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第143話 エリック・ヒューストンの静かなる戦い②

 本来、王族から、平民にお言葉をかけることは滅多にないんですよ、と、アイリスさんが教えてくれた。つまりはまあ、お上品に、貴族たちに喧嘩を売ったってことだな。なかなかやるじゃあないか、パトリシア王女も。

 円璃花もクスリと笑っている。


「やあ、おめでとう!ヒューストンさん!」

 司会者が張り付いたような笑顔でエリックさんに声をかける。エリックさんは小さな声で、ありがとうございます……と、返した。

「次回作のモデルは女性かな?なにせ女神キャラウェイが君にはついているからね!」

 エリックさんがビクンとする。


「女神キャラウェイに、日ごとに近付いていく、君の奥方様が僕は大好きでね。まるで本物の女神キャラウェイが降臨されたかのようで、本当に素晴らしいことだと思うよ。

 君の次回作にとても期待しているよ!

 本当におめでとう!」

 司会者はそう言って笑った。


 貴族たちもハハハハと笑っている。……なんだろう、褒めている言葉の筈なのに、言外な悪意しか感じないのは。パトリシア王女はそれを聞いて、真っ赤になって怒りに震えているように見えた。俺はキャラウェイってなんですか?と、ダニエルさんにたずねた。


 女神キャラウェイとは、カイロスのような見た目の、この世界の女神のことだそうだ。

 カイロスという神様は、後頭部がガッツリとハゲていて、チャンスの神様には前髪しかない、と言われる言葉の語源になったとされている。それと同じ見た目の女神だって?


 エリックさんの妻であるジュリアさんは、病気で脱毛症になっている。司会者はそのことにわざわざ触れて、どこかで彼の勇姿を見守っているであろう彼女のことを、人前で堂々とからかってきたのだ。今のジュリアさんはウィッグをしているから、彼女がそうとは気付かれていないようではあったが。


 それを聞いた貴族たちもハハハ、と普通に笑っていて、ジュリアさんは険しい表情で一切笑っていなかった。これを冗談だと思える感性の人たちがここには集まっているのか。

 それとも、元からそうすることで、間接的にエリックさんを辱めるつもりでいたのか。

 ……おそらくは後者なのだろう。


 なぜならストークス伯爵が、ニヤニヤとエリックさんを眺めて笑っていたのだから。

 それに、自分たちにはまるで従わず、それにも関わらず、王族に選ばれて実力を認められてしまったエリックさんの存在は、ストークス伯爵でなくとも、芸術大賞を私物化しているという、関係貴族たちからすれば相当面白くないことだろうからな。


 エリックさんの授賞スピーチが始まった。

「……私はこの賞を受賞することを楽しみにしていました。人生の目標でもありました。

 なにより、愛する妻を人生で最高の日よ、と喜ばせることが出来ました。」

 ジュリアさんはまたたきもせずに、じっとエリックさんを見つめている。そうすることで泣くのをこらえているようでもあり、夫が受賞した喜びに溢れてるようでもあった。


「名誉ある賞を受賞したことで、私のもとにはたくさんの仕事が舞い込むことでしょう。

 私はとても貧乏ですが、病気の妻の治療もこれからすすむようになることでしょう。」

 小さく微笑むエリックさん。

 パチパチパチパチ……と、小さくさざ波のような、たくさんの拍手の音が聞こえる。


 拍手をしているのは、当然勲章授与式に参加した人たち、そこに座っている、恐らくは王族派の貴族たち、そして王族だけだった。

「──ですが、私は残念ながら、今のこの賞を受賞することを望みません。

 私があんなにも求めてやまなかった賞の権威は、たった今地に落ちました。」


 会場がざわめき始める。

「ターナー伯爵。彼のような人を司会者として選び、そしてまた、彼の発言をとても楽しいものとして受け止める人々によって。」

 何を言い出すのだろう、と、勲章授与式に参加した人たちは固唾を呑んで見守って、芸術大賞に関わる貴族たちはざわついている。


「この世界は体の暴力は許されないが、言葉の暴力は被害者が笑って受け流すべきだという、同調圧力をよしとする世界であると、この授賞式がたった今証明してしまいました。

 ターナー伯爵の発言によって、私の妻はおおいに傷付きました。もっとも守るべきは妻の誇りであり、それは私の絵師としての名誉よりも優先されるべき事柄です。」

 ジュリアさんは静かに泣いていた。


「今日ここで、私が授賞することを祝って下さった皆さま。私を選んで下さった王族の皆さま方、そして今日まで支えてくれた妻に感謝をささげます。あなた方の気持ちを裏切ってしまい本当に申し訳ありません。ですが、私は授賞を辞退します。これからの芸術大賞が、未来の芸術家たちにとって、価値あるものになりますよう、切に願っております。

 今日は本当にありがとうございました。」


 そう言ってエリックさんは壇上から降りるとジュリアさんに近付いた。強張った表情で泣いていたジュリアさんは、優しくほほ笑んで、エリック、あなたの選択を支持するわ、と言った。エリックさんは立ったまま腰をかがめて、泣きながら微笑んでいるジュリアさんをそっと優しく抱きしめ、ジュリアさんもまた、夫の体を強く抱きしめかえしていた。


 そしてエリックさんは奥さんの手を取って立たせたあと、静かに会場を出て行った。

 エリック・ヒューストンを芸術界から即刻排除すべきだ!王族や我々に対し、なんという無礼なことをするのだ!とわめいている、自分たちのことはまるで棚に上げた、芸術大賞関係者席の貴族たちの声がする。


 エリックさんを特別賞に選んでくれたのは王族であり、ジュリアさんを辱めた貴族たちではないのだから、それを突き返すのは、確かに王族に対する不敬かも知れなかった。

 また受賞を断ることで、絵師として今後苦労することになるかも知れなかった。


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