福岡の夜、聡さんに指定されたホテルに行くと、彼はダブルベッドの部屋でバスローブ姿で待っていた。
私は喉の奥にひゅっと乾いた風が入ってきて、息が詰まるのを感じた。
私は彼と一緒にいたいなら、キスやそれ以上のことをしないといけないと認識した。
ものすごい抵抗意識があったけれど、私を大切に思ってくれる彼を手放せないと思い浴室に入った。
聡さんが側にいてくれるなら、我慢できる。
何もしないで側にいてくれる人なんてきっといない。
裕司の時も先延ばしにしていただけで、いつかは我慢して頑張ろうと思っていたこと。
浴室から出ると、床にスーツ姿に着替えて寝ている聡さんがいた。
私はその姿を見て、彼が私に伝えようとしていることを感じ取った。
ここまで私を想ってくれる人を手放せないという思いと、彼は私から離れないと辛くなるという思いが交差した。
川上陽菜を追って札幌に行こうという時に、彼と別れる選択肢を用意して提案したが当然のように彼はついて来てくれた。
私はずっと彼の好意と優しさに甘えている自分に気がついていた。
彼は困っているマリアさんのことも放って置けなかった人だから、可哀想な子を放って置けないのかもしれない。
ススキノについた時、父が死んだ焼け落ちた店を見たが何も感じなかった。
普通ならば、実の父が死んだのだから葬式で泣き崩れたりするだろう。
それなのに葬式もあげることなく、淡々と復讐に心を燃やす私を聡さんが軽蔑しないかだけが気になった。
川上陽菜を追い詰めたい気持ちの反面、彼女と対面するのが怖かった。
五歳の私に対しても、挑戦的な目を向けてきた母親と変わらぬ歳の女。
母を苦しめ父を奪った彼女は私にとって地獄の大魔王のような存在。
美人で優秀で何もかも持っているのに、満たされない苛立ちを他者にぶつける。
化け物のように賢いあの女は私のささやかな幸せをまた壊しにくるかもしれない。
裕司に裏切られ、仕事も未来も奪われて絶望した。
駆け込んだ『別れさせ屋』にいたのは、私と同じように悩みを抱えるマリアさんと、恵まれ過ぎて社会の沈殿物のような私に惹かれる聡さん。
聡さんは愛されて育ち、自然と人に愛されてきた人。
関わると深淵に引き摺り込まれるような危ない人間と関わっていることにも気づけないような甘いお坊ちゃん。
彼に想われるのは心地良い。彼がどうして私のような女に心を寄せたのかは不明。
でも、理由なんてどうでも良くなるくらい彼が必要。
もっと不細工で誰も見向きもしてくれない男だったら安心できたのに、彼は他の女の選択肢を沢山持つような美男子。
男と女ではなく、人と人として繋がれる人が欲しい私の悩み。
見た目、経済力、突き詰めればどうでも良い。
ささやかでも一緒に家族を作ってくれる人が欲しい。
私を見捨てたりせず、愛してくれる人が欲しい。
そんな人がいたら、私は力の限り尽くす事を誓う。