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第74話 それって、レズビアンとは違うの?

『別れさせ屋』をやっていた事に五十嵐家は動揺していたが、聡さんが「もう辞めたのでご心配なく」と一言言ったら戸惑った様子を見せながらもその場はおさまった。


 その後は取り止めもない会話で歓談は続く。

私は知っている。


 守るべきもののある人間は人前で取り乱したりしない。

聡さんの父親と兄は聡さんの感情を優先させたいように感じた。

聡さんが跡取りではないから、首を傾けつつも自由にさせられると言うのもあるだろう。

イガラシフーズの跡取りが、両親ダブル不倫で捨てられた天涯孤独の女を連れてきたら彼の父親も100%反対側に回った。


「山田さんは23歳で結婚とは言うのは自分的にはいいの? うちの奥さんは25歳で結婚して早過ぎたっていつも漏らしているよ」


 聡さんの兄、悟さんは私と打ち解けようと砕けた話し方をするようになってきた。

そして、遠回しにこの結婚を阻止しようとしているのが分かる。


 彼にとって聡さんは自由で可愛い弟なのだろう。

仕事で会った時は私に好感を持っているように感じていたが、私の釣り合いの取れない悲惨な家庭環境を聞いた後では話は別。

明らかに今私に夢中になっている聡さんではなく、私からこの結婚を断るように促している。


「私は早く家族が欲しかったので、結婚はできるだけ早くしたかったんです」


 メイン料理の魚が出たと思ったら、口直しのグラニテ、そしてまた肉料理。

楽しく歓談している雰囲気を演出しながら、聡さん以外喉に食事を通らない状況。

それなのに、フランス料理のフルコースは運ばれて来る。


 聡さんは真面目で上品な五十嵐家ではかなり自由な次男坊だったようだ。


「結婚は早い方が良いわよね。私はお見合い結婚だったんだけど、初産が35歳過ぎてたし、大変だったわ。出産も育児も体力勝負だから」


 美和子さんは明らかに私の存在に戸惑っている。

それなのに、必死に息子の連れてきた女を認めようとしているのが分かった。


両親も兄も皆が聡さんの気持ちを尊重している。

このような家族に育てられたから、聡さんは大らかな性格なのだろう。


「子供は作らないよ そうだよな。真希」

聡さんの言葉に私は静かに頷く。

彼は私がアセクシャルで子作り行為に抵抗があると知っている。


「待って、それってどう言うこと? 子供は持たない夫婦はいるけれど、結婚前からそんな大切な事を決めてしまう理由は?」


美和子さんの意見はもっともだ。

でも、この正常な家族の前で私は自分の事をカミングアウトすることに戸惑った。


 裕司と婚約しても、私は自分がアセクシャルだとはカミングアウトしなかった。

それは、その事で彼が引くと分かっていたから。

私は原裕司と結婚して、原家の人間になることを目指していた。


マリアさんに対してカミングアウトできたのは、彼女がレズビアンで遠からず自分と同じ悩みを抱えていると思ったからだ。


 聡さんがいる場で、私の秘密を明かしたのは彼にこれ以上無駄なアプローチをして欲しくなかったから。

でも、今、聡さんが私のありのままを受け止めてくれると知って彼の家族になりたいと思っている。

そして、彼の家族である五十嵐家を前に私は秘密を明かすことを躊躇していた。


「真希はさ。色々、トラウマがあって性的なものに抵抗があるんだ。彼女自身、アセクシャルだと自認している」

聡さんがあっさりと私の秘密をバラしてしまう。

彼は家族ならば何でも受け止めてくれると思っている節がある。

それだけ甘やかされてきた証拠。


「アセクシャル? それって、レズビアンとは違うの?」

「男も女もダメって事だから違うはずだ」


 彼の兄と父が討論し出した。

そして、彼の母美和子さんは苦しそうな顔をしている。

多分、息子の意思を尊重して私を認めたいのに、認められなくて苦しんでいる。


「⋯⋯ねえ、真希さん。私、この近くに気になってる夜パフェのお店があるんだけど今から一緒に行かない?」

静かな語り口調に確固たる決意を感じる。

「本当ですか? 私も夜パフェに行きたい気分なんです。お供させてくださいあ」

私の言葉に聡さんは首を傾げた。


「今からデザート来るけど?」

「私の分も食べて良いですよ。私は今、パフェが食べたい気分なんです」


 私はフレンチレストランを美和子さんと一緒に後にした。

外はもう11月に入り夜は寒い。

ハローウィンが終わったからといって、フライングでクリスマスイルミネーションを飾り出している店まである。


「真希さん、夜パフェなんだけど確かここら辺だと思うの」

美和子さんが振り向き様に言った言葉に私は首を振った。


「大丈夫です。私、彼と結婚する気はありません」

聡さんには良い夢を見せて貰った。

ありのままの私を伝え、私の汚い部分まで見ても一緒にいてくれた人。

私は彼とさよならする準備ができていた。

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