は祐司の言葉に絶句してしまった。一生、彼と一緒にいたいと思った時はあったけれど、今は違う。
赤レンガテラスのカフェでブランチする。
私は横浜の赤レンガ倉庫をイメージしていたが、あそこまでの趣はなかった。
コーヒーを口にすると、祐司が口を開く。
「ここは、本来ならビルにする予定だったんだけれど、テナントが埋まらなそうで4階建てになったらしい」
「損切りしたお陰で今ここは賑わってる。ビルにしてたら、惨憺たる結果だったわ」
私の言葉に祐司が納得したように言葉を紡ぎ出す。
祐司は眼前のブランチなどに興味はない。
メニューは一番のおすすめを注文するだけ。
彼はこの建物の経営に興味がある。
だから、淡々とテナントの誘致の手腕と経営について語り出す。
それは相手が誰でもそうだ。
普通の女の子はデートでビジネストークをされて引いてしまうだろう。
口説かれるのが苦手な私には、そんな恋愛コミュ障な彼のトークが心地よかった。
モテモテだった聡さんは私に惚れるとすぐに口説いてきた。
祐司は商社マンになってモテたが、基本モテない男。
言葉の端々から親離れでいていない地雷感と、自分の興味ある事ばかり話してしまう傾向があった。
原裕司は女の扱いが下手。
私にとっては女扱いされず、ギクシャクしている彼といる時間が居心地良かった。
それが、私にはしっくりきた。
(性欲って凄いんだな⋯⋯私には理解不能)
彼が浮気した女は、彼と会話しても何も楽しくなかっただろう。
ただ、話なんて聞き流せばATMとして機能すると判断しただけ。
私にとって、この恋愛不自由な男がどれだけ貴重だったか。
私が拒否する雰囲気を出せば、手を出せない。
上手な口説き文句も言えない。
「料理教室とかもあるんだね」
「⋯⋯そうだな」
ここに来る前に見かけたガラス張りの全国チェーンの料理教室。
いわゆる「私、料理習ってます」とアピールしながら料理するお教室だ。
正直、必要に迫られ小学生から料理してきた私からすると羨ましい贅沢な場所。
大人になっても調理実習しているような人達はきっと恵まれた生まれなのだろう。
私には全く縁のない場所。
「祐司の知り合いとかも通ってる?」
「こういうところ通うって料理出来ませんって自己紹介してるようなもんだよな」
「どうだろう。健気に頑張ってるってアピールできる可愛い子じゃない? 思わず男が手を出したくなるような」
裕司が固まって俯く。私の予想は当たった。
彼の浮気相手の丸川美由紀が通ってた料理教室なのだろう。
「会えるかもしれないね。丸川美由紀さんに」
「丸川美由紀になんて2度と会いたくないし。そもそも、料理教室行っていても東京で契約してるんだから、会うこともないだろう」
「どこの店舗でも受講できる契約だよ。丸川美由紀さんに会えたら、また燃え上がるんじゃないの? 結婚の約束して仕事まで辞めさせた婚約者の存在を忘れるくらいに」
丸川美由紀と祐司は体の関係を持った事実があるのに、今は冷えた関係。
祐司と私は体こそ繋がりがないが、言葉を沢山交わしてきた。
祐司にとって丸川美由紀は一晩の過ち、そしてその過ちが情など介さなかった事は明白。
他の女性ならば、この浮気を許したりするのだろうか。
私は絶対に許せない。自分に性欲がないからか理解もできない。
そんな理解できないものに支配され、私を裏切った彼は私にとって得体の知れないゴミにしか見えなかった。
確かに昨晩、裕司が空港に来てくれて救われた。
それでも、この男が相当なクズだと私は知っている。
結局は彼は自分のことばかりで、私を追い込んだ。
入ったばかりの会社を辞めて、彼の妻になるべく準備していた私を損切りした彼は酷い。
祐司は私の氷のような冷たい声色を聞くなり跪く。周りの客が私たちの緊迫した雰囲気を察し注目してて、気まずい。
人の不幸は蜜の味とはよく言ったものだ。修羅場が起こりそうだと人々が好奇の視線を向けてくる。
「真希、ごめん。何度だって謝る。もう、絶対、裏切らないと誓うよ」
「別に良いよ裏切っても」
深刻そうな顔をして私に詫びる彼に私は冷たい言葉を浴びせた。
裏切るも裏切らないも彼は私にとって、既にどうでも良い男。
だから、思いのままに彼を切り捨てる。
「俺を信じて真希」
立ち上がり私の席まで来て、抱きしめる祐司。
周囲の客がチラチラと自分に酔った祐司を見ていた。
彼は今何を考えているのだろう。
自分が捨てた女が、他の男に行ったけれど未練がましく自分の元に戻ってきた。
そんな安い恋愛ドラマの主人公になったような彼を頂上まで連れて行き、思いっきり落としてやろうと誓った。
偽りのソウルメイトから離れ、早いところ北の大地を脱出したい。