「もしかして、山田さんの彼氏? 貴方の彼女性格悪すぎです。元の会社も男女関係のもつれでやめたらしいですよ」
私を意地悪な表情で横目で見ている松田智子。
私は勝手に北の大地は大らかで良い人が多いのかと思っていた。
しかし、イメージはイメージでしかない。東京と同じように人を陥れる事に喜びを感じる気持ち悪い女は存在する。
「もつれ?」
祐司が私の表情を窺う。私は俯き表情を見せない事を選択。
「彼女が仕事を辞めたのは俺の責任です。真希が性格が悪い? 本人がいる前で人の性格を悪いと言えてしまう自分の問題と向き合ってください」
祐司はそう言い放つと場を凍らせ私の腕を引き、その場を去った。
タクシーを呼んだ祐司は私を車の中に乗り込ませる。
「あんな会社で働く必要ない。地方ってびっくりする程、レベル低いだろ。ああいう、職場でするのに不適切な発言をするような奴が普通にいるんだよな。びっくりするくらい仕事もできないし」
祐司の見下し方は東京本社にいる三友商事にいる大半の上から目線の意見。
私も地方支社から戻った社員から嫌という程聞かされてきた。
優秀な人間は東京に出てくる。出て来れないレベルの人間と仕事をしなければいけない罰ゲーム。それが地方支社に赴任するということ。
東京本店の人間の共通認識だが、必ずしも東京本店の人間が優れているわけではない。
三友商事の年配正社員にはパソコンさえ良く分からないのに年収だけはガッツリ貰っている人もいる。
仕事ができるから東京にいて収入が良いわけではないのが実情。
彼は人の意見を自分の意見のようにいう癖がある。
実際、彼が東京にいた時より顔色よく働いているのは今の職場に満足している証拠。
地方の程よい緩さは、ぬるま湯家庭で大切に育てられた彼には合っているはず。
「祐司は仕事できるもんね。東京に早く戻れるよ」
「戻りてー。バケツ入りのザンギ食べてながら仕事している奴とかいるんだぜ。仕事中食べるもんかよ。だから太るんだよって言いたくなるよ」
ザンギとは北海道版の唐揚げのようなもの。
「そのザンギ頬張っている方に言ってみたら。どうせ、東京に戻るんだから」
私がニッコリ微笑みながら言うと、祐司が顔を顰めた。
「真希、変わったな。前は⋯⋯」
「八方美人だった?」
「うん⋯⋯」
彼が言いにくそうに言った言葉に私は苦笑する。
親にも捨てられた私は人に好かれたくて八方美人になった。
でも、聡さんと関わって嫌な自分を見せても嫌わないでいてくれる人がいる事を知った。
そんな人を知ってしまうと、別に他の人には嫌われてもいいという気になってくる。
私がずっと、たった1人でもどんな私を見せても好きでいてくれる相手が欲しかった。
そして、今、私は眼前の男には嫌われたい。
私のバイトの終わる時間に待ち構えて確保してくる彼がウザい。
原家のお嫁さんになりたくて、彼の隣を求めた。
でも、今はいらないポジション。
「地方の人を見下していい気になってる祐司かっこ悪いよ。祐司も札幌行きを言い渡されたんだから、同じじゃない?」
言いたい事を言って、祐司を遠ざけようと思った。
「今、俺を遠ざけようとしてるよね。俺、もう、真希を離さないから」
祐司はキメ顔でそう私に告げると、私を引き寄せキスしてきた。
私は気持ち悪さに卒倒しそうになった。
なめくじや幼虫を押し付けられているような感覚。
「やめてよ」
必死に彼の肩を掴み遠ざける。祐司が高揚した顔で私を見ている。その発情した表情も気持ち悪い。どうして世界はこんな気持ち悪いもので溢れているのだろう。
タクシーの運転手ばバッグミラー越しの私達を見ている。
さぞや興味深い安っぽいラブシーン。
「運転手さん、ここで止めてください」
「はい」
止められたのは札幌駅の南口。
北口にあるマンションまではまだ距離があった。
「祐司?」
「ごめん。人が見ている場所で、キスなんかして嫌だったよな」
祐司が私の手を握りながら言った言葉は的外れ。
私も自分の正体を明かしてないのだから、仕方がない。
「違うよ。祐司のキスが気持ち悪かったの」
私の言葉に祐司が余裕の笑みを浮かべる。
(な、何なの?)
「どんな意地悪な事言われても、もう真希の手を離す気は無いから」
祐司の自己肯定感とポジティブシンキングは全て彼の生育環境によるもの。
その身を傷つけるもの全てから母親に守ってもらった人。
駅にある有名店で彼と食べた夕食は味がしなかった。
高杉さんが私に出してくれたまかない丼の味を手繰り寄せる。
「真希、俺たち色々あったけどさ。結婚しよ」
自信満々な表情で私にプロポーズしてきた祐司は私の足元を見ている。
身寄りもなく職もない、一時期アプローチしてきた御曹司も消えた。
そんな私は自分のプロポーズを受けるしかないと思っている。
以前の私なら、喜んで彼の求婚を受けていた。
「無理だよ。祐司」
「無理だなんて言わないで、真希。真希に会わせたい人がいるんだ。家で待たせているから、早く帰ろう」
祐司がまだ食べ終わってもないのに、会計を済ます。
私の手を引き、勝ち誇った表情をしている。
彼は私の事を結構理解していたみたいだ。