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第43話 推しの子の危機

 本来の俺なら、いくら困っていようとこの三人を無視しているところだ。

 何せ、俺が追放処分となった嘆願書にこいつらの名前ががっつり書かれていたからな。

 んな連中に手を差し伸べるほどお人好しじゃない。


 だがカナデの名前が出てしまえば別だ。


 カナデには大きな恩がある。

 武者修行の旅に出る前に、【英傑の聖剣】に赴いて彼女を引き抜こうと思っていたからな。

 彼女がピンチなら黙ってられない。


「――おい、詳しく聞かせろ!」


 俺はズカズカと歩き連中に近づく。


「「「ア、アルフレッド……団長?」」」


 ダグ、サラン、トッドの三人は俺に気づき動揺し困惑している。

 当然の反応であるが、いちいち構ってられない。


「状況を教えろと言っている。場合によっては、俺達で引き受けてやっても良い」


「あ、あんたが?」


「けど、ローグ団長に能力値アビリティを没収されたんじゃ……」


「ですが最近、力を取り戻したという噂もあります……」


 なんかごちゃごちゃうっせーっ。


「んなのどうでもいいんだよ! カナデがピンチっていうから話を聞いてやると言っているんだ。そのザラタンを斃せないにせよ、彼女を助けることはできるかもしれない」


「わ、わかったよ……話すよ」


 ダグ達から経緯が説明された。


 以前から王都の地下水路にモンスターが住み着いている報告が挙げられていた。

 当初は衛兵達で対応しようと数人で地下水路に赴いたが、誰も戻らず冒険者ギルドに調査の依頼がなされたと言う。

 あまりにも情報が少ないため第三級以上の冒険者を対象とし、集団クラン規模を誇る【英傑の聖剣】が引き受け、第二冒険者であるダグ達が選抜された。


「当初は俺達とカナデ以外に、盗賊シーフのゲインもいたんだが……ザラタンの奇襲を受け真っ先に死んでしまった。まさかあんな巨大モンスターが地下水路に潜んでいたなんて予想できるわけなかったんだ……」


「理由はわからないわ……きっと先の衛兵とか他の生物を食らうことで成長したんでしょうね」


「我々が腰を抜かしているところ、カナデが前に立ち『ここは私が対応する! 其方らは撤退し、この事を皆に伝えろ!』と言って逃がしてくれたのです」


 そうなのか……あのサムライガールらしいといえばそれまでだが。

 ちなみにカナデはローグの〈能力貸与グラント〉を拒み素のままだとか。

 それでも刀剣術士フェンサーとして第三級冒険者であるから大したものだ。


「話はわかった。あとは【集結の絆】でクエストを引き継ごう。ただし、カナデ救出を優先する。ザラタン討伐に関して無茶はしない――ルシア、それでいいか?」


「ええ勿論それでいいわ、アルフレッドくん。私の方も第一級の冒険者を集めるよう尽力するわ」


 俺は頷き、仲間達を見据える。


「――というわけで緊急クエストだ。みんな協力してくれるか?」


 その問いにパーティ全員が頷き承諾してくれた。


「団長、いえアルフレッドさん……どうかカナデのことお願いします」


 ダグ達が頭を下げて見せる。

 元部下とはいえ、階級ではこいつらの方が格上だけどな。


「わかっている。にしても、どうして今回のクエストにカナデが参加している? 話を聞く限り、ローグに反発したことで雑用ばかりやらされていると聞いているが?」


「……ローグ団長と色々あったみたいです。本人は話してくれませんけど、俺達の間じゃ男女の関係を迫られたとか」


「なんだと?」


「当然、彼女は断ったわ……また以前から退団する意志を固めてたわ。でもローグ団長はカナデのこと好みだから辞めさせたくなく、今回のクエストに割り当てたのよ」


「我々はカナデに諭された団員達です。死んだ盗賊シーフを含め……今回のクエストを最後に彼女と共に退団すると決めていました」


 そうなのか……ごく少数にせよカナデの説得で心を動かされた団員もいたってわけか。

 彼女の活動も無駄じゃなかったってことだな。


 にしてもローグめ、力と女に溺れたとはいえ最低だな。

 以前のアルフレッドも相当なクズだが、まだパーティをまとめる統率力はあったし、受けたクエストを蔑ろにすることなんてなかったのに……。


 そういや原作の主人公ローグも周囲からチヤホヤされている割には、あくまで気ままな個人主義であり面倒事には至って消極的だった。

 だからこそ「やれやれ」が口癖だったり、「こんな事できて当然だろ?」とか他者の矜持を踏みにじるようなデリカシー皆無なことを平然と言ってのけたんだ。


 自己投影できる読者側としては「流石ローグ! そこが痺れて憧れるぅ!」で沸いていたっけ。

 でも俺のような前世じゃ中堅の社畜として周りに気を遣う側としては、「……こいつ社会を舐めているな」って感じでよく感想欄に「主人公は人格と常識がないと思います」と書いてやったもんだ。

 鳥巻八号からスルーされたけどな。


「わかった――行くぞ、みんな!」


 俺達【集結の絆】一同は颯爽と冒険者ギルドを後にした。



◇◆◇



 数日前に遡る。


「――カナデ、今のまま雑用ばっかりもつまらないだろ? 僕の女になればクエストを与えても良いし、〈能力貸与グラント〉で強化貸与バフしてあげるよん。黒髪同士、仲良くしよーよぉ」


 【英傑の聖剣】の団長ローグは以前から事ある度に、カナデに声を掛け口説き落そうとしていた。

 凛とした独特の雰囲気を持つ美しき刀剣術士フェンサー、極東の国ならでは神聖的な和風の装いといい、ローグの心を奪っていた。


「団長殿、きっぱりとお断りいたす。私は自分の剣と腕を偽るわけにはいきません。バフがインチキとは言いませぬ。しかし他人に無断で強化させるなど武人として冒涜ですぞ!」


「いいじゃん……団員達は喜んでいたよ。きっと【英傑の聖剣】みんなは、もう僕無しじゃ生きられないだろうね……ククク」


「それでは薬物と一緒ではござらんか!? 断固としてお断りいたす所存です!」


 カナデはきっぱりと断る。

 その強固な姿勢に、ローグも「ちぇ、やれやれ」と呟き去った。

 基本、姑息で女遊びは激しいが無理矢理に手籠めにしない点はまだまともと言えるだろうか。


 カナデがこうした姿勢を貫くこと、昨日。


 突如、状況が一変した。

 王都の地下水路に出没したモンスター討伐のクエストである。


「おい、カナデ――明朝、ダグ達とクエストに参加しろ!」


 いつになく、イラついた口調のローグ。

 アルフレッドに聖剣争奪戦から敗れてから、相当ストレスが溜まっているようだ。


「随分と唐突ですな……意図を聞かせて頂きたい」


「んなもんねーよ! 団長の僕が指示してんだぁ!! 行けったら行けぇぇぇ!!!」


「……承知した」


 怒鳴り散らすローグに、カナデは素直に応じた。


 カナデはわかっている。

 ダグ達の名前が上がったのは、自分のせいであると。


 団員達を説得する中で唯一、ダグ、サラン、トッド、それに盗賊シーフゲインが同調を見せ始めた。

 彼らも自分らの真の実力で冒険者として活動を望み、近い内にカナデと一緒に退団を考えていたからだ。


 おそらく、そのことがローグの耳に入ったのだろう。

 裏切り者までいかないも、見せしめとして顎でこき使うつもりらしい。


(……私は決して仲間を見捨てぬぞ。アルフ団長とシャノン殿らがそうしたように――)


 カナデはこのクエストが終われば退団することを決意する。


 が、


 まさか地下水路に住み着くモンスターの正体が、凶悪で知られるザラタンとは思いも寄らなかった。

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