「今から、福岡に行って川上陽菜、今は林田陽菜になっている彼女に会ってきます」
真希は札幌の火災の犯人も、マリアを脅している犯人も川上陽菜だと言い切っている。
川上陽菜はイガラシフーズを始め大手企業が導入している社内管理システム『HARUTO』の開発者だ。
彼女のインタービュー記事を見たことがあるが、女優のように美人で自信に溢れていた。
そんな彼女が子供を捨てて真希の父親と逃げた挙句、自分の娘と元不倫相手と元夫を殺したというのが真希の推理だ。
才能にも美貌にも恵まれた女が、赤の他人であるマリアを長期に渡り脅し人殺しまでするというのは俺には信じ難い。
「聡さん。ここでお別れです。聡さんは知らなくて良いような汚い世界と関わる必要はありません」
真希はいつも俺を突き放そうとする。
きっと、俺の彼女に対する下心が見透かされているからだろう。
最初、ターゲットとして接触した彼女は話も面白くて知識も豊富で魅力的な女性だった。
少しずつ彼女に惹かれていき、いつしか彼女がターゲットという事を忘れそうになった。
しかし、彼女は一向に俺に落ちるそぶりはなく、原裕司に固執した。
その時、初めてヤキモチ的な感情を自分が抱くことがあることを知った。
彼女は自分の容姿を醜いと誤解しているが、とても唆る見た目をしている。
彼女の仕草の可愛らしさや、どこか影のある色気は俺を惹きつけた。
そんなわけで俺はすっかり彼女の虜になってしまったが、俺の恋心は彼女にとって不快なものだった。
彼女に欲情する気持ちを常に抑えていたが、それでも溢れそうになってしまうことがあった。
でも、そんな俺の苦しみは、真希の抱えるものに比べればなんてことなかった。
親の不貞行為の目撃したことによる彼女のトラウマは一生克服できないかも知れない。
彼女はわずか5歳でトラウマを負って、自分が成長して女として見られるにつれ傷を深めてきたのだ。
俺は真希を知って、愛しいという感情を知った。
一生守りたいと彼女に伝えたいのに、その気持ちに少しでも情欲が混じると彼女を傷つける。
だから、完全にこの気持ちを恋から愛に変えるまでは、ただ彼女に寄り添って味方でいることにした。
「真希は福岡に行ったことあるの? 俺は何度も行ったことあるし案内させて。美味しい店とか紹介できるしさ」
「確かに土地勘がないので、案内して頂けると助かります。でも、私は化け物退治に行くんですよ。20年以上前から彼女を知っていますが、彼女は化け物です」
「じゃあ、お供は必要だろ。鬼退治なんだから」
「桃太郎じゃあるまいし⋯⋯でも、嬉しいです」
真希はやっぱり変わった。完全に俺に対してツンだったのに、最近デレが垣間見れる。
できるだけ爽やかに接してきたのが功を奏したのかもしれない。
女性と接する時はつい色を出してしまう癖があったが、俺は彼女がそういうのが苦手と気づき爽やか君にキャラ変した。
スマホを出して飛行機の運行状況を調べる。
「羽田から福岡って便数多いな。今から行っちゃう?」
「行っちゃいましょう!」
真希は俺にサムズアップしてニコッと笑ってくる。
彼女のこういうノリの良いところも、一緒にいて楽しくして好き。彼女は男友達といるような楽しさと、ときめきをくれる不思議な女の子だ。
最近の真希は俺の前ではすっぴんを晒すようになっている。
それが俺にとっては彼女が気を許してくれているようで、特別な存在になれたと感じられて嬉しい。
彼女のすっぴんは年の割には幼く、とても可愛い。
俺は彼女との初めての旅行に胸を高鳴らせていた。
早速、軽く荷物を纏め、タクシーを呼んで乗り込む。
「羽田空港までお願いします」
行き先を告げて一息ついていると、真希が俺の腕に自分の腕を絡めて来た。
「聡さん。私、福岡に行ったら水炊きを食べたいです。せっかくなので楽しみましょう」
上目遣いでおねだりされて、思わず「俺はお前が食べたい」と本音を漏らし自爆しそうになるのを必死に耐えた。