キヨミは一瞬の隙もなく鋭く跳躍し、まるで影のように空間を滑るように移動した。
彼女の最強の技、「虚無の斬撃」が猛スピードで解き放たれる。
風が激しく渦巻き、青い光の軌跡を描きながら刀が空を切り裂く。
瞬く間に、その刃は群れのリーダーの脇腹へと突き刺さった。まるで嵐のごとき鋭さだった。
だが――
異変が起こった。
青い光が一瞬強く輝き、森全体を照らしたかと思うと、まるで何事もなかったかのように消え去った。
キヨミの攻撃が、効いていない?
リーダーの体を包むのは、黒く濃密なオーラ。
それはまるで不可視の外套のように周囲の空間を歪め、彼女の魔法をかき消していく。
キヨミは軽やかに地面へ降り立ち、驚きの色を見せながらも、冷静さを失わなかった。
「……何なの、これは?」
群れのリーダーは、邪悪な笑みを浮かべながら、不気味な笑い声を響かせた。
その声はまるで何重にも歪んだ音のようで、森全体に響き渡る。
「……面白い。お前の攻撃は無意味だ」
ざらついた声でそう呟くと、リーダーはゆっくりとキヨミを見下ろした。
「この力は、すべてを吸収する。」
キヨミはわずかに眉をひそめた。
黒いオーラは、魔法も物理攻撃も無効化する絶対的な障壁。
だが――
「へぇ……しゃべれるとは思わなかったけど、いいことを聞いたわ。」
キヨミは軽く刀を構え直し、笑みを浮かべた。
「私は、そう簡単にやられるほど弱くはない。」
彼女の体から新たな魔力が放たれる。
――第二段階、虚無の斬撃。
刃が青く輝き、先ほどとは桁違いの密度を持つエネルギーが込められる。
キヨミは宙へと跳び上がり、精密な一撃を狙う。
リーダーは即座に反応し、猛然と突進する。
しかし――
彼女はすでに動きを読んでいた。
青白い閃光が爆発し、黒いオーラに小さな亀裂が走る。
リーダーが低く唸るような声を上げた。
今の一撃は、確実にダメージを与えていた。
だが、それでもまだ倒れない。
「やっぱり、簡単にはいかないか……。」
キヨミは息を整え、次の攻撃の準備をする。
だが、リーダーはそれを許さなかった。
彼の身体は、さらに黒いオーラを濃くしながら、凄まじい勢いで彼女に向かって突進する。
――轟ッ!!
巨大な爪がキヨミの防御を打ち砕き、彼女の体を岩場へと吹き飛ばした。
激しい衝撃音が森に響く。
キヨミは一瞬、視界が揺らぐのを感じた。
「っ……!」
痛みをこらえながら立ち上がると、彼女はリーダーを睨みつける。
「なるほど……。こっちの攻撃を吸収して、どんどん強くなっていくってわけね……。」
一方、少し離れた場所でその戦いを見ていたアレックスは、じっと状況を分析していた。
「……マズいな。」
リーダーは攻撃を受けるたびに力を増している。
単なる強敵ではなく、適応し、成長するタイプの怪物だ。
キヨミの攻撃が通じたとはいえ、決定打にならない限り、この戦いは長引くだけで不利になる。
そんな中、キヨミはアレックスの視線に気づき、苦笑を浮かべた。
「……逃げ腰になってるじゃない、アレックス。」
彼女の目は、まるで挑発するように光っていた。
「やっぱり、あんたは弱虫なのね。」
その言葉に、アレックスはわずかに眉をひそめた。
「……」
そして、静かに短剣を握り直した。
—介入する必要はない、私一人で十分よ。
しかし、アレックスは聞いていなかった。彼の頭は素早く回転し、その瞳は鋭く輝いていた。もしキヨミが一人で戦い続ければ、いずれあの怪物に圧倒されるのは時間の問題だった。今こそ、自分のサポート技を使う時だ。
アレックスはわずかに身をかがめ、正確な動作で力を解放し始めた。
—キヨミ、準備しろ!
彼の声が響いた瞬間、サポート魔法が空間を満たしていった。波のように広がる光のエネルギー。キヨミは、その魔力の圧力を感じ、一瞬だけ動きを止めた。空気が変化し、彼女の体を包み込むように力が流れ込んでくる。
電流が走るように、キヨミの体を魔力が駆け巡る。その増幅は凄まじく、膝が崩れそうになるほどの衝撃を受けた。目を大きく見開き、その圧倒的な力に驚きながらも、口元には興奮の笑みが浮かぶ。
—こ、これは…すごい!
アレックスは、彼のサポートが発動する様子を冷静に見守っていた。この力があれば、キヨミはリーダーを超えることができる。その魔力は、彼女の身体能力と魔法制御の両方を飛躍的に強化する。
キヨミは、自分の中に湧き上がる力を感じながら、群れのリーダーに向き直った。その眼差しは、先ほどまでとはまるで別人のように鋭く、揺るぎない自信が宿っていた。
リーダーは異変を察知し、その黒いオーラが揺らぎ始めた。まるで、この新たな力を前にして耐えられなくなっているかのように。
—キヨミ、お前が始めた戦いを終わらせろ。
アレックスの声には確信がこもっていた。この戦いの流れは、すでに彼らに傾いていた。
キヨミは再び笑った。だが、その表情には、今度こそ絶対に勝つという確信があった。彼女はカタナを構え、空気を切り裂くように力を集中させる。そして、閃光のごとき速度で突進した。
リーダーは、反応する間もなくその攻撃を受けた。
キヨミの斬撃が炸裂する。アレックスの魔力で強化されたカタナは、かつてない威力を持って敵を切り裂いた。リーダーは防御を試みるが、刃は迷うことなくその体を貫いた。
二つに裂かれた怪物が地面に崩れ落ちると、周囲に漂っていた黒いオーラも掻き消えていく。
キヨミは、まだアレックスの魔力の余韻に包まれながら、荒い息を吐いていた。その体は今も力強く輝いていた。
アレックスは薄く笑いながら、ゆっくりとキヨミに近づいた。
—言っただろ? お前ならやれるって。
キヨミは彼の方を振り返り、勝利の余韻に満ちた笑みを浮かべた。
—ありがとう、アレックス。こんなに力が湧いたのは初めてだよ。
戦いは終わった。
…少なくとも、そう思っていた。