「えっと、この画面は」
「人事総務担当のとある方の画面を遠隔操作しています」
「⋯⋯!?」
食品事業部人事総務室の渡田さんのパソコンにアクセスして、彼女のパソコンを遠隔操作した。
現在17時半過ぎ。
定時の17時15分と共に彼女はいつも職場を去る。
「待って、何で管理者IDとパスワードを山田さんが知ってるの?」
「前にこの方が入力している画面を見ました。そして、このIDで実は食品事業部の人間のすべてのメールサーバーが見れます」
「今、ハッキングしている? 大手商社のサーバーにこんなに簡単にアクセスできるものなの?」
「私でもハッキングできる程度なので、セキュリティーはザルですね」
「遠隔操作って言ったけれど、周りから不審がられない?」
「この方の座席の後ろはキャビネット。画面を見られたところで、パソコンが自動再起動中としか思われませんよ」
百合子さんが驚きのあまり固まっている。
「⋯⋯これ、犯罪よね⋯⋯」
ハッキングは犯罪。分かっていて私もやっている。
「そうなんですか? 大学卒業したばかりで仕事辞めてしまって社会の常識が分からなくて⋯⋯」
とりあえずしらばっくれながら、私は服部室長のメール画面に辿り着いた。
「倫也さん、流石に仕事場では浮気相手のメールなんてしてないみたいね」
百合子さんがホッとしたような顔をしている。ゴミ箱をチェックするも確かにそれらしきメールはない。
「ダブル削除しているのでしょうね。復元するので覚悟していてください」
服部室長が浮気相手とのやり取りに社内メールを使っているのは確実。
社内メールはメールアドレスの交換をしなくても、メールが送れてしまう。
「あの人素敵! あの子いいな!」と思った相手に軽くアプローチできる困ったツールなのだ。
メールを復元した画面を見て、百合子さんの唇が震え出した。
「なにこれ⋯⋯何しに会社に行ってるのよ」
ずらりと並ぶ女の名前と、肉体関係を思わせる文章の数々。
「服部社長は仕事はできる方なので、こちらのやりくりも上手なようですね。こちらの女性方も本気ではないと思います。美味しいご飯やプレゼントを貰える期待でこういう浅はかなことをするバカ女は沢山いるんです」
「バカは女だけ? 服部倫也も十分バカじゃない」
百合子さんは私をおしのけメールを食い入るように見出した。
「百合子さん。服部室長にとって、ここにいる女たちと貴方は別です。このようなものを見せておいて私の意見を言わせてください。服部室長は人として百合子さんを好きで尊敬しています。ここの女たちのことは性欲処理の道具程度にしか思っていません」
私は真面目な百合子さんに真実を教えたいという思いと、服部室長には気に掛けてもらったという気持ちが交差し混乱していた。
「人として尊敬か⋯⋯。こんなクズからの尊敬いらないわ」
聞いたことのないような冷ややかな百合子さんの声。
「クズ、確かにクズですね」
「それよりも、真希さん。こんなにネットが強いなら『別れさせ屋』じゃなくてプログラマーにでもなったら良いのに」
百合子さんは自分がどん底に落ちているのに、私のことを気にしてくれている。
「実は、私、原裕司に『別れさせ屋』を使われたんです。そのご縁で今この仕事をしています」
「自分が浮気した癖に、『別れさせ屋』なんか使ったの? 原君っていかにも無害な良い人そうな見た目をしているのになかなかのクズね。そんな浮気男と結婚しなくて良かったわね」
「⋯⋯まあ、そうですね」
私の肩をポンポンしながら慰めてくる百合子さん。
私は裕司が好きだったんじゃなくて、優しいお母さんのいる原家の家族になるのに拘っただけ。
他の人間には理解され辛い感情。
「こんなにネットに明るいなら、社内管理システムの『HARUTO』を作った川上陽菜みたいになれるんじゃない? 私と同年代のスターなんだけど、知ってる?」
こんなところで因縁の相手の名前を聞くとは思わなかった。川上陽菜は未だ世間的には天才美女プログラマー。
「知ってます。流石に彼女のようにはなれません。それよりも、百合子さん。これからどうしますか?」
今、私が彼女に見せた情報はイリーガルな方法で入手しているので証拠としては使えない。でも、百合子さんには現状を伝えたかった。