だがそれでもエリックさんは、妻を辱めた貴族たちに抗議することを選んだのだ。
俺はエリックさんを尊敬した。──もしも俺なら、病気で悩む妻を、最も触れられたくない事柄に触れて、わざわざからかう相手の彼を、その場で殴らないと言えるだろうか。
エリックさんは言葉を尽くして、ターナー伯爵と、ターナー伯爵の言葉に同調して笑った人たちを静かに非難した。
貴族でない筈の彼が、誰よりも貴族の誇りと品と知性を持ち合わせているかのように。
簡単には真似出来ないことだと思う。
俺は去って行くエリックさんの後ろ姿に、そっと拍手をおくったのだった。
「……ちょっと化粧をなおしてくるわ。」
泣いていた円璃花が、そう言って席を立った瞬間、なぜかアイリスさんが、前を向いたままで、先ほど見せてくれた宝飾品を円璃花に手渡した。……?円璃花もスッとそれを受け取り、そのまま会場を出て行った。
その後を、ストークス伯爵が、さも自分もトイレかのように、杖をついてゆっくりと席を立つと、従僕を伴ってついていく。
そしてしばらく距離をあけて、アイリスさんが会場から出て行った。俺の護衛をするつもりなのか、ダニエルさんは座ったままだ。
「──ちょっと。なんのつもりなの。」
苛立った様子の円璃花の声が、突然スピーカーから響いてくる。
「お前を身請けしてやろうと言うのだよ。
光栄に思いたまえ。」
ストークス伯爵の声だ!!
「我々貴族は、成人した貴族の顔はすべて把握している。だがお前のことは見たことがない。平民にしては随分と仕立てのよい服装をしているようだから、恐らくは豪商の娘か、貴族に囲われている題材役か、貴族であっても婚外子であろう?今よりもずっとよい暮らしをさせてやろうと言うんだ。」
「この……!大人しく従え!!」
ストークス伯爵の従僕の声もする。
「やめて!触らないでよ!!」
俺は慌てて椅子から立ち上がり、ダニエルさんとともに会場の外に出た。
「トイレはどちらですか!?」
「こちらです。」
ダニエルさんの案内でトイレに駆けつけると、アイリスさんが円璃花の前に立ちふさがって、ストークス伯爵の従僕を、床に押さえつけてやり込めているところだった。
「生意気な……!今すぐその手を離せ。」
「円璃花!!!!!」
俺が円璃花の前に、俺の前にダニエルさんがかばうように立った。
「大人しく従えですって?
……私が誰かですって?
──あなたこそ、ご自分の立場が、よくお分かりではないようね。」
円璃花がストークス伯爵を睨んだ。
「怪我はないか?」
「ええ。」
そう言って、円璃花が俺にウインクしてみせた。アイリスさんをチラリと見ると、アイリスさんも、俺を見て小さくうなずく。
2人ともやけに余裕そうな雰囲気だ。
とても突然男性に暴力を受けて、怯えている女性の態度には見えない。──ひょっとしたら予め2人で示し合わせていたのか?
まるで必ずこうなることを、円璃花もアイリスさんも予想していて、それを待ち構えていたかのようだ。なぜ?なんの為に?
「──この私に手を出し、暴力をふるい、あまつさえ大勢の前で侮辱したわね。
私はこの国を出て行くわ。あなたのような人間のいる国を、助けたいとは思わない。
素敵な国だと思ったから選んだのに、こんな人間しかいない国だなんてね。」
円璃花が肩をすくめてみせる。
「何を言っている。
勝手に出ていけばよいだろう。この私に逆らったのだ、出て行きたくなくとも、いずれ出て行くことになるだろうがな。」
ストークス伯爵がハハハハと笑った。
「──出て行くのはお前だストークス伯爵。
いったいなんてことをしてくれたのだ。」
突然、低い声が響いた。
「アーサー……、国王、陛下……。」
ストークス伯爵が声のした方を振り返る。
イントネーションがおかしいのは、日頃裏ではアーサーと呼び捨てにしていたクセが、思わず出てしまったからなんだろうな。
声を発したのはアーサー国王陛下だった。
2人の文官たちと大勢の護衛の兵士たち、サミュエル宰相を後ろに従わせていた。
「お前はこの方をどなたか知らないであろうが、この方は当代の聖女様であらせられる、エリカ・トーマス様なのだよ。お前は聖女様に無礼を働き、あまつさえそれを、この場の大勢の人間に知られてしまったのだ。」
「──聖女!?だが聖女は金髪だと、」
円璃花がウィッグを外して、その下から見事な金髪があらわになる。その姿を見て、ストークス伯爵が震えだした。
「聖女様はこの国のあり方を見てみたいとおっしゃって、お忍びで授与式典に参加されていたのだ。それをお前と言うやつは……。」
「そんな!私は知らなかったのです!」
ストークス伯爵が怯えた様子でアーサー国王陛下に懇願する。
「ならば、聖女様でなければ、なにをしてもよいと思っているということだな。
今までも、訴えは上がっておったのだ。
今こうして目の当たりにした以上、もはや言い逃れはできんぞストークス伯爵。」
「私、私はただ、礼儀知らずをたしなめただけでございますぞ!?」
言い逃れをするストークス伯爵に、円璃花が、ふう、とため息をつくと、
「これ、なんだと思う?」
と、先ほどアイリスさんから手渡された宝飾品を、手のひらの上に乗せて見せた。
「そ、それは、集音の魔道具……!──なぜお前がそんなものを持っているのだ!!」
「先ほどまでのやり取りは、この会場にいた全員が聞いているのよ。あなたの下品な会話も、暴力をふるった現場も、すべてね。」
「そ、そんな……。」
ストークス伯爵が膝から崩れ落ちる。
さっきアイリスさんから集音の魔道具を受け取ったのはこの為か。ストークス伯爵が自分にちょっかいをかけてくるであろうと予想して、予め罠をしかけておいたのだ。
恐らく授与式典が始まる前にトイレに立った時に、ジュリアさんか円璃花に──恐らくはジュリアさんに──何かあったのだ。
その時から、2人で打ち合わせてあったのだろう。まったく、無茶をするなあ。アイリスさんも護衛を兼ねているとはいえ、聖女様を危険な目に合わせてまで、こんなことをするとはな。どうやら、本気で円璃花と気が合ったらしい。円璃花の命令だと言えば、アイリスさんは従うしかなかったと言えるしな。
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