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第95話 親不孝は地獄に行くレベルの罪。

 ウェスティンホテルのツインルーム。私がシャワーを浴びた後に、聡さんがシャワーを浴びている。

 別にこの後、押し倒されたり辛いことがある訳ではないと私は知っている。

 こんな所まで私を追って来てくれた彼は私を大事に思っているのだろう。

 その気持ちを嬉しく思いながらも、私は彼との関係に一線をしっかり引く覚悟がついていた。


 私と聡さんは家族にならない。私は誰も好きにならない。だから、誰とも結婚しない。

1人も楽しい。気が合う人を見つけて会話をし、その場を楽しむ。ずっといると出てくる弊害もない。

 それは渡田さんが私に教えてくれた生き方。ちゃんとした家族の形も知らないくせに家族が欲しいと思っていた私が間違っていた。


 バスローブ姿で出てきた聡さんが色っぽい。

彼が女性にモテるのは理解できる。だから、私以外の誰かと結婚して私とは友人関係を続けてくれれば良い。


「髪の毛乾かした方が良いですよ。明日爆発してしまいます」

 私は洗面所までドライヤーを取りに行き、彼をベッドに座らせ髪を乾かす。

指からすり抜ける黒髪を見ると、彼もこんな風に私の前から消える1人な気がしてくる。


「真希、ごめん、緊張してる」

私に触れられて、緊張とよりも興奮している聡さん。

「謝らなくて良いです。そういえば、雨くんの家にあったドライヤー10万円以上するものでした。雨くんの収入源って分かりますか?」


「あのマンションは川上陽菜に買わせたみたいなこと言ってたような⋯⋯でも、雨ならホストでもやればいくらでも儲けられるんじゃないか?」

「ホストなんかやってるんですか? 雨くんは⋯⋯」

「いや、知らないけど⋯⋯」

「雨くん、善悪の区別がついてない気がします。もっと、ちゃんと見ててあげて欲しいです」


 私は自分で言いながら、そんなことをする義務は聡さんにはないと気がついた。

彼は大企業の御曹司で本来なら私や雨くんなんかと関わらなくて、幸せな人生が約束された人。

だから、彼の母親は私を遠ざけようとしたし、私もその気持ちを理解して離れようとした。


「確かにな。盗撮とか盗聴はダメだよな。でも、そのおかげで真希を捕まえられたし、雨は何の罪もない人を陥れるような真似はしないと思う」

 聡さんは雨くんに部屋を盗撮され続けてたと知った時も怒らなかった。

本当に大らかなおぼっちゃまだ。


 「それより、真希。なんで、突然消えたんだ? 俺の母親に嫌なこととか言われた?」

 聡さんは私が嫌な事を言われたくらいで消えるメンタル豆腐な女だとでも思っているのだろうか。


「私じゃなくて、身内である母親に聞いたらどうですか?」

「夜パフェ食べた後のことは分からないって」

「食べてませんよ。自分の親子問題をまず解決してください」


 乾いた聡さんの髪を撫でて、ドライヤーを切る。


「親子問題って?」

 私は聡さんの頬を包み、目線を合わせる。

「自分の連れてきた女は、きっと認めてくれる母親だと思ってるんでしょ」

「えっ?」


 聡さんは本当に彼の母親を信じている。

 彼の母親は彼のやりたい事を今まで好きなようにやらせ、愛情を注いで育てたのだろう。

聡さんからは言われた言葉をそのまま受け取る「育ちの良さ」を感じる。

(祐司と同じだ⋯⋯)


 聡さんと彼を想う母親の仲を引き裂きたい訳じゃない。

「親不孝は地獄に行くレベルの罪」だと思う。聡さんのように愛された子は親を悲しませない未来を選ぶべきだ。

 彼が当たり前のように享受している富や愛は決して当たり前のものじゃない。


「このマザコンが! 私、マザコン男とは結婚できません。東京帰って仕事して、1人で生きて行こうと思います」

「俺がマザコン? 初めて言われた。とにかく少しはトロント観光しない? せっかく来たんだしさ。俺、カナダに来たの初めてなんだけど」

 確かにロングフライトをしてここまで来て、トンボ帰りさせるのは可哀想かもしれない。


「私、行きたいところあるんですけれど、付き合ってくれますか?」

 私の言葉に聡さんの顔がぱあっと明るくなった。

「もちろん。真希が行きたいところに行ってみたい」

言葉の端々、表情から彼が私を好きだと伝わってくる。


「もちろん。どこどこ?」

「それは行ってからのお楽しみです」

聡さんが嬉しそうに笑っている。私もそんな彼を見て心があったかくなる。

彼とは結婚しないけれど、この友情関係は続けていきたい。


「 男女の友情は成立するか」かなんて、まるで永遠のテーマのように語られる。

そんなものは私にはよく分からない。友情と恋愛感情の違いが性欲の有無ならば、欲に溺れずお互いを尊重する友情の方が尊いものなのではないだろうか。


そんな自分に都合の良いことばかり考えていたい。

私は聡さんを男として見ていない。ただ、私を受け入れてくれる一緒にいたい人として必要としていた。


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