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第35章 神話大陸の復活

真実を教えて



「終焉の使徒か。俺が死んでいる間に、そんな戦いがあったとはな」


 セイたちの話を聞きながら、シンは感嘆の溜め息を吐く。

 彼は柔らかく微笑むと、ミカの頭をそっと撫でて言った。


「道理で強くなる筈だ。力も、心も」


「それ五回目だよお兄ちゃん。でもありがとう」


「おい、強さだったらまずオレを褒めろよな」


 アラシがむすっとした顔で詰め寄る。

 シンはそれを冷たく突っぱねた。


「断る。何故俺が貴様を誉めなければならない」


「へっ! 生者の世界に戻ればクーロンG9っつー最強兵器があるんだ。こいつを見ればお前も腰抜かすに決まってるぜ!」


「ではどうやって戻る? まさか、考えなしに飛び込んだとは言うまいな?」


「うっ! ぐぎぎぃ……!」


 見事に図星を突かれ、アラシは全身を震わせる。

 今にも突っかからんとするアラシを宥めながら、セイが言った。


「俺たちが来た時に使った扉がある。そこから戻ろう」


 セイたち四人はヤタガラの背に乗って、セイとミカが最初に訪れた街に向かう。

 その中心部でオブジェのように佇む扉を、セイが慎重に開いた。


「……あれ?」


 しかし扉の向こうにはソウルニエの街並みが広がっているばかりで、次元の穴は開く兆候さえ見せない。

 何度開けても、その結果は変わらなかった。


「……出られない?」


「うおおおっ!!」


 同じ頃。

 ソウルニエとの繋がりが断絶された生者の世界では、シナトの駆るクーロンG9と災獣軍団の戦いが未だ続いていた。

 クーロンG9は低空飛行でファイオーシャンの蒼海を渡り、アンコウ型災獣ポイズラーに肉薄する。

 そしてポイズラーが毒弾を吐く刹那、渾身のストレートで災獣の体を吹き飛ばした。


「お前を倒せば最後だ……くっ!」


 追撃をかけようとしたシナトの両腕に、激しい痺れが襲いかかる。

 心臓から送り出される血と熱が、腕にだけ行き渡らない。

 気力だけで操縦桿を握りしめながら、シナトは懸命に己を奮い立たせた。


「やはりとんでもない暴れ龍だ。だがこれくらい乗りこなせなければ、アラシの右腕は務まらない!!」


 シナトの操縦に呼応して、クーロンG9が咆哮を轟かせる。

 ポイズラーが放つ猛毒の濁流に、クーロンG9は最大火力で応戦した。


「クーロン砲・最強爆裂波!!」


 クーロンG9の全身から放たれる砲撃が毒もろともポイズラーを焼き尽くし、ラストの送り込んだ軍勢は遂に滅び去る。

 ポイズラーの体内に隠されていた紫色の結晶体に手を伸ばしたその時、結晶体が突然輝き始めた。


「何だ?」


 既に回収していた二つの結晶体も輝き、三つは眩い光を放ちながら空の彼方へ飛んでいく。

 その直後、ミリアから通信が入った。


「シナト君! ソウルニエに繋がる扉が突然機能を停止した。このままでは、アラシ君たちが帰れなくなってしまう!」


「何ですって!? すぐに向かいます!」


 シナトはクーロンG9を城形態に切り替え、急いでレンゴウへと引き返す。

 そして塔大地下の研究室に向かい、機械と睨み合うミリアに声をかけた。


「戻りました!」


「ああ。……おかしい。何度確かめてもシステムには異常が見当たらない」


「あの結晶体のせいだと思います。ラストは結晶体の力を逆利用して、次元の穴を強制的に閉じたんです!」


「あり得ない話ではないな。ならばどうする?」


「腕ずくで扉を開きます!」


 シナトは即答する。

 その言葉にアラシの姿を見て、ミリアは不敵に頷いた。


「面白い。やってみるか!」


 シナトとミリアは呼吸を合わせ、堅く閉ざされた扉を押し開けようとする。

 同じ極の磁石が反発し合うような抗い難い力に阻まれながらも、二人は扉に挑み続けた。


『愚カナコトヲ』


 不意に呪詛のような声が響き、二人は思わず動きを止める。

 その瞬間扉が開き、その向こうから溢れ出した闇の奔流がシナトたちを吹き飛ばした。


「退避だ! みんな退避しろ!」


 シナトとミリアは急いで研究室から逃げ出し、塔大にいる者たちにも避難を呼びかける。

 黒い波に追い立てられて外に出た二人を、更なる衝撃が襲った。


「あれは……ソウルニエ!?」


 空に浮かんだ巨大なソウルニエの大陸が、ゆっくりと地上に墜落してくる。

 凄まじい圧力に晒される中、シナトはその束縛を破って走り出した。


「シナト君!?」


 シナトはクーロン城に乗り込み、気力を振り絞って操縦桿を動かす。

 迫る巨大大陸を見上げて、彼はクーロン城を発進させた。


「絶対に地上へは落とさせない! 超動!!」


 クーロン城は炎を噴き上げて飛び立ち、戦士クーロンG9となって大陸を押し返そうとする。

 しかし操縦桿から伝わる大質量は、クーロンG9の抵抗を呆気なく打ち砕いた。


「ぐあぁあああーッ!!」


 これは、災獣との戦いとは根本的に違う。

 もはや戦闘ですらなく、規格外の力を一方的にぶつけられる蹂躙劇。

 かつて災獣に対抗する力を持たなかった時代に心で味わった痛みを、今度は体に叩き込まれている。

 しかしシナトの思考に、諦めるという選択肢は不思議と浮かんではこなかった。


「諦めて……たまるか!!」


 クーロンG9は残存動力を全て使い、最大出力で大陸の落下を阻止せんとする。

 そしていよいよ全ての力が尽き果てた、その時だった。


「……えっ?」


 不意に重圧が和らぎ、体が苦痛から解放される。

 戸惑うシナトの耳に、聞き覚えのある声が響いた。


「大丈夫か、シナト!」


「アラシ!?」


 初代クーロンから聞こえてくるアラシの声に、シナトは目を丸くする。

 次いでカムイカンナギも加勢に入り、シナトに声をかけた。


「後は俺たちに任せろ」


「……頼む!」


 クーロンG9は大陸の底からゆっくりと手を離し、カムイカンナギたちに全てを託す。

 徐々に小さくなっていくクーロンG9を見届けて、カムイカンナギが合図を送った。


「今だ、シン!」


「ようやくか。いくぞディザス!」


 カムイカンナギの合図を受け、シンは右腕に巻いた包帯からディザスを解き放つ。

 そして共に宙空へと身を投げ出し、叫んだ。


「超動!!」


 シンはディザスの肉体と融合し、超動勇士ディザスターへと変身を果たす。

 三人の超動勇士に受け止められ、大陸はようやく落下を止めた。


「安全な場所に着地させるんだ!」


「おう!!」


 三人は力を一つに集め、大陸を持ち上げる。

 そしてそのまま徐々に移動し、広い海の中心へと辿り着いた。

 カムイカンナギたちは海を大陸の落下点に定め、迅速にその場を離れる。

 再び重力の虜となった大陸が、唸りを上げて海原に着水した。


「なっ……」


 着地の衝撃で飛沫が上がり、大雨となって世界中に降り注ぐ。

 その雫を浴びながら、カムイカンナギたちは静かに変身を解いた。


「この海は、かつてソウルニエの国があった場所。千年の時をかけ、遂に戻ってきたのだな」


 ディザスター––シンが感傷的に呟く。

 千年の時を超えて、世界は神話の時代の姿を取り戻した。

––

月が七度天上に座す時



 初代クーロンの窓に映るパッチワークの街並みが、ゆっくりと流れていく。

 セイ、ミカ、シン、そして七つの国の守護者たちは今、生者の世界に姿を現したソウルニエの合同視察に赴いていた。


「あんまり怖くなさそうだね。ねえハタハタ、後でお土産見に行こ!」


「シイナはもう少し緊張感を持ってくださいまし! ソウルニエは死者の国ですのよ? 一体何が待ち受けているか」


「これハタハタ、そう訝るものではない」


 オボロが窘める。

 彼は落ち着いた口調で続けた。


「ミクラウドは雲の上の国で、ドトランティスは海底の国。ソウルニエはそれが死者の国であるというだけじゃ」


「悪戯に怖がっては不和を産むだけだ。僕は自分の目で、ソウルニエがどんな国かを確かめたい」


 ユキもオボロに同調する。

 ハタハタがきまり悪そうに頭を下げた。


「……ごめんなさい。わたくし、少し神経質になり過ぎていましたわ」


「分かればよい。さ、そろそろ着くぞ」


 初代クーロンは速度を落とし、ゴミ処理場の開けた場所に着陸する。

 投棄されたゴミの山が放つ異臭に鼻を摘みながら、ミリアが操縦者のアラシに苦言を呈した。


「もう少しマシな着陸ポイントはなかったのか?」


「なかった!」


「威張らないでくれ。……はあ。取り敢えずは、ソウルニエの守護者に挨拶をしなければな」


「そんな奴はもういない」


 シンが淡々とミリアの発言を否定する。

 驚く守護者たちに構わず、彼はソウルニエの内情を語った。


「ソウルニエの上層部はラストによって全滅した。今は無法地帯だ」


「取り急ぎ、新たな守護者を決めてもらわないといけませんわね」


 ハタハタが言う。

 今後ソウルニエと協力関係を結ぶにあたって、民の代表となる存在は必要不可欠だ。


「その辺りも含めて、一度話し合いをする必要があるな。街へ行こう」


 ミリアの提案で、八人は近くの街に向かう。

 巨大な工場のような街並みにはベルトコンベアが張り巡らされており、絶えずゴミが運ばれていた。


「廃棄物処理に特化した街というわけか。ソウルニエ独自の技術、興味深い」


「そんなもん後にしろ。ほら、話し合いするんだろ」


 アラシはベルトコンベアを調べようとするミリアを無理やり引っ張ろうとするが、彼女は謎の粘りを見せテコでも動かない。

 思い思いに街の探索を始めた守護者たちの前に、黒い靄のような塊が姿を現した。


『ヤア、守護者タチ』


「この声は!」


 ミリアがいち早く反応する。

 その声は、シナトと共に扉を開けようとした時に聞こえてきたのと全く同じものだった。


「貴様は何者だ!」


『我ハ終焉。コノ世界ヲ滅ボス者』


 黒い塊は終焉と名乗り、その身を五つに分割する。

 分たれた闇は人の形を取り、終焉の使徒の五人となって実体化した。


「ラスト、フィニス、ガメオベラ、アンティル。貴様らが倒してきた使徒たちは全て、我が一部に過ぎない。そしてシュウの力も、今は我が制御下にある」


 ラストの体を通して発される終焉の言葉は幾分か明瞭で、それがまた不気味な威圧感を醸し出す。

 戦慄する守護者たちに、終焉は更に続けた。


「我は生死の次元を歪め、ソウルニエをこの地に顕現させた。だがこれはほんの序章だ。これから始まる滅亡の組曲のな」


「滅亡の組曲? 気取りやがって」


 セイが心底不愉快そうに吐き捨てる。

 彼らの敵意など歯牙にもかけず、終焉は問いかけた。


「時に貴様ら、何故千年もの長きに渡り、ソウルニエとその他の国々は隔絶されてきたと思う? 自らを死の世界に堕としてまで世を護ったソウルニエが、何故存在ごと禁忌とされるようになったのか……」


 焦らすような沈黙を挟んで、彼は続ける。


「答えは我だ。我が終焉の使徒を紛れ込ませ、神話の書を誤った形へと編纂させたのだ。全てはカムイの力を弱めるために!」


「そんなことのために……!!」


 シンとミカの兄妹は過酷な戦いに身を投じることとなり、愛する者と結ばれなかった女性ツキヨは亡霊となってこの世に縛りつけられた。

 ソウルニエへの迫害が生んだ数々の悲劇を想い、セイの拳が震える。

 勾玉に手をかけるセイを、終焉が厳かに諌めた。


「焦るな。滅びの時は既に定まっている」


 終焉の使徒たちの幻影が融合し、天を貫く時計塔となる。

 『世界終焉時計』と名付けられた時計の長針と短針が、十二時を指し示した。


「これは世界の終焉を告げる時計だ。針が一周して再び十二時を指した時、我は世界を滅ぼす」


「何だと……?」


「それまで、最期の時間を好きに過ごすといい」


 終焉はまるで世界の滅亡は決定事項であるかのように、笑い声を残して姿を消す。

 聳え立つ時計塔に、セイは勾玉を高く掲げた。


「面白え。その時が、最終決戦だ!!」

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