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第37章 最終焉決戦

時計の針が回る時



 ドローマの大地に、二つのクーロン城が並び立っている。

 シナトは『G9』と書かれた城門を潜って、アラシのいる執務室の扉を叩いた。


「国民全員の避難が完了した」


「おお、ありがとうな……」


 アラシが弱々しく答える。

 捨てられた子犬のような目でシナトを見つめるアラシに、シナトは険しい顔で詰め寄った。


「で、アラシはそれ片付いたのか?」


「見りゃ分かるだろ〜……」


 机の上には、書類の山が幾つも聳え立っている。

 シナトが吐いた特大の溜め息に呼び寄せられるように、ミリアが執務室の扉を開けた。


「やあアラシ君、少しいいかな」


「だあーっ!!」


 ストレスの限界を超え、アラシが叫ぶ。

 窓の外に見える世界終焉時計を指差して、彼は駄々を捏ねるように言った。


「何でこんな時に書類仕事なんだよ! 大体ミリアぁ! お前なんでいんだよ!?」


「私は君と違って仕事が早いんだ。それで少し話をしようと思ってここに来たら……何だこれは」


「溜まりに溜まった書類の山です」


「……はぁ」


 ミリアの静かな溜め息が、執務室に積もる。

 シナトの許可を得て仕事を手伝い始めたミリアを横目に見ながら、アラシは不貞腐れて嘆いた。


「だからってこんな時にやらなくたってよぉ」


「こんな時だからやるんだ。終焉を倒したら、平和な日々がやってくる。その時にドローマだけゴタゴタしてたらかっこ悪いだろ?」


「シナト君の言う通りだ」


「……そりゃそうだけど」


 シナトに説得されても、アラシの気持ちは乗り切らない。

 ミリアはやれやれと微笑み、書類の一束を棚の上に置いた。


「これは明日に回そう」


「何言ってんだ。明日なんか、来るかも怪しいじゃねえか」


「だからさ。願掛けというやつだよ」


「『本棚の片隅には常に新しい本を置け』ですね」


 シナトが聞き慣れない言葉を呟く。

 アラシが聞き返した。


「何だそれ?」


「我が国の諺だ。生きる理由を絶やしてはならない、転じて、無事を祈るという意味のな」


 カムイが世界を救えなくても、クーロンなら救える。

 それこそがミリアが見出した、予言への答えだった。


「さあ始めよう。明日のための仕事を!」


「おう!!」


 三人は一致団結し、猛スピードで仕事を片付ける。

 士気を向上させたアラシとシナトに見送られて、ミリアはクーロン城を後にした。


「国民の避難も兵器の配備も、できることは全てやった。後は……信じるだけだ」


 ミリアは決意を込めて、世界終焉時計を睨み据える。

 ファイオーシャンの海岸でも、二人の守護者が時計塔を見つめていた。


「いよいよだね、ハタハタ」


「ええ。……シイナ」


 シイナは優しく微笑み、ハタハタの次の言葉を待つ。

 長い沈黙の末に、ハタハタが口を開いた。


「ここに来る前に見てきたのですけど、あの時植えたブルーオリーブ、とても元気に育ってましたわ」


「でしょ! あたし、毎日お手入れしてるんだ!」


「でも、終焉は容赦なく命を踏み潰す。自然の営みの尊さを決して理解しない。そんな相手と相対するのが……少し怖くなってきましたわ」


「ハタハタ……」


 最期の時間を過ごす相手に、他の誰にも打ち明けられずにいた恐怖心を曝け出す。

 友の弱々しい姿を、シイナは決して笑わなかった。


「やっぱり怖いよね」


「えっ?」


「あたしも超怖い! もう心臓がドキドキして、冷や汗ダラダラだもん! でも、だからこそ逃げたくない! 最後まで諦めない守護者になるって誓ったもん!」


 シイナは高々と理想を掲げる。

 太陽のような彼女の姿に、いつの間にかハタハタの中の恐怖という暗雲はかき消えていた。


「なら、わたくしも逃げるわけにはいきませんわね。結んだ絆を手放さないのが、わたくしの在り方ですもの」


「ハタハタっ!!」


 シイナは遂に感極まり、ハタハタを力いっぱいに抱きしめる。

 かけがえのない親友に、彼女は感情の激流をぶつけた。


「ずっとずっとずーっと! お友達でいようね!!」


「ええ。大好きですわ。シイナ……」


 時計の針が十二時を指すまで、二人は互いの温もりを分かち合う。

 ファイオーシャンからラッポンに吹く海風を、リョウマの木刀が切り裂いた。


「精が出るのう、リョウマ」


「オボロ爺!」


 オボロは城の縁側に座り、温い緑茶を啜る。

 鍛錬を切り上げて、リョウマは彼の隣に座った。


「こんな所にいていいぜよか? ミクラウドで軍の指揮を執らないといけないんじゃ」


「勿論すぐに戻る。じゃがその前に、年寄りの心配性に付き合っとくれ」


「戦いが心配なのはみんな同じぜよ」


「儂が心配しとるのはお主のことじゃ。お主、何か隠し事をしとるじゃろ?」


「ぜよっ!?」


 オボロに指摘され、リョウマはあからさまに動揺する。

 オボロが愉快そうに笑った。


「分かりやすいのう。儂のようなタヌキにならなくては、この先が思いやられるぞ?」


「オボロ爺はフクロウぜよ!」


「ほっほっほ。それで、リョウマは何を隠しとるんじゃ?」


 赤子の頃からの付き合いであることを差し引いても、老練のオボロに隠し事はできない。

 リョウマは『ここだけの話ぜよ』と前置きして、神話の真実を白状した。


「……なるほどのぅ」


 リョウマの話を聞き、オボロは深々と頷く。

 彼は噛み締めるように続けた。


「カムイは世界を救えなかった、か。確かに難儀な話じゃのう」


「ノブナガはこんなことを伝えるためだけに現れたぜよか? 一体ワシらは、どうしたらいいぜよ……!」


 苦悩するリョウマの頭を、オボロの羽がそっと撫でる。

 戸惑うリョウマに、オボロは優しく笑いかけた。


「前提を覆すようで悪いんじゃが、そもそもカムイは世界を救っておるぞ」


「えっ?」


「でなければ、今日まで儂らの文明が存続しているはずがなかろう? それにミクラウドもドトランティスも、初代カムイが張った結界の中に生まれた国じゃ」


「オボロ爺……」


「一見不吉な出来事にも、きっと何かの意味がある。そう信じて意味を手繰り寄せれば、奇跡は起こるんじゃよ」


 『年寄りの経験則じゃがな』とおどけるオボロを、リョウマは真剣な表情で見つめる。

 今まで何気なく接していた仲間の凄さを目の当たりにして、彼は改めて確信した。

 自分にはまだまだ、学ぶべきことが沢山ある。

 自分が変われば、ラッポンという国もより良いものにできる。

 不吉な予言などに屈している暇はない。

 リョウマはぴしゃりと両の頬を叩き、勢いよく立ち上がった。


「完ッ全に吹っ切れたぜよ!!」


 オボロは満足げに頷き、ミクラウドへと帰っていく。

 世界終焉時計の針の音さえ届かないシヴァルでも、ユキとブリザードが最後の時間を過ごしていた。


「なーに黄昏てんだ?」


 無邪気な声が氷の城のバルコニーに響く。

 ユキが振り向くと、そこには防寒着に身を包んだセイ、ミカ、シンが立っていた。


「君たち、どうしてっ」


「さあな。俺にも分かんねえや」


 セイはあっけらかんと答える。

 一面の銀世界を見渡して、彼は不器用に言葉を発した。


「昔はシヴァルが嫌いで仕方なかった。体も心も寒くってさ。けど、何でかな。今はすっげえ暖かいんだ」


「……どんな気持ちのことを、暖かいって言うんだ?」


 ユキが不意に尋ねる。

 セイとユキの手を取って、ミカが答えた。


「色々あるけど……やっぱり一番は、一人じゃないって心から思えた時の安心感かな」


「それなら僕にもあるよ。いや、君たちが見つけてくれたという方が正しいかな」


 そう語るユキの心に、もはやかつてのような孤独はない。

 孤立の果てに道を踏み外した過去さえ抱きしめて、ユキはセイたちに心からの笑顔を見せた。


「ありがとう、みんな」


 その時、世界終焉時計が一周する。

 それまで黙り込んでいたシンが、セイたちの意識を戦いへと引き戻した。


「時間だ」


「……ああ」


 セイとミカは頷き合い、遥か遠くのソウルニエを見据える。

 決戦に赴こうとする彼らに、ユキが拳を突き出した。


「頑張れ、カムイ!」


「おう!」


 セイはユキの拳を掌で受け止め、彼の中にある熱い思いを己の心に刻む。

 別れの挨拶を終えて、三人の超動勇士は城のバルコニーから飛び降りた。


「行きましょう、皆さん!」


 リン––ヤタガラがセイたちを受け止め、雄々しく翼を広げる。

 ユキとブリザードに見送られながら、三人は決戦の地・ソウルニエへと飛び立った。


「やっと来たか、遅ぇぞ」


 クーロン城に乗り込んだアラシが、不敵な笑みで出迎える。

 肩を並べた四人に、終焉が悍ましい声を響かせた。


「時が来た」


 空を覆う闇の塊が蠢き、漆黒の龍となって大地を踏み締める。

 最凶最後の災獣が、世界の終焉を厳かに宣告した。


「我は終焉の王『ジエンドラ』。我が名の下に、世界の終焉を宣言する」

––

全てが終わる時



 終焉の王ジエンドラ。

 その龍が爪を振るう度に、激しい雷が降り注ぐ。

 その龍が尾を揺らす度に、大嵐が何もかもを薙ぎ倒す。

 その龍が唸り声を上げる度に、自然から実りが失われる。

 その龍が––。


「させるかよッ!!」


 勾玉を掲げたセイの叫びが、ジエンドラの暴威に待ったをかける。

 セイとミカ––カムイカンナギの大鉾が、ジエンドラの頭蓋を打ち据えた。


「おらぁ!!」


 すかさずクーロンG9とディザスターが左右から飛び込み、強烈な鉄拳を見舞う。

 よろめいたジエンドラの胴体に、カムイカンナギが大鉾を突き立てた。


「っ!?」


 しかし大鉾はジエンドラの体を擦り抜け、貫いた箇所が蜃気楼のようにぼやける。

 手応えのなさを不気味に思いつつも、カムイカンナギは果敢に攻撃を続けた。


「我は滅びの概念そのもの。刃向かうことは無意味と知れ」


 ジエンドラは鉾を掴んでへし折り、鋭い爪でカムイカンナギを斬りつける。

 破滅的な威力の猛攻を受け止めながら、カムイカンナギは反撃に打って出た。


「武器がダメならこれだ! いざ、薙仇無!!」


 掌から雷撃を放ち、ジエンドラを焼き尽くそうとする。

 しかしジエンドラはそれすらも跳ね除け、重厚なる尻尾の一撃でカムイカンナギを吹き飛ばした。


「ぐああっ!!」


 カムイカンナギの体が宙を舞い、ひび割れた地面に叩きつけられる。

 更なる追撃を仕掛けようとするジエンドラの前に、クーロンG9とディザスターが立ちはだかった。


「させねえ!」


 二人はジエンドラにしがみつき、体の自由を奪う。

 操縦桿から伝わる力に圧倒されながらも、アラシが水晶玉に向かって叫んだ。


「今だミリア、オボロ!!」


 アラシの号令を受けて、ジエンドラを取り囲んでいた数百もの大砲が一斉に発射体勢に入る。

 遥か上空のミクラウドからも、雷を纏った槍の雨がジエンドラに刃を向けた。


「対災獣用96式徹甲弾!」


「対地雷撃砲!」


「発射!!」


 四方八方からの集中砲火が、ジエンドラを爆炎で包み込む。

 鳴り止まない轟音の中、ジエンドラは微動だにせず佇んでいた。


「馬鹿な、あれだけの攻撃を受けて無傷だと?」


 鉄壁という言葉すら生ぬるい防御力に、さしものディザスターも舌を巻く。

 クーロンG9が勢いよく飛び出した。


「いつまで余裕ぶってられるか、オレ様が試してやるぜッ!!」


 クーロンG9の苛烈な連続攻撃を、ジエンドラはひたすらに受け止める。

 攻めているのに追い詰められているという奇妙な感覚を振り払うべく、クーロンG9が零距離砲撃を放った。


「無駄だと言ったはずだ」


 ジエンドラはまたしても蜃気楼になり、クーロンG9の攻撃を躱す。

 そして素早い反撃でクーロンG9を怯ませ、続け様に火球を撃ち出した。


「ぐわあッ!」


 クーロンG9は機体から火花を飛び散らせ、満身創痍で膝を突く。

 しかし彼の奮戦は、ディザスターにジエンドラの能力を分析する時間を与えていた。


「生半可な攻撃は頑強な体で受け止め、強力な技は霧状になって躱すか。だが、霧化能力は続けて発動できないらしい」


 ディザスターはクーロンG9の腕を引っ張り上げ、無理やり立ち上がらせる。

 操縦席の水晶玉を介して、彼は作戦を伝えた。


「二人で隙を作る。無理とは言わせんぞ」


「ハナから言うつもりもねえよッ!」


 先陣を切るディザスターの後を、クーロンG9の砲弾が追いかける。

 背後を取ったディザスターに意識を向ける間もなく、砲弾の嵐がジエンドラを襲った。


「ディザス厄災乱舞!!」


 ディザスターは朱雀の翼で舞い上がり、巨大な氷の障壁でジエンドラを包み込む。

 そして右腕に竜巻を纏わせ、鋭い螺旋へと変えてジエンドラへと突貫した。


「効かぬわ!」

 ジエンドラは気魄でディザスターを弾き飛ばすが、攻撃は止まらない。

 クーロンG9とディザスターの同時必殺技が、唸りを上げてジエンドラに襲いかかった。


「クーロン砲・最強爆裂波!!」


「真・ディザスターカラミティ!!」


 大地を喰らいながら迫り来る破壊力の塊を、ジエンドラは蜃気楼となって回避する。

 しかし二人の渾身の攻撃は、本命の一撃を叩き込むための布石に過ぎなかった。


「今だ!!」


 二人の合図と同時に、ジエンドラの頭上に影が差す。

 翼を広げたカムイカンナギが、大鉾でジエンドラの頭蓋を抉り抜いた。


「神威一刀・天地開闢斬り!!」


 ジエンドラは咄嗟に蜃気楼化を試みるが、間に合わない。

 確かな手応えを感じながら、カムイカンナギは鉾を握る手に力を込めた。


「これで終わりだ!」


「……終わるのは貴様らだ」


 ジエンドラは不気味に呟き、カムイカンナギの大鉾を掴む。

 そして自らの肉体に深々と押し込んだ。


「カムイの力と我が力! 相反する性質が混ざり合い、反発し……後には何も残らない!」


「くっ……やめろ!!」


終焉おわりだ」


 カムイカンナギの抵抗も虚しく、ジエンドラが放った破滅の力が世界を包み込む。

 不思議なことに、痛みはなかった。

 自分が消えていく感覚に安らぎさえ覚え、その身を委ねたくなってしまう。

 薄れゆく意識の中、セイは心の中で呟き続けた。


「ふざけんな。まだ、終わってない……」


 しかし無情にも意識は途切れ、セイは虚無となって空に溶ける。

 次に目が覚めた時、世界は見果てぬ荒野と化していた。


「……ミカ! アラシ、シン! みんな!!」


 幾ら呼びかけても返事はない。

 人も建物も災獣たちも、まるで最初から存在しなかったかのようだ。

 現実を受け入れられぬまま、セイは声を枯らして叫んだ。


「うわあああーっ!!」


 世界は本当に滅んでしまったのか。

 もう希望はないのだろうか。

 何もかもが無くなった世界に、セイの慟哭が響き渡った。


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