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第36章 神話の書・初版

鬼面武者の怪



 世界終焉時計の針が三時を刻む。

 決戦の時が刻一刻と迫る中、リョウマはラヅチ城の書庫で一冊の本を捲っていた。

 リョウマが幼い頃より愛読してきたこの本には、幾つもの皺と修繕の痕が残っている。

 彼は本来の目的を思い出すと、本から顔を上げて叫んだ。


「違うっ! これじゃないぜよ!」


 リョウマは書庫に来た目的を思い出し、別の書架へと走り出す。

 彼の探し物は、他の全ての守護者たちの探し物でもあった。


「やはりここにはないぜよか。神話の書の『原本』は……」


 終焉の改竄を受けていない原本を読めば、終焉を倒す糸口が掴めるかもしれない。

 残り少ない時間の中、守護者たちは総出で神話の書の原本の捜索を行っていた。

 家臣たちにも国中を探させているが、未だ成果は出ていない。

 リョウマが本を漁っていると、役人が慌しく駆けてきた。


「リョウマ様!!」


「どうしたぜよか!?」


「鬼面の武者が現れ、街を襲っています! 恐ろしい強さです!」


 リョウマは一も二もなく書庫を飛び出し、街へと芦毛の馬を走らせる。

 既にもぬけの殻となった街には、役人の報告通りの男が立っていた。

 屈強な体格の鬼面武者は団子の屋台に立ち寄り、まだ団子が刺さったままの串を手に取る。

 鬼面武者が団子を食べようとした瞬間、それは砂になって崩れ落ちた。


「この体では食事もできぬか……」


 鬼面武者は手に残った砂を払い、ゆっくりとリョウマの方を向く。

 戦場に身を置く者だけが持つ独特の威圧感を肌で感じながらも、リョウマは怯むことなく問い詰めた。


「お主ぜよな! 街を騒がせているのは!」


「……貴様、ラッポンの守護者か」


「いかにもワシこそ、ラッポンの守護者・リョウマぜよ!」


「面白い。その腕前、見せてもらうぞ」


 鬼面武者は颯爽と跳躍し、リョウマの肩を踏み台にして更なる高さへと飛躍する。

 そしてそのまま馬小屋に突入し、黒毛の馬を一頭奪い取った。


「まずは馬比べじゃ」


「受けて立つぜよ!」


 リョウマはしっかりと手綱を握り、鬼面武者の後を追う。

 追い越そうとしたリョウマの眼前に、刹那、銀の刃が煌めいた。


「ッ!」


 リョウマは馬体に急ブレーキをかけ、鬼面武者の刀を寸前で躱す。

 そして自らも刀を抜き、鬼面武者に斬りかかった。


「はあッ!」


 斬り結ぶ主人を乗せながら、二頭の馬は速度を上げていく。

 白と黒の流星はラッポンの街を駆け抜け、広い荒野に辿り着いた。

 かつてラッポンが戦国の世と呼ばれていた時代、大きな戦の舞台となった場所・オケハザマ。

 リョウマの馬の足取りが僅かに乱れた隙を突き、鬼面武者が強烈な蹴りを見舞った。


「がっ!」


 馬の背から弾き出されたリョウマを尻目に、鬼面武者は悠々と馬を降りる。

 膝を突くリョウマに、彼は淡々と言った。


「この地面は馬の蹄に悪い」


 馬術で圧倒するばかりか馬を気遣う余裕すら見せる鬼面武者に、リョウマは唇を噛む。

 闘志の炎を燃え猛らせて、リョウマは再び立ち上がった。


「まだまだぜよ!」


「面白い。来い!」


 風吹き荒ぶ荒野に、剣戟の音だけが絶え間なく響く。

 果敢に刀を打ち込みながら、リョウマが叫んだ。


「ワシにはやるべきことがある! お主に構ってる暇はないぜよ!」


「だから勝てぬのだ。目の前の戦に集中できない奴が、世界など救えるものか!」


 鬼面武者は一喝し、刀の柄でリョウマを殴りつける。

 息もつかせぬ連続技でリョウマを追い詰め、首元に刀を突きつけた。


「神話の書の原本が欲しいのだろう?」


 鬼面武者に目的を言い当てられ、リョウマの顔が強張る。

 鬼面武者の刀が、ゆっくりと振り上げられた。


「ならば資質を見せろ。守護者としての資質を!」


 縦一文字に下ろされた刀を躱し、返す刀で斬り上げる。

 一瞬の静寂の後に、両断された鬼の面が宙を舞った。

 鬼面が地に転がる乾いた音と共に、武者が素顔を曝す。

 厳めしく精悍なその顔に、リョウマは見覚えがあった。


「ノブナガ……!?」


 それはリョウマが幼い頃から生きる指針とし、幾度も伝記を読み込んだ男。

 男––ノブナガは伝記に記されていた通りの勇猛さで、堂々と名乗りを上げた。


「いかにも。我こそは戦国の世の覇者にして第六天の魔王・ノブナガ!!」


 空に雷鳴が轟き、魔王の再臨を祝福する。

 かつてのラッポンの覇者として、ノブナガはリョウマの前に立ちはだかった。


「神話の書の原本が欲しければ、我を倒してみせろ!」


「やって……やるぜよ!!」


 今のラッポンを背負う者として、リョウマはノブナガに挑んでいく。

 世界終焉時計の針が、四時を刻んだ。

––

覇道を貫いた者



「まだ見つからないのか!」


 氷の城の中、ユキが苛立ち紛れに呟く。

 彼を労るように、ブリザードが体を寄せた。


「……ありがとう。そうだよね、みんなも頑張ってくれてるんだ。僕が弱気になっちゃいけない」


 ブリザードの温もりに勇気を貰い、ユキは再び神話の書の原本を探しに向かう。

 赴いた先のラッポンで、彼はシンの姿を見つけた。


「シン! どうしてここに?」


「分かりきったことを言うな。それより感じないか? 異様な気配を……」


 シンに問われ、ユキは神経を集中させる。

 街の遥か先で渦巻く凄まじいオーラを感じ、彼は思わずたじろいだ。


「オケハザマの方角だ。行くぞ」


「あっ、待って!」


 ユキはブリザードに飛び乗り、慌ててシンを追いかける。

 そして二人は、死闘の地・オケハザマへと辿り着いた。


「リョウマ殿っ!!」


 惨状を目の当たりにして、ユキが叫ぶ。

 リョウマとノブナガの戦いは、リョウマの完全敗北で幕を下ろそうとしていた。


「やめ……!」


 堪らず走り出そうとするユキを、シンが制止する。

 戸惑うユキを抑えたまま、シンはノブナガの名を口に出した。


「貴様がノブナガか」


「知り合いぜよか?」


「研究資料に名前が乗っていた。ディザスの分析に大きな貢献をしたと」


「……ディザスの適合者か。悪いが手出しは無用だ」


「分かっている。好きに戦え」


 シンはノブナガを止めず、むしろ彼の戦意を煽り立てる。

 ユキがシンの胸倉を掴んで叫んだ。


「どうして止めないんだ!? こんなことをしている場合じゃないだろう!!」


「いいや。ノブナガこそが神話の書の原本の所持者だ。世界を救うためには、まず彼を倒さなければいけない」


「何だって?」


 ユキが疑いの眼差しでノブナガを見る。

 ノブナガは厳格な態度で言った。


「我が一族は、代々神話の真実を守り続けてきた。そして今、現代を生きる貴様らに問う。真実を受け継ぐ資格はあるか、と」


「資格……ぐっ!」


 答えようとしたリョウマの肩を、ノブナガが刀で突き刺す。

 痛みに悶えるリョウマを蹴り倒して、ノブナガは無情に吐き捨てた。


「リョウマ、ラッポンの守護者の座を我に渡せ。貴様一人では世界を守れない」


「な、何を……」


「貴様の代わりに終焉と戦ってやると言っているのだ。さあ渡せ!」


 心技体の全てにおいてリョウマを上回る男からの冷たい勧告に、リョウマの心は揺れる。

 もしかしたら、その方が勝算はあるのかもしれない。

 シンとユキが固唾を飲んで見守る中、リョウマは自らの答えを告げた。


「守護者の座は……渡さんぜよ!」


「何だと?」


「そもそもっ! ワシもノブナガも、一人で世界を守ることなんてできないぜよ!!」


 リョウマは熱を込めて続ける。


「だから力を合わせる! カムイや他国の守護者と、そしてラッポンの民たちと! みんながそれぞれの役目を果たし、どんな命も取り溢さない! それがワシの目指す守護者ぜよ!!」


 リョウマの語る理想を、ノブナガは真剣な面持ちで受け止める。

 そしてその覚悟を試さんと、必殺剣の構えを取った。


「ならば……見せてみろ!」


 腰を低く落とし、力強い踏み込みと共に刀を突き出す。

 幾つもの命を屠ってきたその一撃を、リョウマは真正面から受け止めた。


「リョウマ殿ーっ!」


 ユキの叫びが荒野に響く。

 リョウマの体を貫いた筈の刀は、彼の眼前で止まっていた。


「『どんな命も取り溢さない』か。まさかこの土壇場で、それを実行してみせるとはな」


 ノブナガが感服したように呟く。

 リョウマの足元には、一輪の花が咲いていた。


「この花を守るために、貴様はその身を差し出した。だからこそ我の剣は、貴様を貫けなかった」


「どういうことぜよ?」


「この技は恐怖に負け、逃げようとした者のみを倒す技。真正面から立ち向かう勇者には何の効果も持たんのだ」


「じゃあ、ノブナガは最初からワシを試すために」


 ノブナガはそれには答えず、不敵な目でリョウマを見据える。

 しかし彼の目には、子供の成長を実感する父親のような優しさが滲んでいた。


「我は秘密を抱え、一人で覇道を貫いてきた。……だが、お前には仲間がいる。一輪の花にさえ命を懸ける優しさがある。それこそが、お前の強さだ」


「ノブナガ……」


「必ず終焉を倒せ。命を未来に繋げろ。そして役目を果たしたら……団子の味を聞かせろ」


 最期の言葉を遺して、ノブナガの魂はあるべき場所に還っていく。

 そして彼と入れ替わるように、神話の書が出現した。


「遂に神話の書の原本を手に入れた! これで終焉を倒す手掛かりが掴めるぜよ!」


 リョウマは分厚い本をしっかりと抱え、ユキたちと喜びを分かち合う。

 三人はレンゴウに急行すると、ミリアに神話の書の原本を渡した。


「ありがとう。早速解析に取り掛かる。君たちは決戦に備えて休んでてくれ」


「ワシらも手伝うぜよ!」


「少しでも力になりたいんだ!」


「リョウマ君、ユキ君……」


 二人の協力の申し出に、ミリアは思わず声を震わせる。

 どこか期待のこもった彼女の視線を、シンは躊躇いなく突っぱねた。


「俺は妹と過ごす」


「ブレない男ぜよ……」


 シンの背中を見送って、ミリアたちは塔大地下の研究室に向かう。

 分析装置に神話の書の原本を置くと、装置が凄まじい勢いで内容の解読を始めた。

 掠れて読めない箇所や現在とは言葉の意味合いが異なる箇所などが悉く修正され、現代人向けの文章になっていく。

 そして全ての解読が終わった時、ミリアたちの顔は蒼く染まっていた。


「これが、カムイ神話の真実だっていうのか……?」


「とんでもないことぜよ……!」


 ユキとリョウマは狼狽し、ミリアに顔を向ける。

 ミリアは乾いた声で呟いた。


「シン君が、いや、超動勇士の力を持つ者がこの場にいなくてよかったよ」


「えっ?」


「何としても隠し通せ。この事実を、決して誰にも教えるな!」


 世界終焉時計の針が動く中、ミリアたちはカムイ神話の真実を墓場まで隠し通すことを心に誓う。

 『カムイは世界を救えなかった』という真実を。

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