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第 [5x-6] 章: 王室の招待

キャンプはまだ勝利の祝宴に包まれていた。そこへ、一人の使者が馬に乗って現れた。彼はアラリック公爵家の紋章を身にまとい、堂々とした雰囲気を漂わせていた。その姿が人々の注目を集め、兵士や避難民たちは自然と道を開けた。


使者は優雅に馬を降り、戦場での英雄たちへと歩み寄る。


「皆様」――彼は力強い声で告げた――「アラリック公爵からの伝言をお届けします」


その名が響くと、アリアがすぐさま前に出た。セレナとエミも彼女の隣に並ぶ。傍観していたアレックスも、軽くため息をついて歩み寄った。


使者は慎重に公爵家の紋章が押された羊皮紙を取り出し、それを広げた。


「アラリック公爵閣下より、皆様の戦場での勇敢なる勝利に心よりの祝福をお贈りします。その勇姿によって数え切れぬ命が救われました。その偉業に対し、王国は深い感謝を示したいと存じます」


彼は一度顔を上げ、全員の注意を引きつける。


「国王陛下のご命令により、三日後に王城で催される王女殿下の誕生日祝賀宴へ、皆様をご招待いたします。その席にて、皆様の英雄的行為への正式な感謝の意を表すとのことです」


場の空気がざわめいた。王族からの招待――それは大きな名誉であり、戦の直後であることを考えると、異例のことだった。


「戦場だけでなく、貴族社会とも向き合うことになりそうね」セレナは小さく笑う。


「でも、ちょっと楽しみかも!」エミは目を輝かせる。「王城でのパーティーなんて、めったに経験できるものじゃないし!」


アリアは微笑んだが、それは礼儀的なものにすぎなかった。


「父が手を回したのね……。貴族たちが私たちに無駄な干渉をしないといいけど」


アレックスは沈黙を貫いた。


パーティーに興味はなかったが、拒む選択肢もない。


使者は一呼吸置いた後、恭しく頭を下げた。


「アラリック公爵閣下は、皆様のために馬車を手配されました。二日後、公爵領の首都より出発いたします。お待ちしております」


そう言い残し、彼は羊皮紙をアリアに手渡すと、馬に乗って去っていった。


人々の間では、歓声や驚きの声が飛び交う。そんな中、アレックスは夜空を見上げた。


考えるまでもない。


秘密でも陰謀でもない。


ただの招待状。


ただの宴。


それ以上でも、それ以下でもない。



---


アラリック公爵の邸宅は、以前と変わらぬ威厳を放っていた。広大な庭園、大理石の壁、そして廊下に吊るされた無数のシャンデリア――すべてが贅を尽くしたものであり、その豪華さに圧倒される者も少なくなかった。


到着後、彼らはそれぞれの客室へ案内された。明日の王城での宴に備え、ゆっくりと休息を取るようにとの配慮だった。


アレックスは自室で、暖炉の炎をぼんやりと眺めていた。


招待を受けたのは仕方のないことだった。貴族や宴には何の興味もなかったが、今の彼の思考を支配していたのは、それらではなかった。


あの女――仮面の女。


何度振り払おうとしても、彼女の嘲るような笑い声と言葉が耳から離れなかった。


「まさか、こんな形で再会するなんてね……」


彼女は知っていた。確信していた。


だが、アレックスには何の記憶もない。


彼は苛立たしげに目を閉じた。


一体、何者なんだ……?


そして、なぜ――彼の傷を気にしていたのか?


思考の渦に飲まれそうになったその時、突然、扉がノックされた。


「アレックス……入ってもいい?」


エミの声だった。


アレックスは小さく息を吐き、顔を軽くこすった。


「……入れ」


扉がゆっくり開く。


エミは髪を下ろし、まだドレスには着替えていなかった。普段着のままの彼女は、純粋な心配を滲ませた表情で立っていた。


「大丈夫?」


アレックスはすぐには答えなかった。エミが自分の様子を見抜いていることは分かっていた。


「……問題ない」


だが、その声は説得力に欠けていた。


エミは呆れたように腕を組んだ。


「嘘が下手ね」


アレックスは舌打ちし、反論する気を失った。


エミはそっと彼の隣に座る。


「ずっと様子が変だった。戦が終わった後も、キャンプでも、そしてここに来てからも」


アレックスは視線を落とす。


「……別に」


エミは深くため息をつく。


「仮面の女のことね?」


アレックスの眉がわずかに動く。


「ザレクやガロッシュと一緒にいた、あの女?」


彼は静かに頷く。


「……俺のことを知っているみたいだった。でも、俺には彼女の記憶がない」


エミは思案するように視線を落とす。


「本当に一度も会ったことないの?」


「もしあったなら、覚えてるはずだ」


エミはしばらく考え込み、ふと別の可能性を口にした。


「……もしかして、彼女って地球の知り合いじゃない?」


アレックスは驚いたように目を見開いた。


その考えはなかった。


「でも……それはおかしい。もし彼女が地球の人間だったら、ここにいるはずが――」


「分からない。でも、また出会うことになる気がする」


二人の間に沈黙が落ちる。


やがて、エミは軽くアレックスの腕を小突いた。


「考えすぎても仕方ないでしょ? 今できることは、明日に備えること。頭を整理して、ちゃんと休みなさい」


アレックスは深く息を吐いた。


「努力する」


エミは満足げに微笑み、立ち上がる。


「よし、それでいいわ。じゃあ、おやすみ。明日、しっかり楽しんでよね」



アレックスは小さく笑った。


「約束はできないな」


エミは呆れつつも、楽しそうに笑いながら部屋を出た。


扉が閉まると、アレックスは天井を見上げる。


考えても仕方がない。今はただ、眠るべきだ。


……だが、あの感覚は消えない。


あの女を知っている。


そして、いずれ必ず理由を知ることになる――。


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