アレックスは素早く動いたが、獣の方がさらに速かった。
短剣で攻撃しようとした瞬間、群れのリーダーが怪物じみた速さで反応し、鋭い爪でその一撃を弾き飛ばした。
衝撃でアレックスは数メートル吹き飛ばされ、地面を転がりながら木に激突した。
「ぐっ…!」
鋭い痛みが右腕を駆け抜けた。短剣で防がなければ、腕ごと持っていかれていたかもしれない。
だが、獣は休む間も与えなかった。獰猛な勢いで飛びかかり、開いた顎がアレックスの頭を噛み砕こうと迫る。
その瞬間、一つの影が間に割って入った。
「寝てんじゃないわよ、バカ!」
キヨミが吐き捨てるように言い放った。
彼女の刀が銀色の閃光を放ち、獣の攻撃を正確に弾き返した。
衝撃で少し後退したが、キヨミは動じず、鋭い目で敵を見据えたままだった。
アレックスはその隙に体勢を立て直し、息を荒くしながらキヨミの隣へと下がる。
「クソ…こいつ、まるで戦車じゃねぇか…」
キヨミは獣から目を離さず、冷静に言った。
「だから言ったでしょ。一人じゃ無理だって。」
アレックスは歯を食いしばる。認めたくはなかったが、事実だった。
「…で、どうする?」
キヨミは刀を軽く回し、低い構えを取った。
「アンタが囮になる。私は仕留める。」
アレックスは呆れた顔で彼女を見た。
「おいおい、随分ざっくりした作戦だな。」
「文句言ってないで動きなさい。」
獣が怒りの咆哮を上げ、再び襲いかかってきた。
アレックスは仕方なく左へ走り、リーダーの注意を引く。
その間に、キヨミの姿が木々の間に消えた。
本当の狩りが始まったのだ。
---
リーダーは目にも止まらぬ速さでアレックスを追う。まるで彼を獲物と確信しているかのようだった。
だが、その瞬間——
圧倒的な気配が辺りを支配した。
青白い光が木の上から輝く。
——「虚空斬り(こくうぎり)」
静寂に満ちたキヨミの声が響いた。
アレックスが上を見上げた瞬間、息を呑んだ。
魔力の青いオーラを纏ったキヨミが、異世界の戦士のように空中に浮かんでいた。
白銀の髪が魔力の風に舞い、その瞳は氷のように冷たく輝いている。
装いはシンプルだが、まさに孤高のバウンティハンターを思わせる姿だった。
黒のロングレザージャケットに金属装飾の肩当てと腕甲。
引き締まった体を覆うタイトなトップと、機動性を重視したスリムなパンツ。
無音で動けるように設計された強化ブーツ。
だが、最も目を引くのは彼女の刀だった。
青白い霊気を纏い、その刃は空間そのものを切り裂きそうな妖しい光を放っている。
#__i_286a6cbe__#
「…まじかよ…」
アレックスの額に冷や汗が伝う。
まるで異世界転生モノのぶっ壊れスキルだ。
考える間もなく、キヨミが空から急降下した。
——彼女の刀が、一閃する。
時間が止まったように思えた。
群れのリーダーは、一瞬、何も感じなかった。
次の瞬間——
青白い光が傷口から噴き出し、身体が音もなく真っ二つに裂けた。
巨体が地に沈む。
キヨミは軽やかに着地し、一動作で刀を鞘に納めた。
「これで終わりね。」
アレックスはゴクリと唾を飲んだ。
「…どう考えてもぶっ壊れ魔法だろ、これ。」
キヨミは刀を指で回しながら、呆れたようにため息をついた。
「はいはい、驚いたのは分かったわ。でもね——」
その時だった。
森全体を揺るがすような、低く響く遠吠えが鳴り響いた。
アレックスとキヨミは反射的に振り向く。
そこにいたのは、群れの新たなリーダー。
先ほどの獣よりも遥かに巨大で、圧倒的な威圧感を放っていた。
漆黒の筋肉は鉄のように硬く、全身から闇のようなオーラが滲み出ている。
燃えるような赤い瞳が二人を睨みつける。
周囲の獣たちがその後ろに控え、一斉に動きを止めた。
——そして、咆哮。
まるで地獄の門が開いたかのような声だった。
次の瞬間、全ての獣が同時に襲いかかってきた。
「チッ…厄介ね。」
アレックスは舌打ちしながら後方に跳び、素早く短剣を抜いた。
無数の影が、牙と爪を煌めかせながら襲いかかる。
キヨミはそれを見ても動じず——
ただ、一歩踏み出した。
——「天翔斬舞(てんしょうざんぶ)」
彼女の刀が軌跡を描く。
青白い斬撃が、戦場を切り裂いた。
複数の獣が、一瞬で消し飛ぶ。
だが、真の敵はまだ残っていた。
新たなリーダーは、彼女の一撃をかわし、一直線にアレックスへと突撃していた。
アレックスは咄嗟に短剣を交差させ、致命傷を防ぐ。
だが、相手の力は桁違いだった。
獣の爪がぶつかると同時に、アレックスは吹き飛ばされ、背中から木に叩きつけられた。
「ぐっ…!」
キヨミが静かに地面に降り立ち、呆れたようにアレックスを見下ろす。
「だから言ったでしょ。こんな森に来るべきじゃなかったって。」
アレッ
クスは息を切らしながら、口の端についた血を拭った。
「黙れ…そいつを倒すの手伝え…」
新たなリーダーが再び咆哮を上げ、突進する。
キヨミはため息をつきながら、再び刀を構えた。
「…まあ、もし生き延びたら酒でも奢るわ。」
アレックスは目を細めた。
「お前、それは励ましてんのか、煽ってんのか?」
キヨミは薄く微笑んだ。
「両方よ。」