キャンプはまだ勝利の祝宴に包まれていた。そこへ、一人の使者が馬に乗って現れた。彼はアラリック公爵家の紋章を身にまとい、堂々とした雰囲気を漂わせていた。その姿が人々の注目を集め、兵士や避難民たちは自然と道を開けた。
使者は優雅に馬を降り、戦場での英雄たちへと歩み寄る。
「皆様」――彼は力強い声で告げた――「アラリック公爵からの伝言をお届けします」
その名が響くと、アリアがすぐさま前に出た。セレナとエミも彼女の隣に並ぶ。傍観していたアレックスも、軽くため息をついて歩み寄った。
使者は慎重に公爵家の紋章が押された羊皮紙を取り出し、それを広げた。
「アラリック公爵閣下より、皆様の戦場での勇敢なる勝利に心よりの祝福をお贈りします。その勇姿によって数え切れぬ命が救われました。その偉業に対し、王国は深い感謝を示したいと存じます」
彼は一度顔を上げ、全員の注意を引きつける。
「国王陛下のご命令により、三日後に王城で催される王女殿下の誕生日祝賀宴へ、皆様をご招待いたします。その席にて、皆様の英雄的行為への正式な感謝の意を表すとのことです」
場の空気がざわめいた。王族からの招待――それは大きな名誉であり、戦の直後であることを考えると、異例のことだった。
「戦場だけでなく、貴族社会とも向き合うことになりそうね」セレナは小さく笑う。
「でも、ちょっと楽しみかも!」エミは目を輝かせる。「王城でのパーティーなんて、めったに経験できるものじゃないし!」
アリアは微笑んだが、それは礼儀的なものにすぎなかった。
「父が手を回したのね……。貴族たちが私たちに無駄な干渉をしないといいけど」
アレックスは沈黙を貫いた。
パーティーに興味はなかったが、拒む選択肢もない。
使者は一呼吸置いた後、恭しく頭を下げた。
「アラリック公爵閣下は、皆様のために馬車を手配されました。二日後、公爵領の首都より出発いたします。お待ちしております」
そう言い残し、彼は羊皮紙をアリアに手渡すと、馬に乗って去っていった。
人々の間では、歓声や驚きの声が飛び交う。そんな中、アレックスは夜空を見上げた。
考えるまでもない。
秘密でも陰謀でもない。
ただの招待状。
ただの宴。
それ以上でも、それ以下でもない。
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アラリック公爵の邸宅は、以前と変わらぬ威厳を放っていた。広大な庭園、大理石の壁、そして廊下に吊るされた無数のシャンデリア――すべてが贅を尽くしたものであり、その豪華さに圧倒される者も少なくなかった。
到着後、彼らはそれぞれの客室へ案内された。明日の王城での宴に備え、ゆっくりと休息を取るようにとの配慮だった。
アレックスは自室で、暖炉の炎をぼんやりと眺めていた。
招待を受けたのは仕方のないことだった。貴族や宴には何の興味もなかったが、今の彼の思考を支配していたのは、それらではなかった。
あの女――仮面の女。
何度振り払おうとしても、彼女の嘲るような笑い声と言葉が耳から離れなかった。
「まさか、こんな形で再会するなんてね……」
彼女は知っていた。確信していた。
だが、アレックスには何の記憶もない。
彼は苛立たしげに目を閉じた。
一体、何者なんだ……?
そして、なぜ――彼の傷を気にしていたのか?
思考の渦に飲まれそうになったその時、突然、扉がノックされた。
「アレックス……入ってもいい?」
エミの声だった。
アレックスは小さく息を吐き、顔を軽くこすった。
「……入れ」
扉がゆっくり開く。
エミは髪を下ろし、まだドレスには着替えていなかった。普段着のままの彼女は、純粋な心配を滲ませた表情で立っていた。
「大丈夫?」
アレックスはすぐには答えなかった。エミが自分の様子を見抜いていることは分かっていた。
「……問題ない」
だが、その声は説得力に欠けていた。
エミは呆れたように腕を組んだ。
「嘘が下手ね」
アレックスは舌打ちし、反論する気を失った。
エミはそっと彼の隣に座る。
「ずっと様子が変だった。戦が終わった後も、キャンプでも、そしてここに来てからも」
アレックスは視線を落とす。
「……別に」
エミは深くため息をつく。
「仮面の女のことね?」
アレックスの眉がわずかに動く。
「ザレクやガロッシュと一緒にいた、あの女?」
彼は静かに頷く。
「……俺のことを知っているみたいだった。でも、俺には彼女の記憶がない」
エミは思案するように視線を落とす。
「本当に一度も会ったことないの?」
「もしあったなら、覚えてるはずだ」
エミはしばらく考え込み、ふと別の可能性を口にした。
「……もしかして、彼女って地球の知り合いじゃない?」
アレックスは驚いたように目を見開いた。
その考えはなかった。
「でも……それはおかしい。もし彼女が地球の人間だったら、ここにいるはずが――」
「分からない。でも、また出会うことになる気がする」
二人の間に沈黙が落ちる。
やがて、エミは軽くアレックスの腕を小突いた。
「考えすぎても仕方ないでしょ? 今できることは、明日に備えること。頭を整理して、ちゃんと休みなさい」
アレックスは深く息を吐いた。
「努力する」
エミは満足げに微笑み、立ち上がる。
「よし、それでいいわ。じゃあ、おやすみ。明日、しっかり楽しんでよね」
アレックスは小さく笑った。
「約束はできないな」
エミは呆れつつも、楽しそうに笑いながら部屋を出た。
扉が閉まると、アレックスは天井を見上げる。
考えても仕方がない。今はただ、眠るべきだ。
……だが、あの感覚は消えない。
あの女を知っている。
そして、いずれ必ず理由を知ることになる――。