ああ、なるほど。そう来たか。
ベンが真っ直ぐ向かった先のテーブルに、小柄な魔法使いが座っていた。マントは脱いで椅子の背に引っ掛けているが、深い紫のベストやスリットの入ったロングスカートは、いかにも魔法使いの装束だ。何より、魔法使いの定番である、とんがり帽子をかぶっていた。ボブカットにメガネをかけ、分厚い本を読んでいる。
ところで、魔法使いで時々、レオタードみたいなやたらとセクシーな衣装を着ている女子がいるが、あれは一体、なんのためなのだろう? 露出度が多いと、何かいいことがあるのだろうか。ずっと疑問だったので、ウルリックに聞いたことがある。ちなみにウルリックは定番の黒いローブで、その下は普通のワイシャツを着て、スラックスを履いている。
「一番の目的はセックスアピールなんじゃないの? 知らんけど」
ウルリックは身も蓋もない言い方をした。
「よくわからんけど、魔法を使ったら熱くなるタイプなんじゃない? 俺は寒くなるので全然、想像つかないけどな」
魔法を使うと、体温が上がったり下がったりするらしい。上がる人は熱いので普段から薄着、下がる人は寒いので逆に厚着というわけだ。ウルリックは魔法を使うと体温が下がるタイプらしく、それで長いローブを愛用しているのだという。
今回のターゲットは熱くなるタイプなのか、紺色のベストの下にはシャツを着ていない。素肌の肩がむき出しだ。スカートは短くはないものの深いスリットが入っていて、足を組んでいるので太ももがかなり上の方まで見えている。
ベロニカのようなボイーン、バーン!みたいなセクシーダイナマイトではないものの、きれいな足のラインはほんのりとピンク色をした肌と相待って、ちょっとエロティックだ。
年の頃は…そうだな、俺たちと同じくらいかな。まだ見習いかもしれない。だいぶ若く見える。一人だ。連れはいないように思える。ベンは彼女のテーブルのすぐそばまで行くと、立ち止まった。
ベンはデカい。身長は1メートル90くらいあって、ガッシリとしていて見栄えがする。だけど、重度のコミュ障だ。そばまで行ったはいいが、声をかけられないのは想定の範囲内だった。おとなしい感じの女の子ならば、声をかけやすいと思ったのかもしれない。
そんなわけないだろう。お前、自分がどれだけコミュ障かわかっているのか?
巨漢がそばに立ち止まったものだから、彼女は気がついて本から目を上げた。おっ、なかなかかわいいじゃん。妹系っていうのか? 幼い感じでかわいいぞ。
「…何か?」
すでに少し引き気味だった。ベンは直立不動のまま、動かない。こちらからだと背中しか見えないので、どこを見ているかわからないのだが、頼むから太ももをガン見したりしないでいてほしい。
ベンが何も言わないので、その子は不安に思ったようだ。本を置いて、助けを求めるように左右を見回した。
「あの…。私に何か、御用でしょうか?」
もう一度、ベンに尋ねた。気味悪がられている。こちらからは女の子の表情がよく見える。第一印象がよくないことは、もう明らかだった。彼女はまた左右を見回して、ベンを見た。困っている。そりゃそうだろう。
女の子は本を閉じると、マントをつかんで席を立とうとした。ベンがスッと動いて行き先をさえぎった。彼女は方向を変えて、その場を離れようとする。またベンは機敏に動いて、行く手をさえぎった。
これは今、真っ昼間の酒場の中で起きていることなので、百歩譲ってまだ「何もない」と言っていいかもしれない。だけど、夜の道だったら、すでに不審者登場である。叫ばれて、警察を呼ばれても仕方がない。彼女の表情に恐怖の色が浮かぶ。ベンの横を通り抜けて、離れようとした。
と、ベンが何を思ったのか、素早く彼女の腕をつかんで引き止めた。
ハイ、アウト!
ダメダメ、触っちゃダメ!
知り合いでもなんでもない異性を触っちゃダメです!
こうなるんじゃないかと思って身構えていたので、動き出すのは早かった。ウルリックも同じだったようで、俺とほぼ同時にベンのところまで全速力で駆け寄った。
「ベン、離せ!」
俺が思った以上に大きな声を出したことに驚いたのか、ベンは素直に手を離した。
「お嬢さん、ごめんなさい。けがはない? 本当にごめんね」
突然、イケメンが飛び出してきてペコペコ謝りだしたので、今にも叫び出しそうだった彼女は、悲鳴を飲み込んでくれた。
「マジですみません。こいつ、俺たちの仲間なんですけど、ちょっと変なんです。きつく叱っておきますから、許してください」
「本当にごめん。埋め合わせはするから、何なりと言ってくれないかな?」
2人して何度も頭を下げていると、彼女は「ああ…。ええ、え、もう大丈夫ですから」と引きつった笑みを浮かべて言った。