朝日がようやく地平線に昇り始めた頃、アリアは長い紫の髪をなびかせながら、いたずらな笑みを浮かべて屋敷の廊下を静かに進んでいた。
この瞬間をずっと待っていた。
母から「未来の妻として、婚約者には優しく、愛らしく接するべき」と教えられてきた。アレックスはまだ自分を認めていないが、それでも構わない。焦る必要はない。時間をかければいいのだ。…そして、チャンスを最大限に活かせば。
アレックスの部屋の前に到着すると、彼を優しく起こすための「おはよう~」を用意し、静かにドアを開けた。
だが、部屋の中で彼女が目にしたものは、まったく予想外だった。
ベッドの横、部屋の大部分を占領する巨大なピンクの毛玉――
アズラス
あの村で戦った巨大な獅子。
あの闇の魔術師との戦いの後、アレックスのもとに留まることを決めた獣。
だが、キャンプに到着してから姿を消していたはずのアズラスが――
今、アレックスの寝室にいる!?
アリアの目が見開かれる。
— 「きゃああああああああっ!!!」
その悲鳴は爆発のように部屋中に響き渡った。
安らかに眠っていたアレックスは、驚きのあまり飛び起き、危うく天井に頭をぶつけるほどだった。
一方、アズラスは四肢を広げたまま飛び起き、目を輝かせながら混乱した様子で辺りを見回した。まるで、昼寝を邪魔されたことに抗議するかのように。
しかし、本当の惨事はその直後に起こった。
パニックに陥ったアリアは足を滑らせ、バランスを崩し、見事に転倒――
アレックスの上に。
二人はベッドの上を転がり、気づけば何とも言えない体勢に。
— 「う、うわぁ……」 アリアの顔は一瞬で真っ赤に染まった。
アレックスは呆れ顔で、完全に彼女の下敷きになったままため息をついた。
— 「…アリア」
— 「…な、なに?」
— 「どいてくれないか?」
— 「だ、だって、私のせいじゃ……! そもそも、部屋に巨大な獅子を入れて寝てる君が悪いでしょ!」
— 「それとこれとは関係ないだろう」
二人が言い合いをしていると、突然ドアが勢いよく開いた。
— 「何が起きてるの!?」
エミ、セレナ、そして数人の使用人たちが、騒ぎを聞きつけて駆け込んできた。
屋敷中がすっかり目を覚ましていた。
沈黙。
部屋に入った全員が、アレックスとアリアの「状況」を見つめ、微妙な空気が漂った。
セレナは目を細め、
エミは腕を組み、厳しい視線を向けた。
そしてアズラスは――相変わらず状況を理解せず、大あくびを一つ。
— 「……見なかったことにするわ」 セレナは静かにドアを閉じた。
— 「ありがとう!!」 アリアは床の上(まだアレックスの上)から叫んだ。
だが、その直後――
— 「ちょっと待った!!!」
今度はエミがドアを乱暴に開け、怒りの形相でアリアを指差した。
— 「アリア! 一体何をしてたの!?」
— 「ち、違うの!! ただ、優しく起こしてあげようと思っただけで…!」
— 「"優しく" ねぇ……」 エミの目がさらに細まる。
— 「えっと……ちょっとだけ、やりすぎたかも……?」 アリアは視線を逸らしながら呟いた。
— 「はぁ……」 セレナは呆れたようにドアの枠にもたれかかった。
— 「むしろ、エミと私もこういう風になりたいわね」
— 「ぶふっ!!?」
セレナの突然の爆弾発言に、エミは思わずのけぞった。
— 「な、何を言い出すのよ、セレナ!?」
— 「思ったことを言っただけよ」 セレナは微笑み、頬を少し染めながら言った。
二人が言い争いを始めたその時――
グルルルルルル……
低く、重い唸り声が響いた。
全員の視線が、一つの方向に向く。
アズラス。
巨大なピンクの獅子は相変わらず床に横たわりながら、大あくびをし、のんびりと体勢を整えて再び寝息を立て始めた。
そして、ようやく皆の思考が現実に追いついた。
— 「ちょっと待て!?」 エミは剣の柄に手をかけた。 「なんで巨大な獅子がここにいるの!?」
— 「それより……どうやって入ってきたの?」 アリアは混乱しながら尋ねた。
— 「扉からは無理でしょ……」 セレナはドアを見ながら呟く。
— 「窓も小さすぎるし……」
三人は不安げに視線を交わす。
しかし、当のアズラスはそんな彼女たちを完全に無視し、悠々と丸まって再び寝始めた。
— 「……俺にも分からない」 アレックスはため息をつきながら、ベッドの上に座り直した。 「昨夜寝た時にはいなかった。でも、起きたらいたんだ」
— 「……意味が分
からない」 エミは警戒を解かずに呟いた。
— 「もう何もかも意味不明よ、エミ」 セレナはこめかみを押さえながら肩をすくめた。
アリアは腕を組み、まだ納得がいかない表情で巨大な獅子を睨んだ。
だが、最大の問題は――
「どうやって外に出すか?」 だった。