傀儡の兄
ドルベロスを撃破した数日後、セイはソウルニエ北部の大神殿『巨神の殿堂』にいた。
ハルから巨神カムイの座を譲り受けたことを、歴代カムイに報告するためである。
「このような事例は今までにないが、まあ仕方あるまい」
「じゃが、あの奮闘を見れば分かる。お主は確かにカムイの器じゃ」
「……結論が出た。セイを当代の巨神と認める。必ずや、世界を救うように」
「あ、ありがとうございます!」
部屋の天井から響く声に、セイは跪いて感謝を伝える。
そして神殿から出ると、彼は虚無の表情で呟いた。
「疲れた」
元来堅苦しい雰囲気が苦手なセイにとって、数時間にも及ぶ儀式は苦痛でしかない。
目の前に突如現れたアラシを見て、セイは虚ろに微笑んだ。
「うわあ、疲れすぎてとうとうアラシの幻覚が見えてきた」
「あ? オレぁ幻覚じゃねーよ」
「最近の幻覚って喋るんだ。よくできてるなあ」
「何言ってんだお前」
「鼻の穴に指突っ込んじゃおっと。そーれグリグリ……」
「いい加減にしろッ!!」
アラシ渾身のアッパーカットが炸裂し、セイの体が宙を舞う。
その衝撃でようやく正気を取り戻したセイが、アラシを指差して叫んだ。
「えっ、まさか本物!?」
「だからさっきからそう言ってるだろ! やりたい放題しやがって!」
「普段のあんたに比べりゃマシだよ!」
「何だやんのかァ〜!?」
二人は胸ぐらを掴み合い、低レベル極まりない喧嘩が勃発する。
下らない悪口の応酬は、ミカの登場によって強制的に中断された。
「二人とも……どうしてそんなに喧嘩ばかりするの?」
「だってこいつが!」
「だってじゃない。ほら、仲直りして」
ミカはセイとアラシの腕を取り、二人を強引に握手させる。
そこでようやく、ミカはアラシの存在に気がついた。
「あれっ、アラシ?」
「今更かよ!」
「どうしてここにいるの? まさか、魚の小骨が喉に刺さって死んだんじゃ」
「そんな間抜けな死に方するか! ってかそもそもオレは死んでねえ!」
「へいへい」
セイはアラシのツッコミを受け流しつつ、握らされていた手を離す。
アラシが足元の小石を拾いながら言った。
「本当はお前らを助けに来たんだけど、その必要はなさそうだな」
「ああ。俺たちはもう大丈夫だ」
「ならいいぜ。別件も無事に片付いたし……よっ!」
アラシは大きく振りかぶって小石を投げる。
放物線を描いて飛んでいった小石は、空中で突如として静止した。
「ん?」
困惑するセイたちの前で、小石が粉微塵に砕け散る。
砕けた石片を握りしめたラストが、修羅の形相でセイたちを睨んだ。
「探しましたよ」
「ラスト! いい加減に諦めたらどうだ!」
「それはこちらの台詞ですよ。世界の終焉は定められた運命だというのに、無駄な抵抗を何度も何度も……!」
長い髪を振り乱して捲し立てるラストに余裕の色はなく、怒りと焦燥に満ちている。
端正な顔立ちを邪悪に歪めて、彼女は叫んだ。
「ですがそれも今日で終わる! 『シン』の手によって!!」
予想外に飛び出たシンの名前に、この場の全員が驚愕する。
感情を整理する間もなく、彼は姿を現した。
歌姫ミカの兄にして、かつて大災獣との戦いで壮絶に散った男・シン。
生気のない彼の顔を見て、ミカは呆然と呟いた。
「お兄ちゃん……?」
「私からのサプライズです。気に入って頂けましたか?」
「ふざけるのも大概にしろ!!」
「その通りだ、いくぞセイ!」
セイとアラシは激昂し、短刀を構えてラストに襲いかかる。
しかしシンに阻まれ、二人は大きく吹き飛ばされた。
シンはラストの意のままに剣を振るい、セイたちの敵意から彼女を守る。
ラストは優秀な騎士の頭をそっと撫でると、ミカを嘲るように言った。
「いかがですか? 自分の兄に刃を向けられる気分は」
「……ッ!」
「悲痛の余り言葉も出ませんか。シン、トドメを刺して差し上げなさい!」
シンはゆっくりと剣を振り上げ、何も言わずミカを睨み据える。
セイとアラシの『やめろ』という叫びが響く中、シンは––。
––ラストを斬った。
「がはっ……!」
無防備な状態で攻撃を喰らい、ラストの口から赤黒い血が噴き出る。
体が引き裂かれていく感覚に悶えながら、彼女は途切れ途切れに問いかけた。
「な、ぜ」
「妹を傷つけたからだ」
シンは冷たく吐き捨て、躊躇いなくミカの隣に立つ。
闇となって虚空に溶けながら、ラストは最後の力を振り絞った。
「偉大なる終焉よ……どうかご覧ください。我が最期の忠誠を!!」
闇の塊となって昇天したラストが、空を暗黒で埋め尽くす。
セイたちが戦慄する中、地上を突然の吹雪が襲った。
「青龍……!」
豪雪の中から現れた災獣の姿を見て、シンが呟く。
死闘を覚悟する四人の前に、更に三つの影が現れた。
白虎、朱雀、玄武。
それぞれが天変地異に匹敵する力を持つ大災獣の、四体同時出現。
セイたちを始末するべく、四体はその力を結集して破壊光線を放った。
「ッ!」
セイは咄嗟に飛び出し、勾玉を構える。
光線が四人を焼き尽くす刹那、巨大な影が彼らの前に飛び込んだ。
その背中に、セイたちが目を見開く。
唯一アラシだけが、不敵な笑みを浮かべていた。
「流石だぜ、『クーロン』!」
かつてディザスとの戦いで再起不能に追い込まれた初代クーロンが、通常あり得ない筈の復活を果たしている。
セイが驚きの声を上げた。
「別件って、まさか!」
「そのまさかさ。オレはお前らを探しながら、初代クーロンも探していた。物にとっての死は壊れて使えなくなることだから、もしかしたらと思ってな! そしてこいつはその時見つけた裏技だァ!!」
アラシは小型の端末を取り出し、真ん中の赤いボタンを押す。
ボタン入力に反応して、必殺のクーロン砲が炸裂した。
大爆発が巻き起こり、大災獣の猛攻が止む。
覚悟で繋がった仲間の顔を見渡して、セイが号令をかけた。
「みんな、超動だ!!」
「おう!!」
アラシがクーロン城に搭乗すると同時にシンが右腕の包帯を解き、ミカはリンに力を与える。
最後にセイが勾玉を構え、四人は天に向かって叫んだ。
「超動!!!!」
カムイ、クーロン、ディザス、ヤタガラ。
四人の超動勇士は遂に集結を果たし、肩を並べて大災獣に立ち向かう。
暗黒に包まれたソウルニエを救うための決戦が、ここに幕を開けた。
––
集う戦士
「ディザス火炎波!」
灼熱の炎が大災獣・白虎に直撃する。
四対四の激戦のファーストアタックを決めたディザスは、勢いのまま白虎に突撃した。
白虎の体が岩盤に激突し、力なく倒れ伏す。
すぐに立ち上がろうとした白虎の眼前で、ディザスが前脚を鎌のように振り上げた。
「ディザスターカラミティ!!」
前脚で白虎の頭を踏み潰し、破壊の力を流し込む。
死に物狂いの抵抗も虚しく、白虎は周囲の地面共々粉々になって爆散した。
「オレ様だって負けねえぞ!」
ディザスの活躍に奮起して、アラシがクーロンの操縦桿を倒す。
ディザスの背に乗ったシンが、クーロンに追随しながら尋ねた。
「それで勝てるのか?」
「オレを舐めんな。地力の差は腕でカバーする!」
クーロンはディザスを振り切り、大災獣きっての力自慢・玄武へと狙いを定める。
クーロンの弾丸を螺旋状の甲羅で受け止めて、玄武が低い唸り声を轟かせた。
甲羅を高速回転させて突貫する玄武の得意技を、クーロンは紙一重で躱した。
「腹がガラ空きだ!」
鮮やかな回し蹴りが、玄武の無防備な腹部に炸裂する。
体勢を崩した玄武は回転力を失い、甲羅から硬い地面へと墜落した。
甲羅の鋭さが今度ばかりは仇となり、玄武は中々拘束を脱することができない。
その決定的な隙を突き、クーロンは必殺技を発動した。
「クーロン砲・全砲一斉射!!」
砲弾の雨を弱点に浴び、玄武の肉体は跡形もなく焼き尽くされる。
爆炎を貫いて飛ぶヤタガラが、鋭い翼で朱雀を切りつけた。
「ヤタガラ、思いっきりやって!」
「勿論です!」
ヤタガラは白い流星となり、乱気流の中で朱雀と幾度もぶつかり合う。
そしてすれ違い様の蹴りで朱雀の守りを崩し、一気に上空へと飛翔した。
「ふっ!」
ヤタガラの羽撃きが鋭い刃を作り出し、朱雀の翼を切断する。
墜落する朱雀目掛けて、ヤタガラが全力の突撃を繰り出した。
「ヤタガラ飛翔斬り!!」
数瞬前まで朱雀だった爆発を背に、ヤタガラは美しく舞い降りる。
ヤタガラと勝利の喜びを分かち合うミカの頭を、シンが優しく撫でた。
「強くなったな。妹よ」
「ありがとう、お兄ちゃん。後は……セイっ!」
ミカの声援に、カムイは力強く応える。
カムイは戦いの趨勢を見守る三人の視線を浴びながら、最後の大災獣・青龍を果敢に攻め立てた。
「あんまり見つめると火傷するぜ? こんな風にな!」
尾と吹雪の波状攻撃を掻い潜り、風の御鏡から突風を放って青龍を怯ませる。
そして青龍が怯んだ隙に、カムイは必殺技の体勢に入った。
「神威一刀・鳴神斬り!!」
雷鳴の一太刀を受けた青龍の死によって、大災獣は完全に消滅する。
しかしカムイたちが安心したのも束の間、白虎と朱雀の屍からドス黒い邪気の煙が立ち昇ってきた。
「あれはっ!」
煙が形作る獣の姿に、ミカは思わず戦慄する。
それはかつてシンを死に至らしめた強敵・火焔白虎そのものだった。
「今更死など恐れはしない。ゆくぞディザス……む?」
ミカはシンの前に立ち、庇うように両腕を広げる。
火焔白虎をしっかりと見据えて、彼女は己の決意を告げた。
「お兄ちゃんはあの時、命を懸けて私たちを守ってくれた。今度は私が……いや、私たちがお兄ちゃんを守る!」
ミカは再びヤタガラの背に乗り、カムイと合流する。
そして彼らは光に包まれ、最強形態カムイカンナギへと融合を果たした。
「何が起きている……!?」
驚愕するシンを一瞥して、カムイカンナギは火焔白虎の方に歩き出す。
彼らは矛で火球を弾き返し、爪を受け止めて一撃を打ち込んだ。
動きこそ緩慢ではあるが、破壊力に長けた一撃は火焔白虎を容易く吹き飛ばす。
堪らず飛んで逃げようとする火焔白虎を、カムイカンナギは竜巻の壁で拘束した。
竜巻をゆっくりと地上に下ろして、カムイカンナギが矛を輝かせる。
そして光の刃で火焔白虎を一閃し、闇で作られたその肉体を完全に抹消した。
「神威一刀・天地開闢斬り」
厳かに技の名を告げ、カムイカンナギは静かに変身を解く。
アラシもクーロンを降り、セイとミカと三人でハイタッチを交わした。
「ほら、お兄ちゃんも」
「……ふっ」
シンは微笑し、ディザスを腕の中に収める。
そして流れるように三人とハイタッチをして、彼は颯爽と歩き去っていった。
「おいおい、久々だってのに無愛想すぎるんじゃないの?」
セイが早足でシンを追いかけ、脇腹を小突く。
ミカとアラシも後に続き、思い思いにシンに触れた。
「……これでいいか?」
シンは優しく微笑み、恥ずかしそうに呟く。
肩を組んで歩く四人を、青空が見守っていた。