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第62章: シエナ邸の避難所


シエナは、足を引きずるような遅い歩調で彼らを屋敷の廊下へと案内した。


館内は豪華な造りだったが、明らかに手入れが行き届いていない様子があった。


いくつかのシャンデリアは傾き、机の上には整理されていない書類が山積みになっている。


さらに、隅には高級そうな酒の空き瓶が転がっていた。


「……散らかってるのは気にしないで。まあ、気にしてもいいけど……どっちでもいいわ」


大きな欠伸をしながら、シエナは彼らを広間へと導いた。


冒険者たちは互いに顔を見合わせた。


果たして、このような荒れた場所に泊まってもいいものなのか。


そんな微妙な空気を打破しようと、礼儀正しいアリアが口を開いた。


「レディ・シエナ、ご厚意に感謝いたします。もし何かお手伝いできることがあれば──」


「……あるわね。静かにしてて。私は寝るから」


アリアは一瞬、言葉を失った。


「え、ええ……もちろん……」


シエナは気だるそうに手を振り、左手側の扉を指差した。


「あそこがあなたたちの部屋よ。個室に風呂もベッドも揃ってるから、好きに使って。


使用人たちには迷惑をかけないでね……彼らも私と同じくらい疲れてるから」


そう言うと、彼女はふとアレックスの方を見つめた。


その目つきが、先ほどまでよりもわずかに鋭くなる。


「……あなた、妙な雰囲気を纏ってるわね」


アレックスの背筋がぞくりとした。


「どういう意味ですか?」


シエナはじっと彼を見つめる。


まるで、彼の周囲に漂う何か目に見えないものを分析するかのように。


しかし数秒後、彼女は軽く息をついて首を振った。


「……いや、忘れて」


それだけ言い残すと、彼女は踵を返し、ふらふらと廊下を歩き始めた。


「……誰も私を探さないでね」


暗闇の中へと消えていくシエナを見送りながら、冒険者たちは互いに視線を交わした。


「……なんか、変だったね」


エミが腕を組みながら呟く。


セレナは苦笑しつつ肩をすくめた。


「かわいそうな人……よっぽど疲れてるのね。何があったのかしら?」


アリアは心配そうに眉をひそめる。


「……彼女の目、ただの寝不足って感じじゃなかった。何か…すごく恐ろしいものを見たような目だった」


そんな会話を聞きながら、アレックスはただ静かに考えていた。


──あの女性

は、ただ疲れているだけじゃない。何かを隠している。


そして、なぜか分からないが……


今夜は、彼もまた、ぐっすり眠れそうにない気がした。


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