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第82話 職歴にもならないわよね。

会社に戻ると松田さんが私を見て意地悪そうに笑った。

「何のトラブルも起こさずカメラマンのフリ出来た?」

その表情と冷たい声色に私は新人イビリにあったことを察した。


 私の格好はどう見てもカメラマンではなかった。

しかも、松田さんは外出した様子もない。

この仕事は彼女が行っても良かったはず。

それなのに、何の説明なしに新人の私を放り込んだ。


 私達の会話が聞こえたのか、向こうから営業の女性が突進してくる。

「ちょっと、松田さん! あんた私の案件、今日入ったばかりの新人に行かせたの? どれだけ、私があのおばちゃん口説くのに苦労したと思ってるのよ」

「中山さん、相変わらずうるさいなー。ヒステリックに耳元で叫ばないでくれる? そんなんだから、男に逃げられるのよ」


 高杉さんをおばちゃん呼ばわりする彼女はアラフォーくらいだろうか。

23歳の私からすれば、あなたもおばちゃんですよと言ってやりたいが口を噤む。


 しかも、何だか松田さんと中山さんは男関連で揉めているようだ。

こんな会話社内でするような内容ではないと思うが、周りはいつもの事だとばかりにパソコンをパチパチしている。


 幾つになっても恋愛できる彼女達を羨ましく思いつつも、そういう喧嘩は裏でするものだと教えたくなった。

 言えることは、私はこの2人が嫌いだ。私を虐めようとしてきた松田さんも、私の能力を低く見て最初から蔑んでくる中山さんも嫌い。

 そして、私が大人しくて何も言わなそうだからと言って、空気扱いしているのもムカつく。


「すみません。私が新人だからコピペのような仕事している松田さん以下の仕事しかできないと思ってますか? これから、店の紹介記事を書きますので私の仕事の結果を見てから批判してください」

 私の冷ややかな物言いに松田さんも営業の中山さんも顔が引き攣る。


 私はいつもニコニコしているが、この女達に気に入られようとは思わない。

むしろ、関わりたくないので山田真希、ハリネズミバージョンで対応する。


「っていうか、新人なのにめちゃ生意気。さっさと新卒の会社辞めた根性なしの癖に!」

 松田さんが私への攻撃に転じる。


 周囲が見ている前で、どんどんパワハラ発言をしてくれれば有難い。

それをネタに私はこのバイトを辞めて、松田さんも追い込んでやる。


 いい年して新人虐めているような人間は地獄に堕ちろ。


 私は今、非常に苛立っていた。

 生まれや育ちを馬鹿にされ、上品を装いながら五十嵐美和子から拒否された。私を受け入れてくれた聡さんから離れ、もう会いたくない祐司に捕まる。

バイトしてお金を貯めようと思ったのに、職場が最低。


 私の新卒で入社した三友商事は、随分ホワイトな企業だったようだ。


 悲惨な管理の保育園、セックス依存症ドクターのいるクリニック、そして、嘘ばかりのこの会社。


 世の中酷い会社や、嘘つきが多すぎだ。私も相当な嘘つきだが、仕事にはプライドを持っている。


「ちょっと、話聞いてるの!」

 松田さんが、パソコンで店の紹介記事を書く私の肩に手をやった。

「痛い! そんな強くつねらないでください」


 私の叫びに、慌てて編集長の若い男性、飯島鉄平が駆け寄ってくる。北の大地でのびのびとヒステリックに振る舞ってきた女に、東京の荒波で生きてきた女のやり方を見せてやる。


「ちょっと、智子何やって!」

(智子?)

 松田さんの手首を飯島鉄平が握った。

松田さんと飯島編集長の視線が絡まる。

どうやら、若き編集長と松田さんは男女の仲のようだ。


 面接で編集長飯島は自分は単身赴任で来ていて、唯一の社員だと言っていた。

つまり、ここにいるのは皆バイト。唯一の社員は東京採用だから、給与が高い。

 周りのバイトは年齢は20代から50代の女性が多い。

さぞかし、彼女達から見て高収入のアラサー編集長はモテるだろう。


 単身赴任は地域採用の従業員にモテるというのは本当のようだ。

それにしても、飯島鉄平は随分とストライクゾーンが広い。

ストライクゾーンが皆無な私から見れば羨ましい限り。


「鉄平、でも、この女が無視して」

松田さんが甘えたような声を出し、背筋に寒気が走った。

男の前で急に甘い声を出す女が私は非常に苦手。私の因縁の川上陽菜を思い出す。

彼女は自分の息子の前でさえハチミツのように甘い声を出していた。



「この女ではありません。山田真希です。原稿できたので確認してください!」

「はやい! 流石、三友商事に勤めてただけあるね」

 私からプリントアウトした原稿を受け取る飯島鉄平。


「でも、前の職場、半年も経たずに辞めたんでしょ。職歴にもならないわよね。私、この子嫌いなんだけど、どうにかならない?」

 猫撫で声で甘える松田智子は編集長の現地妻なのだろう。

 飯島鉄平の腕にオラウータンのようにぶら下がっている。


 そして、ぐぬぬ顔をしている営業の中山が元現地妻。 

 この職場は、小太りのパートのおばさんばかりだが飯島鉄平の後宮のようだ。


 札幌入りしてから気がついたのだが、女性は雪国のせいか丸々した人が多い。

一方、男性はスリムな方が多いのは雪かきをするせいだろうか。もしかしたら、東京の痩せすぎた子達よりも肉感的で男性には魅力的に感じるのかもしれない。



「私、前の会社、男女関係のもつれで辞めることになったんです。やはり、公私混同はいけませんよね」

 私の一言に周りがざわめき始める。正確には私は「男女関係のもつれ」で会社を辞めたのではない。

 フライング寿退社をして、その後、婚約破棄された稀有なパターン。


 私の言葉に飯島鉄平は松田智子の腕を振り払った。


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