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第33章 天地開闢の絆

死地へ飛び込め



「これは……面白いことになりましたね」


 ドルベロスの体にもたれながら、ラストは水晶玉を撫でる。

 つい先程までセイたちの様子が映し出されていた水晶玉を懐にしまって、彼女は災獣墓場へと歩き出した。


「万に一つも増援を呼ばれないよう、生者の世界も苦しめておかなければ」


 ラストは地面に糸を突き刺し、災獣の魂を墓の下から引っ張り上げる。

 そして彼女は魂に糸を絡みつかせ、彼らに仮初の肉体を与えた。

 太古の昔より姿を変えずに生き続ける大鰐、『化石災獣コダイル』。

 更にジャングジラ、ポイズラー、ダルマー、オモウツボを次々と蘇らせ、災獣軍団に自らの力を分け与える。

 五体の雄叫びが時空を歪め、生者の世界に繋がる穴をこじ開けた。


「さあ、存分に暴れなさい」


 ラストの命令を受け、五体は生者の世界に降り立つ。

 そしてそれぞれ別の国に向かうと、本能のままに破壊活動を開始した。


「こっちだ! 早く!」


 シナトがドローマの民たちを指揮し、迅速に安全地帯へと誘導する。

 人が消えたドローマの大地を、クーロンG9がしっかりと踏み締めた。


「ワニ野郎! オレ様と勝負だ!」


 クーロンG9とコダイルは取っ組み合い、激しい力比べを演じる。

 アラシのレバーを握る手にも汗が滲む中、ミリアからの通信が入った。


「大変なことになった。レンゴウ、ドローマ、ファイオーシャン、ラッポン、シヴァルの五国で同時に災獣が暴れ始めた!」


「何だと!?」


 集中が削がれた一瞬の隙を突かれ、クーロンG9はコダイルに組み伏せられる。

 しかしクーロンG9は持ち前の馬力で体勢の不利を覆し、コダイルの巨体を蹴り飛ばした。


「クーロン砲・最強爆裂波!!」


 そのまま集中砲火でコダイルを倒し、次の戦場に向かおうとする。

 クーロンG9の背中を、シナトが慌てて呼び止めた。


「待てアラシ!」


「どうした!?」


「災獣が妙な物を落とした。何かの手掛かりになるかもしれない」


「分かった、乗れ!」


 シナトはコダイルの形見を回収すると、クーロンG9に乗り込んでアラシにそれを見せる。

 紫色に輝く小さな結晶体を横目に見ながら、アラシは次の目的地に向かって動き出した。


「こいつの解析はミリアに任せる。ついでにレンゴウの災獣も倒してやるぜ!」


 クーロンG9は一路レンゴウに急行し、今度はジャングジラと激突する。

 激しく揺れる機体の窓から、シナトが結晶体をくくりつけた矢を塔大目掛けて放った。


「……む?」


 ミリアは吸い込まれるように自身の研究室へと辿り着いた矢を拾い上げ、結晶体を眺める。

 机に置かれた水晶玉から、アラシの声が響いた。


「災獣が落とした物だ! そいつの解析を頼む!」


「分かった。すぐに取り掛か……っ!?」


 不意に足元が激しく揺れ、ミリアの言葉は遮られる。

 窓の外を見ると、クーロンG9が砲口から黒い煙を噴き上げていた。


「必殺技の衝撃か……驚かせてくれる」


「おい!」


「今度はどうした」


「倒したジャングジラも、同じ物を落としやがった!」


 アラシからの報告に、ミリアは目を見開く。

 結晶体の妖しい輝きを握りしめる彼女の額に、一筋の冷や汗が流れた。


「一体これは何なのだ……」


「それはラストの力だ」


 変声期前のやや高い声が、アラシたちの通信に割り込む。

 水晶玉に映った顔を見て、アラシが驚愕の声を上げた。


「ユキ!? お前なんでっ」


「こんな時に寝てなんていられないさ。……ミリア殿。贈り物の水晶玉、早速使わせてもらったぞ」


「ああ。それよりユキ君、何故君は結晶体の正体が分かったんだ?」


「僕の中に僅かに残ったフィニスの力が、そう教えているんだ」


 ミリアは腕を組み、脳内で情報を整理する。

 暫く考え込むと、彼女は難しい顔で口を開いた。


「……事態は予想より深刻だな」


「どういうことだ?」


「この災獣たちがソウルニエにいるラストの手で送り込まれたものとすれば、敵にはこれだけの戦力を攻撃に使う余裕ができたことになる。そしてそれは、セイ君とミカ君の危機を意味する……!」


 セイたちを救うためには、ソウルニエに救援を送らなくてはならない。

 危険な旅路に赴く三人目の挑戦者に、アラシは勇ましく名乗りを上げた。


「オレが行く」


「落ち着くんだ! あの扉ではクーロンG9は運び込めないし、第一こちらの守りは」


「クーロンはシナトが操縦する! それに、巨大戦力だって目星はついてるぜ」


 アラシは胸を張って答える。

 反論しようとするミリアに、シナトが呆れた口調で言った。


「諦めましょう。こういう時のアラシは止められません」


「そうだな。……アラシ君! こちらは我々が総力を挙げて守る! セイ君たちを任せたぞ!」


「おう!」


 二つの結晶体が融合し、生者と死者の世界を繋ぐ穴が開く。

 シナトとミリアに後のことを託し、アラシは穴の中へと飛び込んでいった。


「……アラシ。俺は今度こそ、お前の信頼に報いてみせる」


 一人城の中に残されたシナトは操縦席に座り、まだアラシの体温が残る操縦桿を握りしめる。

 そしてクーロンG9は、次なる戦場を求めてレンゴウを後にした。

––

極限の夢



「……セイのばか」


 セイとミカの決裂から二日後。

 湖面に石ころを投げながら、ミカは一人呟く。

 揺らめく湖の側で黄昏ていると、後ろからハルが歩いてきた。


「俺の弟子が迷惑をかけたな」


「ハルさん、そんな」


「食事にしよう。俺は死んでるから食べなくてもいいけど、君はそうもいかないだろ?」


 ハルは竹皮の包みを開き、中の握り飯を差し出す。

 湯気と共に立ち昇る白米の香りが、ミカの食欲を復活させた。


「……ありがとう。いただきます」


 程よい塩気が口の中に広がり、ミカは思わず微笑む。

 その味に潜む既視感の正体を、彼女はすぐに見破った。


「何だか、セイの料理に似てる」


「長い付き合いだからな。自然と似てきたんだろうさ」


 ハルが言う。

 握り飯を食べ終えると、ミカが申し訳なさそうに切り出した。


「……ハルさん。やっぱりわたし、セイと」


「分かってる。俺は君の意志を尊重するよ」


 ハルにそう告げられ、ミカは表情を綻ばせる。

 そして始まった作戦会議の中で、彼は二日前の言動の真意を伝えた。


「勾玉を渡すよう言ったのは、本当はセイの覚悟を試すためだったんだ。けどまさか、ここまでの赤点を叩き出すとはな」


「……ねえ、ハルさんなら、セイを説得できないかな」


「あいつが自分で気付かないと意味がない。それに、何より君が納得しないだろう?」


「……うん。ごめんなさい、少し弱気になってた」


「いいさ。さ、会議を続けよう」


 気持ちに寄り添い、前向きになれるような言葉をかけるハルに、ミカは確かな安心感を覚える。

 同時にセイが多くの人に慕われる人間になり、そしてハルを病的なまでに信奉する理由を理解した。

 作戦会議はやがてセイの思い出話に変わり、二人はそれぞれの旅の記憶を語り合う。

 しかしミカたちの穏やかな時間は、宿敵ドルベロスの出現によって終わりを告げた。


「危ない!」


 ハルが咄嗟にミカを突き飛ばす。

 次の瞬間、ドルベロスの火球が二人が直前までいた場所を焼き尽くした。


「君はセイを探すんだ!」


「ハルさんは!?」


「こいつを食い止める! 超動!!」


 ハルは勾玉を天に掲げ、巨神カムイに変身する。

 カムイとドルベロスの激突を背に、ミカはセイを求めて走り出した。


「クァッ!!」


 カムイの膝蹴りがドルベロスの喉元に炸裂する。

 しかしドルベロスは怯むことなく攻撃を受け止めると、三つの頭から火炎弾を吐いて応戦した。


「前より強くなってるな……だが!」


 カムイは大太刀を振るって二つの火炎弾を捌き、最後の一つを風の御鏡で受け止める。

 そして巻き起こる爆発を突っ切り、風雷双刃刀を構えて飛び出した。


「神威一刀・疾風迅雷斬り!!」


 風と雷を纏った刃で敵を貫き、肉体を構成する糸をバラバラに切り刻む。

 確かな手応えを感じたその時、ラストの声が脳内に響いた。


「させませんよ」


 ラストは双刃刀の刃を足場代わりに跳躍し、ドルベロスの頭に着地する。

 巨神カムイですら怯むほどの禍々しい気迫を放って、ラストが叫んだ。


「お見せしましょう。終焉合身!!」


 ラストは全身を黒い糸に変え、ドルベロスの巨体に絡みつく。

 そして肉体を再構成し、ラストとドルベロスは新たな一体の災獣として生まれ変わった。

 全身は警戒色の黒と黄色に染まり、背中からは蜘蛛の脚が剣のように生えている。

 生物の枠組みを逸脱した三つ首の番犬は、高らかに新たな名前を告げた。


「『ラストベロス』の力……思い知れ!!」


 ラストベロスは疾風迅雷斬りのお返しとばかりに怒涛の連続攻撃を繰り出し、カムイの体力を削り取っていく。

 黒い炎を纏った牙に右腕を噛み砕かれ、カムイは苦悶に絶叫した。


「ぐぁあああっ!!」


 カムイが取り落とした武器を踏み砕き、炎で体の自由を奪う。

 残虐なる蹂躙劇の果て、カムイはとうとう力尽きた。


「ハルさん!」


 カムイの敗北に、ミカは足を止めてしまう。

 引き返そうかと逡巡する彼女の足元に、翡翠の勾玉が飛来した。

 『立ち止まるな』と叫ぶように輝く勾玉を拾い上げ、ミカは再び顔を上げる。

 そして光に導かれ、彼女はセイの元に辿り着いた。


「セイーっ!!」


「歌姫さん……?」


 戸惑いの表情でミカを見るセイの顔には、深い懊悩の痕が刻まれている。

 ミカは大股でセイに詰め寄り、翡翠の勾玉を差し出した。


「状況は分かってるでしょ。もう一度カムイになって、戦って!」


「……それはお師匠の役目だ」


「そのハルさんが倒れたの! だからっ」


「ほら、結局歌姫さんもお師匠をアテにするんじゃないか」


 嘲るような反論に、ミカは言葉を詰まらせる。

 セイは諦念の滲んだ語り口で続けた。


「お師匠と触れ合ったんだろ? 分かるよ。あの人には人の価値観を塗り替える影響力があるんだ。その証拠に、あんたは俺のことがどうでもよくなり始めてる」


「セイ……」


「でもそれでいい。むしろ今までがおかしかったんだ。……ありがとう」


 セイは哀しそうに微笑み、ミカに背を向けて歩き去ろうとする。

 ミカはすかさずセイの肩を掴み、無理やり自分の方へと振り向かせた。


「ふざけないで! 誰もセイをどうでもよくなんか思ってない!!」


「っ!」


「セイは生きる希望や楽しい思い出を沢山くれた。悲しい時は側にいてくれた。そんな人のことが、どうでもいいわけないっ!!」


「……お師匠ならもっと素晴らしいものをあげられた。悲しみだってもっと綺麗に拭えた! 俺との人生はあんたにとって最良じゃないんだァ!」


「そんなこと、勝手に決めないで!!」


 ミカの叫びが、セイの心を打つ。

 涙に濡れた目でセイを見据えながら、ミカが問いかけた。


「わたしはこれからもセイと一緒にいたい。……セイは?」


「……俺は」


 セイの言葉を遮るように、巨大な影が二人を覆い尽くす。

 ハルを退けたラストベロスが、次の標的をセイたちに定めたのだ。


「逃げるぞ!」


 セイはミカの手を引き、共に物陰へと隠れる。

 ラストベロスは二人の位置を把握しながらも、敢えて直撃させることなく火球の雨を降らせた。

 一撃ごとに街や森が火の海に変わり、人々の悲鳴が轟く。

 ミカはとうとう耐えかね、リンをヤタガラに覚醒させた。


「ヤタガラ、みんなを守って!」


「お任せください!」


 ミカの命令を受け、ヤタガラは翼を広げて飛翔する。

 ミカの背中を眺めながら、セイはしみじみと呟いた。


「……やっぱりあんたは誇り高い戦士だ。俺とは違う」


「違わない。この誇りはセイから教わったものだから」


 ミカは躊躇いなく答える。

 そんなミカに、セイはぽつりぽつりと自分の本心を曝け出した。


「お師匠が死んだ時、俺の世界も終わった。お師匠を守れなかった罪を抱えながら戦うことが俺の罰なんだって、ずっとそう思ってた」


「セイ……」


「だけど、歌姫さんと出会って俺の世界はもう一度色づいた。……本当は怖かったんだ! お師匠がいなくても、大丈夫になってく自分が!!」


 セイは大粒の涙を流し、子供のように泣き叫ぶ。

 『ごめん』と謝り続ける彼の姿を見た時、ミカはようやく本当のセイに会えた気がした。

 弱い心があればこそ、傷ついた者の気持ちを理解して寄り添うことができる。

 かつてミカが兄を亡くした時にセイがしてくれたように、今度はミカがセイを優しく抱擁した。


「もう一度聞かせて。セイは、どうしたい?」


「……お師匠ごめん」


 長い沈黙の末に、セイは呟く。

 そして涙を拭い、彼は曇りなき本心を告げた。


「俺はカムイになりたい。カムイになって、あんたの一番近くにいたい!」


 ミカは大きく頷き、改めてセイに翡翠の勾玉を手渡す。

 手を固く繋いで物陰から出た二人を、ラストベロスが獰猛に見下ろした。


「死ぬ覚悟ができたようですね」


 セイとミカは何も言わず、静かにラストベロスの元へと歩き出す。

 堂々たる足取りに苛立ち、ラストベロスが黒い火球を放った。

 爆風を背に駆け出したセイとミカを守るように、ヤタガラが雄々しき翼を広げる。

 二人が呼吸を合わせてヤタガラに飛び乗ると、その体が突如白金に輝いた。


「力が漲ります……はああっ!」


 三つ首でも捕捉できないスピードまで加速し、強襲と離脱を繰り返してラストベロスを翻弄する。

 度重なる奇襲に業を煮やして、ラストベロスは真の力を解放した。


「無駄なことを!!」


 ラストベロスはその肉体を何十倍にも巨大化させ、小太陽とも呼ぶべき超高熱の火球を放つ。

 さしものヤタガラでもその大質量からは逃げられず、火球が翼の端を掠めてしまった。


「うっ!」


 攻撃を受けた弾みで体勢を崩し、セイとミカは空中に投げ出される。

 乱れる気流と重力の中で踠きながら、二人は懸命に互いへと手を伸ばした。


「セイ!!」


「……ミカぁあああッ!!」


 呼び合う二人の指先が触れ、また遠くに引き離される。

 それでも諦めないセイたちの姿を見て、ヤタガラもまた最後の力を振り絞った。

 落ちゆく彼らを空に舞い上げ、聖なる翼をいっぱいに広げる。

 そして翼が二人を包み込んだ時、奇跡は起こった。


「初めて、名前を呼んでくれた」


「……やっぱり恥ずかしいなぁこれ!」


 微笑み合うセイとミカの肉体が光の粒と化し、互いのそれと混じり合っていく。

 意識が、感覚が一つになり、共にいるという絶対的な確信が心を満たす。

 とてつもない昂りを感じながら、ミカが叫んだ。


「私たち、繋がってる。私たちはここにいる!」


「ああ。二度と途切れない絆だ!!」


 アラシ、ハル、誰もが固唾を飲んで見守る中、光は一つに集結していく。

 重なる声を合図に、新たなる戦士が誕生した。


「超動!!」


 それは武者にも天女にも見える、逞しさと美しさが調和した姿を持つ存在。

 セイとミカが互いの心と向き合い、共に生きると決めた覚悟の象徴。

 その名は––。


「『カムイカンナギ』!!」


 カムイカンナギは大矛を携え、悠然とラストベロスの背に降り立つ。

 そして矛を深々と突き刺し、雷の力を流し込んだ。


「いざ、薙仇無なぎあだむ!」


「ぐぁああッ!!」


 カムイカンナギの攻撃は本体たるラスト自身に効力を及ぼし、邪な力に作用して強烈なダメージを与える。

 もんどり打ったラストベロスから身を離すと、カムイカンナギは更なる技を繰り出した。


「いざ、波息吹なみいぶ!」


 波のように押し寄せる風でラストベロスを囲み、動きを封じる。

 ラストベロスが風の縛りを打ち破った時、カムイカンナギは既に必殺技の準備を終えていた。


「神威一刀」


 カムイカンナギは矛を天に掲げ、カムイとヤタガラの幻影を召喚する。

 そして優雅なる舞で幻影を操り、それぞれの必殺技を発動した。


「天地」


 神威一刀・鳴神斬りとヤタガラ飛翔斬りが続け様に炸裂し、ラストベロスの左右の首を切り落とす。

 そして残った中央の首目掛け、カムイカンナギが矛を振るった。


「開闢斬り」


 ラストベロスは斬首されたことにも気づかぬまま、惚けたようにカムイカンナギを見つめ続ける。

 そしてカムイカンナギが矛を収めた瞬間、ラストベロスの首は静かに崩れ落ちた。


「な……」


 獣だった繭の中から、ラストが覚束ない足取りで這い出す。

 カムイカンナギの眼に射竦められると、彼女は這う這うの体で逃げていった。


「それでいい。世界を守るのは君たちだ」


 ハルの心の声に、カムイカンナギは頷く。

 街や人々の傷を癒すと、『彼ら』はようやく変身を解いた。


「やったな。二人とも」


 帰還したセイとミカに、ハルは労いの言葉をかける。

 セイは少し照れくさそうに尋ねた。


「ちょっとは……お師匠みたいにできたかな」


「もうとっくに越えてるよ」


 ハルに軽く小突かれ、セイはよろめく。

 不思議な沈黙の中、ミカが不意に言った。


「ちょっと散歩してくるね」


「え? う、うん」


 足早に駆けていくミカを見送って、セイはハルの方に向き直る。

 光に溶けゆくハルの姿を見た時、セイはミカの言動の意味を理解した。


「お別れだ」


 ハルが笑って告げる。

 二人で過ごす最期の時間を作ってくれたミカに感謝して、セイは言葉を紡いだ。


「俺、またお師匠に会いに来るよ。今度はしわくちゃのお爺さんになってさ」


「ああ。その時は、ゆっくり話そう」


 師弟は約束の指切りを交わし、静かに別れの時を待つ。

 そしてハルは、光となって消え去った。


「……さよなら」


 光の粒に右手を伸ばして、セイは過去に決着をつける。

 空いた左手を、ミカの掌がそっと包み込んだ。


「歌姫さん……」


 セイが言葉をかけようとした瞬間、腹の虫が鳴ってしまう。

 照れくさそうに顔を逸らすセイに、ミカが笑って言った。


「今日はわたしがご飯作るね!」


「マジか! でも歌姫さん料理できたっけ」


「いつもセイが作ってる所を見てるから大丈夫……って、呼び方戻ってる!」


「しょうがないでしょ恥ずかしいんだから」


「恥ずかしくない! ミカって呼んで!」


「ここぞって時しか呼ーびーまーせーんー!」


「呼んでったら呼んでー!」


 壮絶な戦いを終えて、二人は他愛のないじゃれあいを繰り広げる。

 同じ頃、ラストはやっとのことで災獣墓場に帰り着いていた。


「まさか、ドルベロスがやられるなんて……!」


 だが、まだ手はある。

 ラストは口元を邪悪に歪めると、新たな魂を蘇らせた。

 今度は災獣ではなく、人間の魂を。


「必ず奴らを地獄に叩き落とすのです。頼みましたよ––




『シン』」


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