「『一流のおもてなしが受けられる素敵な高杉女将のいる素敵酒場へようこそ。
瀬戸内から直送のレモンを使ったまかない丼は北海道の海の幸の旨みをギュッと凝縮!
こんなに美味しいのに千円切っちゃうなんて、高杉じゃなくて安すぎ! 今すぐ行かなきゃ!』」
飯島鉄平が突然、私の書いた『こだわり酒場高杉』の紹介原稿を読み出した。
「凄い。なんか、大人しそうな顔して、随分ノリノリな文章書くのね。でも、コピペの紹介より全然いい! ちょっと、私、行ってみたくなった」
先程まで、私を見下していた営業の中山さんが手をパチパチしている。
「いや、私だって、時間かけてちゃん書けばそれくらいの原稿書けるわよ」
松田は私が褒められるのを納得がいってないようだった。
「モノの1分くらいで山田真希ちゃん書いてたよなあ。これは、若い感性ないと書けないよ」
編集長の飯島さんは松田さんの地雷を踏んだようだ。そして、突然、私と距離を詰めようとしてくるような「ちゃん」呼びに寒気がする。
「こんな。若いだけの子ほめてムカつく。ちょっと、撮ってきた写真見せなさいよ」
カメラバッグを私から取り上げ、松田さんが私の撮ってきた画像を見る。
「写真、超、上手いじゃん。刺身もビールも凄い美味しそう。カメラ、勉強していた事あるの?」
中山さんの言葉に私は首を振った。私はカメラの勉強などした事はない。だけれども、重機材を背負って現れた私を高杉さんはプロのカメラマンと思っていた。
だから、自分の中の知識を引っ張り出して、良い写真を撮ろうとしただけ。
何だか、心が削られるような仕事。
高杉さんが素敵な方で、私は彼女が人として好きになってしまっただけに辛かった。
私は確かに日頃から嘘をついているが、人から嘘をつくように強制されるのは骨が折れる。
「お褒め頂きありがとうございます。でも、私、ここではもう働けません。みなさん見ていた通り、先程も酷いパワハラをされ暴力まで受けました」
私は唇を噛み涙を浮かべる。
このクソみたいな職場で働きたくがない故、辞めるにしても松田も道連れにする。
「辞めるべきは松田さんの方なんじゃないの? いじめにしても、やられた側が辞めるのはおかしいよね」
中山さんの言葉に周りのパートさんが「そうだよね」と同意の声を上げた。
「何なの? ねえ、鉄平、何とか言ってよ」
この小さな空間の中の長、飯島鉄平。
彼は東京では雇われの身分だが、ここでは人事権も握っている。
「山田真希ちゃん、この仕事向いてると思うけれど、本当に辞めちゃうの?」
「はい」
「じゃあ⋯⋯とも、松田さんにはいてもらった方が良いかもね。人員不足だし」
私は目的が達せられなかった事に、心の中で舌打ちしつつ次の一手を打った。
「松田さんと飯島さんは不倫関係ですか? 職場内で公私混同なされているように見えました。愛人である松田さんが増長して大きな態度をとって入ったばかりのバイトを辞めさせた件。私も『レッドグルメ』のファンの1人として、本社に報告させて頂きたいと思います」
「はぁ? 何なの、私と鉄平の事はあんたに関係ないでしょ」
松田さんが私に掴み掛かる。それを慌てて飯島編集長が止めた。
「山田さん、僕と松田さんはなんの関係もないよ。なんか、勘違いさせちゃったかな」
呼び方が「ちゃん」付けから「さん」呼びに変わった。飯島編集長は非常に分かりやすい方だ。
「そうでしたか。でも、周りの様子を見る限り勘違いでもないような気もします。編集長と関係を持った方が優遇されるような環境があったりするのかと勘繰ってしまいました」
「そんな訳ないじゃないか。山田さんは若いだけあって想像力が凄いなあ」
冷や汗を流している彼はここでハーレムを築いて甘い汁を吸ってきたのだろう。
「私が前職を直ぐに辞めたとなぜ松田さんが知ってたのでしょう。面接の時に見せた履歴書を他の方に見せたのですか? 問題のある行動だと思うのですが」
「いや、それは⋯⋯松田さんが山田さんが若いから、勝手に想像したというか⋯⋯」
しどろもどろの飯島編集長。やってはいけない事をやった時のペナルティーを思い出したのか、かなり焦っている。
「そうですか。では、私は今回の暴力沙汰とパワハラの件について本社にご意見を送っておきます。不倫は勘違いでしたね」
「ちょっと待って。お願いだから、本社には黙っててくれないか。本社に戻れなくなったら、困るんだ。嫁に今度、子供も生まれるし」
飯島編集長が私に必死に頼み込んでいるのを、冷ややかな目で周囲が見ていた。
この男、かなり悪さをここでしていたようだ。
「はぁ? 嫁とはずっとセックスレスって言ってたじゃない」
松田さんが相変わらずつっかかってくる。恋をすると、なぜここまで人は冷静さを失うのか。
どうして、客観的に自分は彼にとって「遊び」だったと理解できないのか。
恋愛感情を持たない私には理解できない。
「松田さん、見苦しいですよ」
営業の中山さんが勝ち誇ったように言葉を掛けるが彼女も似たようなものだ。
「とにかく、山田さん。今日の給与は払うし、本社にはコレで」
人差し指を口元に当てる飯島編集長。
地方でモテて自分がモテ男と勘違いしたのだろう。
はっきり言って、私じゃなくても皆が気持ち悪いと感じる表情に鳥肌がたった。
「すみません。山田真希の連れです。迎えにきました」
入り口に祐司が立っている。祐司は私が逃げないように監視してるのだろう。