シエナは、足を引きずるような遅い歩調で彼らを屋敷の廊下へと案内した。
館内は豪華な造りだったが、明らかに手入れが行き届いていない様子があった。
いくつかのシャンデリアは傾き、机の上には整理されていない書類が山積みになっている。
さらに、隅には高級そうな酒の空き瓶が転がっていた。
「……散らかってるのは気にしないで。まあ、気にしてもいいけど……どっちでもいいわ」
大きな欠伸をしながら、シエナは彼らを広間へと導いた。
冒険者たちは互いに顔を見合わせた。
果たして、このような荒れた場所に泊まってもいいものなのか。
そんな微妙な空気を打破しようと、礼儀正しいアリアが口を開いた。
「レディ・シエナ、ご厚意に感謝いたします。もし何かお手伝いできることがあれば──」
「……あるわね。静かにしてて。私は寝るから」
アリアは一瞬、言葉を失った。
「え、ええ……もちろん……」
シエナは気だるそうに手を振り、左手側の扉を指差した。
「あそこがあなたたちの部屋よ。個室に風呂もベッドも揃ってるから、好きに使って。
使用人たちには迷惑をかけないでね……彼らも私と同じくらい疲れてるから」
そう言うと、彼女はふとアレックスの方を見つめた。
その目つきが、先ほどまでよりもわずかに鋭くなる。
「……あなた、妙な雰囲気を纏ってるわね」
アレックスの背筋がぞくりとした。
「どういう意味ですか?」
シエナはじっと彼を見つめる。
まるで、彼の周囲に漂う何か目に見えないものを分析するかのように。
しかし数秒後、彼女は軽く息をついて首を振った。
「……いや、忘れて」
それだけ言い残すと、彼女は踵を返し、ふらふらと廊下を歩き始めた。
「……誰も私を探さないでね」
暗闇の中へと消えていくシエナを見送りながら、冒険者たちは互いに視線を交わした。
「……なんか、変だったね」
エミが腕を組みながら呟く。
セレナは苦笑しつつ肩をすくめた。
「かわいそうな人……よっぽど疲れてるのね。何があったのかしら?」
アリアは心配そうに眉をひそめる。
「……彼女の目、ただの寝不足って感じじゃなかった。何か…すごく恐ろしいものを見たような目だった」
そんな会話を聞きながら、アレックスはただ静かに考えていた。
──あの女性
は、ただ疲れているだけじゃない。何かを隠している。
そして、なぜか分からないが……
今夜は、彼もまた、ぐっすり眠れそうにない気がした。