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第72話 俺の両親に会ってくれない?

「でも、養育費って結局払わないでとんずらされる事が多いんですよね」

杉崎琴子の気持ちは今、完全に養育費にいっている。

彼女は雨くんが欲しかった訳でも、元旦那に復讐した訳でもなくお金が欲しかったのだろうか。


「一括で振り込ませましょう」

「600万円くらいですよね。智則は貯金、全くないですよ」

「それは杉崎様が心配する事ではありませんよ。子供の為のお金なのだから、彼が工面すべきです。一括支払いが無理で、支払いが滞れば給与を差し押させる事も出来ます」

聡さんの言葉に杉崎琴子は口の端を上げてニヤリと笑う。


「それ凄く良い。どうして、私だけ貧乏くじ引かされるのかと思ってたのよ」

杉崎琴子が嫌いだ。彼女の言う貧乏くじとはシングルマザーで子育てをする事。

明らかに夫を繋ぎ止める為に子を産もうとしていた癖に、離婚したから子供はいらないと言っているようなもの。


「お子さんに対しては当然、父親も責任持つべきだと思いますよ。それに、失礼なら浮気するような父親ならいない方が良いのではないのでしょうか?」

「そうよね。娘だし自分の父親が不倫するような男とか耐えられないと思うわ。お金貰えていなくなってくれる方が実は一番良い気がする」

私が静かにしていたら、自然に話はまとまりそうになっていた。


その後、上機嫌で事務所を後にした杉崎琴子を見送る。


「聡さん、ありがとうございます。私、なんだか私怨に取り憑かれていたかもしれません。実は杉崎さんの目当てがお金だって何で気がついたんですか?」

私の言葉に聡さんが目を瞬かせる。

「杉崎琴子の目当てってお金だったの?」

「いや、私が聞いているんですけれども⋯⋯確かに慰謝料や財産分与もなかったって恨み言のように言ってはいましたね」

正直、私は彼女が何をしに2歳の子を預けてまで、ここに来たのかが分からなかった。


「俺は杉崎琴子の気持ちは分からないよ。ああいう身勝手で話が二転三転するような人間の話はまともに聞かないようにしてるしな」

「じゃあ、何で?」

「真希が杉崎琴子の子供を心配しているような気がしたから、俺は何とか出来ないか考えただけ」

不意打ちな彼の発言に心臓が止まりそうになる。


「そうですか⋯⋯私の心読まれてましたか」

「本当に? 少しは真希の気持ちが理解できるようになったかな? 分かりたいと思っているけれど、まだよく分からない事も多くてさ」

私は自分でも理解不能な私を聡さんが分かろうとしてくれている事に感動していた。


「⋯⋯聡さんってモテそうですね」

「お前のことは全て分かる」と言われるより、「分かりたい」と言われる方が嬉しい。

私のような人に情が沸かない無機質な人間を感動させるとはなかなかのやり手だ。


「いや、見るからにモテるだろ。分かってなかったのか? まあ、俺は真希にだけモテたいけどね」

爽やかに笑いかけてくる聡さん。

いつの間にか彼はお色気系から爽やか系にシフトしていた。


「私には程々にモテてます」

私の言葉に聡さんが目を見開く。

私は彼に対してツン気味だった自分がデレたような態度をとってしまって急に恥ずかしくなった。

顔が熱くて、きっと頬が赤くなっている。

そんな私を見て聡さんが照れたように頬を染める。


「兎に角、早く事務所を完全封鎖しましょう。また、厄介なお客が来る前に逃げた方が賢明です」

「そうだな」

 聡さんが慌てて事務所の整理をしだして、私も手伝い出した。


「真希、あのさ、来週あたり俺の両親に会ってくれない?」

 聡さんの言葉に私は一瞬固まる。

 彼の父親とは商社時代に面識がある。


 新人の私が唯一会ったことがある大企業の社長が彼の父親。

 左手の薬指に大きな婚約指輪をつけ、裕司の隣にいた私。


 初めましてなのに、見ず知らずの私の婚約話を微笑ましそうに聞いてくれた五十嵐社長。

 明らかに人の顔を覚えるのが得意そうな方だったから、私のことも覚えている。

 5ヶ月後に、息子が私を連れてきて結婚したいなどと言ったらどう思うだろう。


「む、無理です。すみません」

「えっ?」

 聡さんは驚きのあまり固まっている。

 客観的に見て、五十嵐社長は私を警戒する。

 結婚詐欺師に息子が引っ掛かったと思うかもしれない。


「何で? 俺との未来を考えてくれていたんじゃなかったの?」


聡さんが戸惑っているのは当然だ。

なぜ、世界はこんなに狭いのだろう。私が別の部に配属されていれば五十嵐社長とは会わなかった。

でも、別の部なら裕司と婚約しなかっただろうから、『別れさせ屋』で聡さんと出会えていない。


「生まれ変わったら、一緒になりましょう」

反対されるのが目に見えている。

そもそも、家庭環境の違いだけでも反対されるかもしれないのに、他の男とついこの間まで婚約していた私が受け入れられるはずがない。


「今の真希と一緒になりたいんだ。もしかして、俺のこと男として好きじゃないから、結婚を躊躇している?」




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