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第10話 受けるんですけどぉ

 「ヒッ」


 ベロニカは小さな悲鳴を上げて、今度は完全に一歩後退した。


 何やってんだ。怖がらせてどうする。


 立ち上がったのなら何か言えばいいのに、ベンは歯を食いしばって、またベロニカをガン見するだけだった。もちろん、視線はおっぱいに釘付けだ。ヤバい。ウルリックとチラリと目が合う。なんとかしないと、せっかくの女子を取り逃す。


 考えていたことは一致していた。行動に移そうと立ち上がりかけた、その時だった。


 「デヒィ」


 いつの間にかエドワードが立ち上がって、ベロニカの横に立っていた。ハアハアと息を荒げて、半開きにした口からよだれを垂らしながら、にじり寄っていく。


 「えっ」


 さらにもう一歩後退したベロニカに、スケッチブックを差し出した。


 そこには鉛筆で、本人以上にセクシーなベロニカが描かれていた。


 おお、特長をよく捉えている。デカいおっぱいとか丸みを帯びた腰つきとか、本人以上にエロい。エロすぎる。絵が上手いとは知っていたが、エロ絵も描けるとは。こんな特技があるとは、知らなかったな。


 「プ、プレゼンド〜ぉ」


 エドワードはハアハアとあえぎながら言った。なるほど。仲良くなりたいから、肖像画を描いてプレゼントするわけね。いい考えだ。だけど、エドワード。残念ながら、もうおしまいだ。


 「む、無理!」


 ベロニカは2、3歩と後退した。


 「ごめん、無理だわ! 本当にごめん!」


 そう言うやいなや、ダッシュで酒場を出て行ってしまった。


 だいぶ遅れて、ウルリックが「あっ」と手を伸ばしたが、もう時すでに遅しと言うか、遅すぎ。ベロニカは酒場のドアを開けて、外に飛び出した後だった。


 長い沈黙を破ったのは、俺とウルリックだった。半分、浮かしかけていた腰を同時に下ろす。俺は「座れや」と言った。ベンは椅子をやたらとガタガタいわせながら座り、エドワードは相変わらずハアハアとあえぎながら、俺の隣に座った。


 「ベン、エドワード。そんなんで女子が加入してくれるわけないだろ」


 怒鳴り散らしたい気分だったが、それをグッと噛み殺して言った。


 「お前、もうちょっと自然に振る舞うことできねえの? しょっちゅう娼館に行ってるのに、何を学んできてるの? もしかして、気持ちよくなるためだけに行ってる?」


 ウルリックはうつむいているベンの顔をのぞき込みながら、ネチネチと責めた。


 娼館にどんな目的で行こうが個人の勝手だし、みんな気持ちよくなるために行っているのだからそこを責めるのはちょっと間違っているような気がするのだが、ウルリックにとっては違うらしい。


 女の子と遊ぶ以上は、彼女たちがどうすれば喜ぶのか、楽しんでくれるのかをそこで学ばないといけないという。そんなこと、胸を張っていうことでもないと思うのだけど、コンコンと説教し始めた。


 「それから、お前!」


 続いての矛先はエドワードだ。


 「キモすぎるんだよ! 腕がいいからパーティーにいさせてやっているけど、マジでキモい! ちょっとは自分を磨いてくれ! ハゲてるんならヅラをかぶるとか、いっそのこと剃っちまうとか。その脂ぎった顔もなんとかしろよ! 脂取り紙とか使えよ!」


 エドワードはスケッチブックを握りしめて、目に涙を溜めながらハアハアとあえいだ。


 ウルリックの言っていることは、全然間違ってはいない。だが、こんなイケメンに言われると傷つく。なんだかエドワードがかわいそうになってきた。助け舟を出してやろうかと思ったところで、ベンが割り込んできた。


 「け、剣士に行くなよ」


 一瞬、何を言っているのか、誰に言っているのかもわからなかった。見ると、半泣きでウルリックの方を向いている。つまり、ウルリックに対して言ったというわけだ。


 「は?」


 ウルリックも何を言われたのか、わからなかったみたいだった。


 「ま、魔法使いのくせに、剣士に行くなって言ってんの」


 「何、言ってんの?」


 「ま、魔法使いなら、魔法使い同士の方が話が弾むだろ。ウルリックが剣士に話しかけたりするから、こんなことになったんだ」


 おいおい、人のせいかよ。そもそもは、お前がおっぱいガン見したのが悪いんだろ。論旨も無茶苦茶だよ。


 「はあ? 頭おかしいんじゃないの?」


 ウルリックは声を荒げた。


 「じゃあ、お前が声をかけて連れてきてみろよ、このコミュ障が! 女どころか男にも声かけられないくせによ! 偉そうに言ってんじゃねーよ、このクソが! 死ね!」


 残念なことに、ウルリックはそんじょそこらにいないほどのイケメンなのだが、口がめちゃくちゃ悪い。娼館でも、ろくに話もせずに黙ってサービスされてるだけなんだろうが、このムッツリスケベ、クズが!と畳み掛けている。まあ、笑っちゃうくらい罵詈雑言がスラスラと出てくる。顔はいいけど、育ちはよくないとみた。


 「わ、わかった」


 ベンはウルリックをさえぎると、少し大きな声で言った。


 「何がわかったっちゅうねん、なんもわかっとらんやないか、このクソチ◯ポが。適当なこというとんとちゃうぞ、このクソが」


 ウルリックは止まらない。なんだか、言葉がおかしくなっている。どこの方言だ?


 「わかった! 次は俺が行くから!」


 ベンはさらに大きな声を出した。酒場に響くほどで、思わず周囲の客が手を止めてこっちを向いたほどだった。ああ、恥ずかしい。


 「行くって、お前が女の子を誘いに行くってこと?」


 「そ、そうだ」


 ウルリックの表情から怒気が失せた。呆れたような顔をして、しばらく間があった後に、ゲラゲラと笑い出した。


 「コミュ障のお前が、女の子を誘いに行くだって? マジで? んなことできるわけねーじゃん! 何言ってんの? マジでウケるんですけど〜!」


 腹を抱えて、涙を流して笑っている。ひどいヤツだ。前からひどいヤツだとは思っていたけど、本当にひどい。


 非認定レベル4が本当だとして、かつて一緒に冒険をしていた連中が、こいつを切った理由がなんとなく想像できる。人柄が悪すぎる。

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