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第70章: シエナの研究室

シエナの研究室へと続く廊下は冷たく、静まり返っていた。アレックスは彼女の後ろを歩きながら、「実験」とは一体何を指しているのか考えていた。


「君の研究室、なんでこんなに遠いんだ?」気まずい沈黙を破るようにアレックスが尋ねた。


「もちろんよ。」シエナはいたずらっぽく微笑んだ。「私の研究はとても重要だから、誰でも簡単に近づけないようにしているの。」


アレックスは背筋がぞくりとした。


やがて到着すると、シエナが扉を開けた。部屋の中には薬草や魔法のインク、古い巻物の香りが漂っていた。


研究室は整然とした混沌といった雰囲気だった。鮮やかな色の液体が入った瓶、机に散らばる魔法のクリスタル、そしてアレックスには読めない文字で埋め尽くされた無数の紙が所狭しと並んでいる。


「座って。」シエナは開かれた本に埋もれた机の横にある椅子を指さした。


「で、何から始めればいいんだ?」まだ状況が掴めないアレックスが尋ねる。


シエナは棚から分厚い革張りの本を取り出した。


「君に思い出せる限りのことを話してほしいの。あの怪物がどう動いたのか、どんな音を立てたのか、キヨミの攻撃にどう反応したのか…どんな細かいことでも重要よ。」


アレックスはできる限り正確に説明した。その間、シエナは夢中で羊皮紙に筆を走らせ、唇を小さく動かしながら何かをつぶやいていた。


「その生き物、人工的に作られたものだと思うか?」説明を終えたアレックスが尋ねた。


「可能性はあるわ。」シエナは眉をひそめ、本をめくった。「魔法を吸収して力を得るような錬金術の技術については読んだことがあるけど…。でも、あの怪物は不安定すぎた…まるで失敗作みたいにね。」


「じゃあ、他にも同じようなものが存在するかもしれないってこと?」


シエナは本を勢いよく閉じた。


「それが気がかりなのよ。」


沈黙が部屋に戻った。アレックスは頭をかきながら、次に何を話せばいいのか迷っていた。


「ところで…」シエナが危険なほどアレックスに近づいてきた。彼は思わず身を引いた。


「な、なんだよ?」


「動かないで。」


シエナはアレックスの手首を掴み、彼の腕に視線を落とした。普段は穏やかな瞳が鋭さを帯び、指が彼の前腕をなぞった。


「何してるんだ?」アレックスが戸惑いながら尋ねる。


「しっ…」


かすかな魔力がアレックスの腕に流れ、彼は思わず震えた。


「これは…変ね…」シエナはまだ腕を離さずに呟いた。


「何が?」アレックスは不安そうに尋ねた。


「君の体に魔力の痕跡がある…でも、君自身のものでも、キヨミのものでもないわ。」


「え?」


シエナはさらに顔を近づけ、じっとアレックスの目を見つめた。


「最近、誰かが君に魔法をかけたみたいね…でも、どんな魔法かはわからない。」


「それって…危険なのか?」


シエナは彼の腕を離し、ため息をついた。


「害はなさそうだけど…普通のものでもない。」


「それってどういう意味だよ?」


シエナは不気味な笑みを浮かべた。


「つまり…しばらく君を観察させてもらうってことよ。」


その時、研究室の扉が勢いよく開いた。


「アレックス!」エミが怒りに燃えた顔で叫んだ。


彼女の後ろにはアリアとセレナも立っており、険しい表情を浮かべていた。


「違うんだ!誤解だ!」アレックスは両手を上げて言い訳した。


シエナは笑みを浮かべたままアレックスの腕にしなだれかかった。


「ただの…実験よ。」


「な、何の実験よ!?」エミが拳を握りしめる。


「まあまあ、エミ。」セレナがいたずらっぽく笑って口を挟んだ。「シエナが妙なことをするはずないでしょ…ね?」


シエナはセレナとエミを交互に見て、無邪気な笑みを浮かべた。


「妙なことなんて…まだよ。」


エミの怒声が廊下に響き渡った。



彼女の後ろから、アリアとセレナも険しい表情でやって来た。


「違うんだ、誤解だ!」アレックスは両手を上げて叫んだ。


シエナは笑みを浮かべたままアレックスに近づき、その腕に絡みついた。


「ただの…実験よ。」


「な、何の実験よ!?」エミが拳を握りしめて声を荒げた。


「落ち着いて、エミ。」セレナがいたずらっぽく笑いながら口を挟んだ。「シエナが変なことするわけないでしょ…ね?」


シエナはセレナとエミを交互に見て、無邪気に微笑んだ。


「変なことなんて…まだね。」


エミの怒りの叫びが廊下に響き渡った。


アレックスは、シエナが自分の机に向かうのを興味深そうに見つめた。机の上には、乱雑に積み上げられた紙や、モンスターやその能力、魔法を吸収する奇妙な性質についてのメモが散らばっていた。


「それで…具体的に何をするんだ?」アレックスは腕を組んで尋ねた。


「今はこの情報の分析に集中するわ。」シエナはアレックスを見ることなく、メモに没頭したまま答えた。


「で、俺は何をすれば?」アレックスがしつこく尋ねた。


シエナは顔を上げ、いたずらっぽく微笑んだ。


「今のところ、何もしなくていいわ。でも…」シエナはエミの方に目を向けた。「彼女には手伝ってもらいたいことがあるの。」


「え、私?」エミは驚いて瞬きをした。


シエナは研究室の隅へ向かい、床に埋め込まれた金属製の円形プラットフォームを覆っていた布を取り払った。それは精密に刻まれたルーンで囲まれ、奇妙なエネルギー発生装置へと繋がる線が描かれていた。


「ここであなたの魔法を使ってほしいの。」シエナがプラットフォームの中央を指しながら説明した。


「なんのために?」エミは疑わしげに尋ねた。


「この装置は広範囲の魔力の流れを探知するためのものよ。コアをあなたの魔法で起動させれば、モンスターがどこから来ているのか特定できるかもしれないの。」


「じゃあ、なんで自分の魔法を使わないんだ?」アレックスが不思議そうに尋ねた。


「私の魔法は不安定すぎて、装置を安定させられないのよ。だから、もっと魔法のコントロールに長けた人が必要で…エミはその点で完璧なの。」


「完璧?」エミは誇らしげに笑い、勝ち誇ったようにアレックスを見た。


「調子に乗るなよ。」アレックスはぼそっとつぶやいた。


エミはプラットフォームに乗り、目を閉じた。すると、彼女の髪がわずかに浮き上がり、青白い電流が体を駆け巡った。床のルーンが一つずつ光り始め、発生装置に繋がる線が輝きを放った。


「完璧よ!」シエナは歓声を上げ、レバーを操作しつつ素早く巻物に書き込んだ。


だが、突然プラットフォームが震え始め、ルーンを流れるエネルギーが不安定になっていった。最初は均一だった光が、次第に激しく火花を散らし始めた。


「エミ?」アレックスが心配そうに呼びかけた。


「だ、大丈夫…制御…できる…」エミは苦しそうに歯を食いしばった。


「ダメ、やめて!」シエナが叫んだ。


だが、もう遅かった。


研究室内にまばゆい閃光が弾けた。


光が収まると、プラットフォームは沈黙し、発生装置からは煙が立ち上っていた。エミは床に倒れ込み、息を荒げていた。アレックスは急いで彼女のそばに駆け寄った。


「大丈夫か?」彼はエミを支えながら尋ねた。


「うん…ただ…少し疲れただけ。」エミはかすかに笑ってみせたが、まだ息が上がっていた。


「で、探知機はどうなった?」アレックスが尋ねた。


シエナは素早く発生装置に駆け寄り、いくつかのボタンを操作した。すると、空中に魔法の投影が現れ、大陸の地図が映し出された。


「成功したわ!」シエナは興奮気味に言った。「見て…」


地図上にはいくつもの赤い点が光っていた。大半は散在していたが、特に強く脈打つ一つの点が、北東の森の地域にあった。


「あそこか…」シエナは険しい表情でつぶやいた。「あそこが、奴らの出現場所よ。」


アレックスとエミは顔を見合わせた。


「それで、次はどうするんだ?」アレックスが尋ねた。


シエナは地図を閉じ、真剣な表情で答えた。


「準備を整えるわ…あそこにいるものは、簡単には倒せないはずだから。」



「とりあえず、あんたたちは王宮の舞踏会の準備をしときなさい!」シエナは指を鳴らして地図を閉じた。


「えっ…なに?」アレックスが眉をひそめた。


「王宮の舞踏会よ。」シエナは落ち着いた声で繰り返した。「忘れたの?王様が王女の誕生日を祝うために開くやつよ。」


アレックスの顔が青ざめた。その瞬間、彼はそのイベントをはっきりと思い出した。いや、それよりも重要なことがあった——女の子たちが自分に選んだあのふざけた衣装のことだ。


アレックスは考えるより先に研究室の入り口に向かって駆け出した。


「アズラス!」彼は必死に叫んだ。


運良く、アズラスはいつもの姿で現れ、そのピンク色のたてがみを優雅になびかせていた。


「今度は何の騒ぎだ?」ライオンはあくびをしながらうんざりした様子で聞いた。


「説明してる暇はない!走れ!」


アレックスは迷わずアズラスの背中に飛び乗った。アズラスはその緊迫感を察し、猛スピードで駆け出した。


「アレックス、戻ってきなさい!」エミが研究室から飛び出し、声を張り上げた。


「今度は逃がさないわよ!」アリアもその後を追った。


セレナも遅れて走り出したが、焦る様子はなく、いずれアレックスが捕まることを確信していた。


「逃げ切れるわけないじゃない…」彼女はいたずらっぽく微笑んだ。


その頃、シエナは研究室に残り、物思いにふけっていた。指で机を軽く叩きながら、頭の中は混乱していた。


「…あのエネルギー…」彼女はつぶやいた。「なんであの時、アレックスに魔法をかけようとしたら、あんな強

い殺気を感じたのかしら…?」


彼女はアレックスの上に倒れ込んだ瞬間を思い出した。あの背筋が凍るような感覚は普通じゃなかった。まるで何か——いや、誰かがアレックスを敵意に満ちた魔法の障壁で覆っているかのようだった。


「一体、誰がそんなものを…?」彼女は眉をひそめ、つぶやいた。


その謎は頭から離れなかったが、今はもっと差し迫ったことがあった。


「まずは舞踏会ね。その後で…アレックスに何が起きてるのか突き止めてみせる。」


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