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第7章 因縁の相手を追って

第56話 地獄巡り。(聡視点)

 あっという間に福岡に到着し、俺と真希は今、九州最大の歓楽街中洲を歩いている。完全に夜の街だ。

 実は中洲に来るのは初めてだが、いかがわしい雰囲気は新宿を越えている。少し路地に入ると怪しい取引がされてそうな危険な空気。


「中洲のルールを守らない人にはときめかないの!ですって、これ某アニメのキャラのセリフをパクってますが許可は取ってるんですかね弁護士さん」


 真希が中洲の無料案内所の前で、楽しそうに俺に語りかけてくる。


 彼女は自分を醜いと思っているが、実はかなり唆る容姿をした可愛い女の子だ。

 だから、彼女を欲望渦巻く街に連れてくるのは気が引けた。


 周囲にいる男の視線が彼女の意図に反して、彼女に集まるのがわかる。


「許可はとってないだろうな。今日は、もう遅いからホテルで休まないか?」


「ホテルの部屋をとらなきゃですよね。某アイドルのドームコンサートとぶつかってこの辺のホテルは満室みたいですよ」


 俺も飛行機に乗った時にホテルの空室状況を調べたからその事実は知っている。


「野宿でもしますか? ここから10分ほど離れた公園のトイレで横浜からきた出張客がリンチにあったらしいですよ。結構治安悪そうですね」


 俺は1秒でも早く中洲を抜け出したくなった。

 大切な女の子をこんなところに歩かせてはいけない。


「野宿は絶対にダメ、野良犬が来るぞ!」

 真希は俺の言葉にくすくすと笑っている。


「まあ、最悪インターネットカフェにでも入れば良いですね」

 俺はふと電話の着信を受けているのに気がついた。

 先ほどキャンセルはないかと問い合わせたホテルからだった。


「ちょっと電話でるから、待ってて」


 俺は真希に断って電話に出ると、ちょうど空室が1室でたということだった。

 ダブルベッドの部屋で彼女と過ごさなければいけないが、そこで手を出さなければ彼女の信頼が得られるだろう。


「どこの店で働いてるの? 絶対に行くんだけど」

 ふと、振り向くと真希が3人の男から声を掛けられていた。

 彼女はああいったことが苦手だから心配になり、急いで近づいた。


「さあ⋯⋯それよりも、昔は美人だっただろう整形お化けのハルナがいる『SHINE』という店に行って見たいです。昔、私を虐めてくれた彼女を見て笑いたい気分なの」


 真希が男たちを誘惑するような目で見つめている。

 男たちが深淵を見つめるような彼女の魅惑的な視線に、取り込まれていくのが分かった。


 俺はそんな彼女の姿に居た堪れなくなって声を掛けそうになった。


 しかし、これは彼女が自分を殺して川上陽菜に近づく作戦なのだろうと思って耐えた。

(ヤキモチなんて妬いてちゃダメだ⋯⋯それは異性に対する感情だ)


「真希! 部屋が取れたから先にホテルに戻ってるな」


「ありがとう、お兄ちゃん。じゃあ、行こう」

 俺が真希に話しかけると彼女は俺の妹を装って、男たちと夜の街へと消えていった。

(確かに女1人でキャバクラは入りずらいもんな)


 嫉妬の気持ちで心がおかしくなりそうになるのを抑えながら、俺は真希に予約のとれたホテルの場所をメールした。


 ホテルの部屋に入り、シャワーを浴びてボンヤリとニュースを見ながら真希が来るのを待つ。

 彼女が欲望の渦巻く街で、どれだけ身をすり減らしてるかを考えるだけで気がおかしくなりそうだった。


 0時を過ぎた頃、ホテルの部屋をノックする音がして扉を開けた。


「はあ、残念すぎです。川上陽菜はもう北海道に行ってました。今はススキノで働いているそうです⋯⋯」


 彼女は部屋に入った途端、ダブルベッドとバスローブ姿の俺を交互に軽蔑するような目で見つめた。


「いや、この部屋しかなかったんだ」

「知ってますよ。この辺りは、今日は満室ですし⋯⋯」

 真希は目を伏せて苦笑いを浮かべると、俺の首に手を回して唇に口付けてきた。


 その柔らかい感触に一瞬クラクラするも、俺は真希に見限られたかもしれないという恐怖に襲われた。


「シャワー浴びてきますね」


 彼女は自分がどんな表情をしているか気がついているだろうか。

 まるで、処刑台に送られるような表情をしている。

 彼女は俺に一瞥も向けないまま、備え付けののバスローブを持って浴室に消えてった。


「俺はそんなつもりじゃない。真希が側にいるだけで幸せなんだ」

 どうしたらその気持ちを伝えられるかが分からない。


 まだ、彼女に欲情してばかりだが、それを一生抑えようと思うくらい彼女を大切に思っていることを伝えたい。

 俺は徐に身につけたバスローブを脱いで、スーツに着替えて床に横たわった。

(ただ俺の側にいるだけで良いことを、彼女に伝えなければ⋯⋯)


 俺は1日の移動で疲れていたからか、そのまま床で寝入ってしまった。


♢♢♢


「聡さん! 起きてください。せっかくなの少し福岡観光でもしますか?」


 俺の顔を覗き込む彼女は、安心し切った幼い子供のような顔をしている。

 その顔を見て俺は彼女の誤解を解くことができたと安心した。


「スーツで寝るなんて、福岡で朝イチの仕事でも入れてましたか?」

 俺の顔をツンツンしながら、楽しそうにする彼女が愛おしい。


 ずっと気が張って生きてきたような彼女のこんな顔が見られるのなら、俺はいくらでも頑張れると思った。



「ホテルの朝食食べに行きましょっか」

真希に手を引かれながらホテルの朝食を食べに行く。


朝食はビュッフェスタイルだった。

「何だかワクワクしますね」

「うん⋯⋯」

真希は楽しそうに席に座ると、早速ブッフェをとりに行く。


正直、ビュッフェというのは人件費削減とフードロースの為の経費削減の為の安っぽい食事スタイル。

俺ははっきり言って好きじゃない。


慌てて空室がなかったとはいえ、こんなレベルの低いホテルに好きな子を連れて来た事に落ち込んでいる。


「お手拭き、使い捨てだし⋯⋯」

テーブルに置いてある使い捨てのお手拭きを見て心が沈む。

もっと、ちゃんと事前に評判を調べて美味しい朝食をサーブしてくれるようなホテルにすれば良かった。


「美味しいですよ。ご当地の明太子もシメサバも食べられます」

気がつけば、目の前に真希が座って食事を始めている。

心を見抜かれたようで恥ずかしい。


「俺も食事とってくるかな?」

「動きが遅いので、既に行列しています。頑張ってください」

真希に言われて見てみると、先程はなかったビュフェの列が連なっていた。

何だか大人になってまで給食を食べるようだ。


「並んでまで、食べたくないかな」

「じゃあ、私が持って来たのを食べてください。私、もう一回並んできます。本当にお坊ちゃんですね」

真希が自分の持ってきたお盆を目の前に差し出して、立ち上がって列に並ぶ。


俺は自分が完全に失敗した事に気がついた。

真希が楽しそうにしているだけで嬉しかったのに、慣れない場所で戸惑ってしまった。

「お坊ちゃん」と言われる度に真希から距離を取られているのが分かる。


俺は真希を追いかけ列に並ぼうとするが、既に列は20メートル近くになっていた。

「はい。どうぞ、こちらのセットの方が良いですか? 好きな方を食べてください」


真希が綺麗に盛り付けたお盆を出してくる。

先程、真希が持って来たお盆が和食中心ならこちらは洋食中心。

俺が子供っぽくも朝食のスタイルに不満があるのがバレている。


「真希はどちらが良いの?」

「どちらも美味しく食べるので、聡さんが好きな方を選んでください」

「⋯⋯」

「では、こちらをどうぞ」

俺が考え込んでいると、真希は今とってきた洋食中心の方を俺に渡してきた。


俺が朝食のスタイルにばかり心で毒ついて、特に何が食べたかったのか意見がなかったのを見抜かれていたようだ。


「ありがとう。それから、ごめんな。俺のせいで列に並ぶことになって」

「聡さんは列に並ぶの苦手ですか? それって仕方ないと思いますよ。聡さんくらいセレブだと列に並ぶ経験なんてないですよね」

彼女のいう通りだ。俺は列に並んだことがない。

行列のあるテーマパークも裏ルートでアトラクションに乗っている。

新しくできた店は大抵、行列のできるプレオープン前に呼ばれて入れていた。


でも、彼女に言われて初めて自分が列に並べないのを恥ずかしいと思う。

並ぼうと思えば並べるだろうが、「なんで自分が?」という思いがあり並ぶのに抵抗がある。

列に並び順番を守ることを幼稚園生の時は教えられたはずだ。


「聡さんって真面目ですね。私は苦手でダメなことだらけです。聡さんはやろうと思えばできます。だから、食事が終わったら私にホットコーヒーを持って来てください」

俺の心を読んだかのような真希の言葉に心臓が止まりそうになる。


「真希ができないことって?」

「⋯⋯キスとか? 吐きそうになるけど、やろうと思えばできるから、聡さんが列に並ぶのと同じようなものなのかも。私がもっと頑張ればできるのかも⋯⋯」

「真希は十分頑張っているよ」


真希が困ったような笑いを向ける。

俺が列に並ばないのと、彼女が出来ないことは同列ではない。


「なんか、そっちも美味しそう。交換して!」

俺は真希のお盆と自分のを交換した。

目の前のものを楽しめない小さいやつと彼女に思われたくなくてやった事だったが彼女は少し戸惑っていた。


「食べかけですけど、聡さんさえ良いなら。私的には和食がご当地ものがあってお薦めですし⋯⋯」

何だかまた失敗した気がする。


「何か飲み物持ってくる? ホットコーヒーがいいんだっけ?」

「それは食後です。じゃあ、ドリンクバーでメロンソーダーとコーラを混ぜて持って来てください」

「⋯⋯??」

「冗談です。烏龍茶お願いします。ふふっ、休日なのに朝からスーツで気張り過ぎですよ」

真希がクスクス笑うのを背にドリンクバーに急ぐ。

彼女が笑っているだけで、この上なく幸せだ。


朝食を終え、部屋に一旦戻りチェックアウトを済ます。

「観光ってどこか行きたいところあるの?」

「あります。地獄巡りに行こうかと」

「えっ? 別府まで行くの?」


俺の言葉に真希がニヤリと笑う。

「別府? 大分のですか? 行きたいのなら、一人でソニックに乗ってください。特急なので体感的には新幹線で、ここから大阪に行くくらいには時間が掛かりますよ。私は昼前には札幌に飛ぶ予定なので手近な地獄に行きます」

「福岡滞在短くない? そんな早く北海道に行くの?」

「会いたくないけれど、会わなくてはいけないんです。逃げ場をなくす為にも早く川上陽菜のいる地に行かなきゃ。そうでないと私、このまま東京に戻っちゃいそうです」


苦笑する真希が複雑な感情を抱えているのが分かった。

札幌のススキノは真希の父親の爆発事故があった場所。

彼女はその事件を川上陽菜の仕業だと思っている。


川上陽菜を探しているような気でいたが、何だかおびき寄せられているような不穏な感じさえある。

「逃げても良いんじゃないのか? 川上陽菜が危険だと思っているなら、自ら寄っていく必要はないと思うけど⋯⋯」

「聡さんの言う通りです。でも、彼女とは決着をつけないといけないと思います。それに、雨くんが関わっている。雨くんは私の腹違いの弟です。母親を助けられなかったけれど、弟くらいは守りたいと思ってるんです」


真希の言葉に反論したい。

彼女の母親は不倫した上に真希を捨てたアバズレクズ女。

だけれども、彼女の複雑な気持ちを俺は理解できない。

だから、俺は彼女に黙って着いて行くだけ。


「身近な地獄巡りか、楽しみだな」

「本当ですか? 多分、行列もなくガラガラなので安心してください」

そして、俺は真希に連れられ、デートで行くとは思えない場所に連れて行かれるのだった。









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