次元の穴に吸い込まれていく。

 悪が去ったことに安堵するかのように、空は元通りの青さを取り戻した。


「……終わったな」


 カムイ––セイたちは変身を解き、六人で暮れゆく夕陽を眺める。

 暫くそうしていると、セイ、ミカ、シュウの体が不意に透き通り始めた。


「帰る時が来たみたいだね」


「シュウは未来に、俺たちは元の世界に」


 次元の穴の先にあるのは、人々の冷たい目と終わりの見えない戦い。

 それでも。

 シュウは決意を込めた目で、セイとミカに宣言した。


「俺、頑張るよ。ご先祖様に恥じないように」


「ああ。俺たちも、今を精一杯生きるぜ」


「その先に繋がってるシュウの時代に、少しでも何かを残すために」


「……いつか、未来で!」


 先祖たちに背中を押され、シュウ––マガツカムイは次元の穴に消えていく。

 二人は彼の姿を見送ると、今度はアライブ––昇たちの方を向いた。


「あんたとは、もっとゆっくり話したかったな。街の復興だって……」


「こっちはおれたちで何とかしますから、セイさんたちはセイさんたちの世界を守って下さい! お二人なら、きっとできます!」


 昇が伸ばした手を、セイとミカはしっかりと掴む。

 そして二人は、握手の感触を残して自分たちの世界へと帰っていった。


「……行っちゃったね」


「そうですね。ところで日向昇、体は何ともないのか?」


 月岡が昇に顔を向けて尋ねる。

 右腕のショックブレスを包むように手を添えて、彼は口を開いた。


「はい。セイさんから貰った電気のお陰で、暫く……一ヶ月くらいはこの姿でいられると思います」


「それだけあれば充分だよ。絶対にヒューちゃんを人間に戻してみせる!」


「言い切ってしまって大丈夫ですか?」


 月岡が呆れ混じりに声をかける。

 木原は自信満々に答えた。


「大丈夫! 神様に起こせて、人間に起こせない奇跡なんてないっ!」


 木原はどんと胸を叩き、晴れやかな笑顔を見せる。

 月岡もふっと微笑んだ。


「ですね。俺も島先輩と協力して、街の復興に尽力します」


「あたしもやる! 金ちゃんももうすぐ帰ってくるし、またみんなで集まろう!」


 火崎島三郎ひざきしまさぶろう金城空きんじょうそら

 別の場所で戦っていたが故に今回合流することはなかったが、二人もまた特撃班の大切な仲間だ。


「お、おれも手伝います!」


「その前に、お前には行く所がある」


 月岡はそう言って、昇に一枚のポスターを手渡す。

 水野の個展開催を知らせるポスターを見て、昇は目を丸くした。


「行きたかったんだろう? そのために洗脳に抗えるくらいには」


「ここだけの話、今日は本人もお忍びで来てるんだって。……ほら。会える時に会った方がいいって教えてくれたの、ヒューちゃんでしょ」


「月岡さん、木原さん……」


 二人に背中を押され、昇は大きく頷く。

 昇たちの心は、また会えるという確信に満ちていた。


「行ってきます!!」


 軽やかに大地を蹴り、昇は愛する者の待つ場所に駆けていく。

 彼らが新たな人生に進み出す様を見届けるように、次元の穴が静かに閉じた。

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