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第55話 私たちはどのような関係に見えているのか気になった。

 タクシーに乗り込み夕暮れの街を直走る。福岡に到着する頃には夜になっているだろうが、丁度良い。

川上陽菜の足跡は夜の中洲までしか追えていない。


 聡さんは仕事があるのに、私の用事に付き合ってくれている。

 それは彼が私に好意を持っているからで、私は彼の好意に応えるつもりはない。

 でも、私を大切にしてくれている彼を手放す勇気もない。


「水炊きもモツ鍋も、豚骨ラーメンも食べよう。せっかくだから福岡城でも行くか?」

「福岡城は天守閣もないですけどね」


 私の気持ちを和らげるように観光の提案をしてくれる彼が愛しい。

 それでも自分がキスやそれ以上のことを、彼としたいとは全く思えない。


「そうなんだ。じゃあ、野球観戦でも行くか?」

「もう、シーズンオフですよ。小倉城なら天守閣もあり、博多から新幹線で15分程度で行けますが城が見たいですか?」

 私は自分でも彼の好意に甘えて調子に乗ってると思う。


 彼が見たいのは城ではなく、私だと分かっている。

 それでも私の言葉に一喜一憂し、思い悩む彼を見て気持ちよくなるからやめられない。


「別に城にこだわってるわけじゃないけど⋯⋯」

「福岡に行く目的は中洲に行くことです」

 中洲はいわゆる福岡の歓楽街で東京でいえば歌舞伎町、北海道だとススキノに相当する。


 川上陽菜はそこでアラフィフでも年を誤魔化してキャバ嬢として働いている。

 よっぽど娘に男を取られたことで、自分の女としてのプライドが傷つけられたのだろう。


「中洲に行きたいって、屋台とか?」

「夜の街に行きたいんです。そこに私の会いたい人がいるから⋯⋯」

私の発言に戸惑っている聡さんを可哀想に思った。


 彼が私を心配そうな目で見るのは、私が性的なものが苦手だと知っているからだ。


 性の欲望が渦巻く街に行っても、私はきっと何も感じないことを彼に教えてあげたい。

 私は自分が本当に傷つきそうになった時は、亀が甲羅の中に潜るように自分を守ることができる。


 私はその方法を5歳の時に学んだ。


 私が熱で寝ている横で、川上陽菜は背徳感に興奮したいと父に言って行為をはじめた。

 彼女は必要以上に乱れて喘ぎ声をあげて私を苦しめた。


 彼女は人の苦しみに高揚感を覚える女だった。

 そして、私が実は起きていた事実を知っているかのように翌日私の様子を覗き見ていた。

 5歳の私ができることは何も見なかったふりをすることだけだった。


 空港に着いてチェックインカウンターに行く。

 聡さんが航空機のチケットを取ってくれている横で、私は深い闇に落ちてく感覚に襲われていた。


「真希、飛行機の座席は窓側と廊下側どっちが良い?」


「窓側がいいです。空が見たいから」

 ふと見ると眩しいくらい美しい聡さんの顔があった。

 ほっぺにキスくらいした方が良いだろうか。


 何の見返りもなく、彼が私に寄り添ってくれている褒賞を与えなければいけない。

 私は彼が私のことを好きで、本当は普通の男女の触れ合いがしたいことを知っている。


「真希。美味しいもの食べてぶくぶく太って帰ってこよう」

聡さんが私の葛藤を見透かすように言ってきた。


「ご期待に添えず申し訳ありませんが、私、胃下垂なんで太りませんよ」

 私は彼のとってくれたチケットを受け取りながら、彼の腕にしがみついた。


 彼に女として見られるのは嫌なのに、彼に甘えずにはいられない。

 私はずっと誰か甘えさせてくれる人を求めていた。


 だから常に甘えたように母親と手を繋ぐ子供を羨んだ。

 常に子供を甘えさせられる専業主婦になれれば、自分の最悪な人生を上書きできるのではと期待した。

 こんな病的な私を好きになるなんて、神様は聡さんに大変な試練を与えたものだ。


「機内食楽しみだな」

「スーパーシートでは機内食がでますが、国内線の普通のエコノミー席はドリンクだけですよ。今回とれた席はエコノミーです!」

 私は意外と世間知らずな聡さんを可愛いと思った。もう夜になるというのに、飛行機はほぼ満席。ビジネスマンに、家族連れに、カップル。平日でも様々な客がいる。私たちはどのような関係に見えているのか気になった。


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