「私と聡さんが結婚式体験ってこと?」
雨くんを見るとコクコク頷いていた。
サプライズは最上級のサービスとも言われる。
でも、時にサプライズは人の心を抉る。
私と聡さんは結ばれない。
「せっかく、雨くんが作ってくれた場だから楽しもうかな。私、メイク直ししてきますね」
「う、うん」
私の言葉に聡さんが頬を染める。
これからの私との結婚式体験に心を躍らせているのだろう。
女の趣味が最低な彼は今、私を好きらしい。
ルックスも性格も最低な私のどこを好きになるというのだろう。
お手洗いで鏡に映った自分を見る。
自信満々の川上陽菜の美しい姿が私の後ろで笑っているように見えた。
川上陽菜みたいな二重で切れ長な色っぽい瞳もしていない。
彼女みたいに鼻筋が通っている訳でもない。
頭の中で本当にあったのかなかったのか分からない会話が再生される。
『真希ちゃんてお母さんにそっくりで地味で可愛くない。女の子なのに可哀想ね』
皆の憧れのお母さんの川上陽菜の言葉に、母が眉を下げる。
『本当に私に似て、何の取り柄もない子なんです』
母が川上陽菜に笑いかける言葉が脳裏に響く。
『真希ちゃんって確かに可愛くないかも。だから、いつも良いこぶりっ子して媚び売ってて痛いってママが言ってた。でも、男の子は結局見た目の可愛い子を好きになるんだって』
5歳の晴香ちゃんの言葉に私は傷つく。
『私は誰も好きにならないから大丈夫』
私は口角を上げて微笑んで、泣き喚いている赤ちゃんの晴人くんに近付いた。
晴人くんが差し出した私の指をしゃぶって笑顔になる。
『真希ちゃん、凄い。真希ちゃんは赤ちゃんをあやすのが本当に上手ね。真希ちゃんは将来きっと良いママになるわ』
晴人くんのお陰で私は保育園の先生に褒められ満たされる。私が良いことをしたら、ママの点も上がるはずだ。
手繰り寄せた記憶に吐き気がする。媚びを売る自分に、私を蔑んで川上陽菜の機嫌をとる母。
「私が一番私を大嫌い。性格も顔も汚い。こんなに汚いのに何で好きなのよ」
鏡に映った自分が醜く見える。頭がおかしくなりそうだ。どうして、聡さんは私を追いかけてくるのだろう。彼のせいで、悪魔のような川上陽菜に目をつけられた。雨くんは何も知らないくせに、私と彼にくっつけという。
(拒否されてるんだってば。聡さんのお母さんに!)
お母さんを悲しませてはいけないと子供の頃からずっと思っていた。振り向いて貰えない母の背中をずっと追っていた。
私はお手洗いを出るとホテルの裏口に行き、そのまま空港に向かった。
新千歳空港に到着し、羽田に向かう。成田空港に向かいカナダのトロントのピアソン空港に向かった。
まだ、ワーキングホリデービザも取れていないのに、片道切符で私はどうするつもりだろう。
15時間ものフライトを終えて、ふらふらだ。
イミグレーションでは、日本人女性が止められている。
私は昨今、日本人女性が単身で海外に行く時は売春目的の出稼ぎだと見做されるというのを思い出した。
止められている女性はキャミソールにミニスカート、いかにも売春目的の派手な子。
英語もカタコトで疑われても仕方がない。
私は持ち歩いている渡田さんからの手紙から彼女の宛先を滞在先として記入した。
私の番になり、イミグレーションで渡航目的が尋ねられる。
私は流暢な英語で観光目的であることを伝えた。自分でもここに何をしに来たのか分からない。
ビジターとして入国してしまっては働くこともできない。
頼りになるのは裕司からの指輪を売って出来たお金だけ。
無事にイミグレーションを潜り抜け、極寒のカナダに降り立つ。
私は突然、尋ねても迷惑だろうと思い渡田さんへ「遊びに来ちゃいました」と連絡だけすると、ユースホステルに向かった。
雪が降りしきるカナダの地は寒い。札幌よりも気温がずっと低くマイナス20度。体感はマイナス40度と表示されていた。
聡さんから逃げるためとはいえ、咄嗟に海外逃亡までした自分にびっくりしている。
こんな後先考えない行動をするなんて私らしくない。
私は誰からも想われていないような錯覚に陥り、温もりを求め彷徨い始めていた。
聡さんの母親と祐司の母親から拒否された。突然現れた雨くんも聡さんの意向を優先して私を騙し討ちした。
ユースホステルに行って、とりあえず1泊する手続きをする。
こういった所に泊まるのは初めてだが、割と小綺麗な場所だ。
『今日から、泊まるの? 日本人だよね。僕ドイツから来たんだ。は1ヶ月ここで泊まって楽しんでるよ』
金髪碧眼の若い男性に英語で話しかけられたが、私は手をひらひらさせ彼を無視した。
4人部屋に向かおうとすると、追いかけてきた彼が私の手首を掴む。
『何? 乱暴しないで!』
私の手を引いて彼は客室ではない部屋に私を連れ込んだ。
バスタブがあるこの部屋は浴室だろうか。
『ここは、セックスルーム。女1人で旅してるなんて寂しいんだろ。僕が慰めてやるよ』
彼の言葉に私は全身が硬直するのを感じた。