アスターさんがマジックバッグからロープを出すと、木にくくりつけて下に降りることになった。
「気をつけろ、何かいるかも知れない。」
「ああ、そしたらすぐに声をかける。」
アスターさんが丘の下の急斜面を降りてゆく。柔らかい土だから、ここから人を連れてきて這い上がるのは難しそうだ。
「小さな洞穴があるぞ!」
下からアスターさんの声がする。
「待て!1人で入るな!」
「俺も降ります。ロープを頼みました。
──アスターさん!今行きます!」
「頼んだぞ。あいつ、エレインのこととなると、ちょっと先走っちまうところがあるからな。ほんとに魔物がいたら危ない。」
……ふうん?
俺はゆっくりと丘の斜面を降りると、アスターさんと合流した。
そこは人が2人並んで入るのも無理そうな洞穴だった。下から草が生い茂り、入り口を隠すように半分覆っていた。
「ここを見てくれ。」
アスターさんがしゃがみこんで、草が生えている裏側の地面の土を指差す。
「草の脇の土が踏み潰されてる。
明らかに何かが出入りしている証拠だ。」
「足跡の上に足跡が重なって、潰れている感じですね。人間の大きさじゃありません。
何か中に生き物がいる感じです。この草は洞穴の目隠しと風よけでしょうか。」
「恐らくはな。……エレインはそいつに引きずり込まれたのかも知れん。くそっ……!」
「落ち着いて下さい、アスターさん。
……ともかく中に入ってみましょう。」
俺とアスターさんは、照明の魔宝石を使って洞窟の中を進んだ。1時間の間、半径10メートルを照らしてくれるもので、コボルトの集落でのみ買える、精霊魔法を使ったものだ。明かりをつけなくとも、どうせ中にいるのが動物であれ魔物であれ、俺たちの侵入には気付かれているだろうからな。
中は一本道で、少し奥が開けていた。
「エレイン……!!」
中は枯れ枝や草を積み重ねた巣になっているようだった。そこに若い女性が眠るように倒れている。……なにかの生き物の体に、その身を預けて横たわっているような姿で。
それはコブのないラクダのような、優しい顔をした薄茶色の生き物だった。体はラクダというよりも、巨大な乳首が牛みたいだ。
「アウドムラか……!」
──え?ガン●ム?
俺は思わずアスターさんを見る。
「あれは基本は攻撃的じゃなく、乳をしぼれる魔物なんだが──見ろ、子どもがいない。
恐らくエレインを子どもだと思って巣に引きずり込んだんだ。連れて行こうとしたら怒らせるだろうな。いったいどうしたもんか。
……あれじゃ近付けないぞ。」
確かに乳首の先端から母乳みたいのが滲んでいるようだ。飲む子どもがいないから、あふれてきちまってるのかな?
じっとアウドムラの母乳を観察すると、俺の食材を判定するスキルが反応する。
〈アウドムラの乳〉
乳の味は濃い目の牛乳に似ている。
栄養価がとても高く、2リットルで、1日に必要なビタミンB6、ビタミンB12、葉酸、鉄分などを吸収することが出来る。
──へえ、そりゃ凄いな。
葉酸がそこまで取れるのがまた凄い。食べ物から吸収出来る栄養素の量って、実際に含まれてる栄養素の量より低いもんなんだが、吸収で一日分って、万能過ぎやしないか?栄養不足がおきにくいぞ。最悪アウドムラの母乳さえ飲んでいれば、食料難の時でも生き残れる確率が上がるじゃないか。ぜひ飲んでみたいし、子どもたちにも飲ませたいな。
〈アウドムラ〉
他種族にも友好的で、害意がない存在を見抜くことが出来る。飢えに苦しむ存在がいれば、他種族でも快く乳を分け与えてくれる。
ただし、自分の子どもに害をなす存在には容赦しない。この世界における牛の魔物。
ああ、ネーミングの元ネタのほうか。
アウドムラは、とあるロボットアニメシリーズに登場する、超大型輸送機の名前で、ネーミングの元ネタが、北欧神話の原初の雌牛といわれる、アウズンブラの別表記なんだ。
けど、確かに、子どもに害をなす存在には容赦しないとあるから、本当にエレインさんを自分の子どもだと思っているのであれば、このまま近付くのは危険だろうな。エレインさんにもどんな危険がおよぶかも分からないしな。……それにしても、こいつの本当の子どもはどこに行っちまったんだ?
まさか死んじまったんだろうか。
「……アスターさん、一旦戻りましょう。
こいつの子どもを探すんです。もしも見つかれば、それを連れて来ればいい。」
「そうだな、そうしよう。冒険者たちに狩られていなけりゃいいが……。いや、よそう。今は考えても仕方のないことだ。コロポックルたちにも手伝って貰おう。」
俺たちは元来た道を一度戻ることにした。
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