エキシビジョンというトロントのハズレの駅で降りた先で、私達はメディーバルタイムズというディナーショーを見に来ていた。
手掴みでチキンを食べながら、中世西洋の騎士に扮した男たちの戦いを見るという割とシュールなショー。
私はトロントに向かう機内でいろいろ調べていたら出てきた、エッジの効いたショー。
しかしながら、オペラやミュージカルといった観劇鑑賞を好む渡田さんに、少しキワモノなショーが見たいとは言えなかった。
そんな訳で今、聡さんを伴って私は珍しいショーを見にきている。
大学時代、海外に行ってニューハーフショーやストリップショーを観てきた友人の話を聞いたりしていた。
私はその度に言いようのないモヤモヤしたものを感じた。
性を売りにして、それを面白がっている人の話を聞くのが苦手。
子供っぽいかもしれないが、「戦い」を見るのは昔から好きだった。
そういうところも女の子っぽくない私。だからと言って、男っぽくもない。
私は、男でも女でもない人間としての私に好意を向けてくれる人である聡さんが好き。
好きな人との結婚ができると彼との結婚を夢見た日もあるけれど、彼の母親が現実に引き戻してくれた。
彼は私と関わらなければ、子供を持って両親を喜ばせることができる。
競技場を前にスタンド席のような場所で、チキンが並べられ私達はその前に座る。
頭に紙で作った王冠を被り準備はできた。
「待って、手掴みで食べるの?」
「中世西洋の設定ですからね」
聡さんの問いかけに私はニッコリと微笑んだ。
大学時代に友達が男の子の前で大きい口を開けるのが嫌だから、ハンバーガーとかは食べられないと言ってたのを思い出した。
そういう女の子を演じることはできるが、聡さんの前では私はしたい事をする。
大口を開けてチキンに齧り付く私を聡さんはじっと見ていた。
「これ、さっきまで生きてたニワトリとかじゃないよな」
「流石に違います。さっさと食べたらどうですか?」
聡さんも結構天然だ。
メ ディアに出てくる御曹司はスカしたやつが多いが、私の知る限り裕福な家の子は聡さんのような純粋な人が多い。
ふとした時に感じた疑問をコロッと漏らしても、周りは微笑ましく見てくれる。
そんな幸せな時間を幼い頃から過ごしてきた人達だ。
目の前に馬に乗った騎士に扮した俳優さん達が出てくる。
剣で戦う彼らを見る私達は応援するチームが予め決まっている。
「赤チームが勝ったら雄叫びをあげましょう」
「そういう担当? 俺、赤チームには何の思い入れもないんだけど」
「私達、同じチームですよ。一緒に応援したくないですか?」
微笑む私を頬を染めて見つめてくる彼は私を女の子として好き。
何もかも持っている彼は女の趣味だけは悪いらしい。
そして、私は女として見られるのは嫌な癖に、女として気を引くやり方は知っている。
本当は完全に男友達のように自然に接したいのに、女としての自分を彼に見せるのは遠くまで私を追ってきた彼へのご褒美。
苦労に対する対価がないと人は離れてしまう。
私があざとく計算しまくっている事なんて、隣にいて雰囲気を楽しみ始めている彼は気づいてもいないだろう。
「真希、俺たちのチーム勝ったな。なんかメチャクチャ楽しかった。でも、なんで最後は白兵戦?」
ディナーショーがあると彼が抱きついてきた。
ショーは馬に乗って戦っていたけれど、なぜか最後は馬から降りて戦った。
「その方が面白いからじゃないですか? 最後は人と人との戦いなんです」
「なんか、深い! 流石は真希。カナダってロッキー山脈しか来た事なかったけれど、こんなところもあったんだな。トロント面白い」
人種のモザイクと言われるトロント。少しいただけれど、私はここに居心地さを感じていた。
様々な人種の人が行き交う都会の風景は東京とも違う。堂々と男同士で手を繋いでいる人達もいた。
「私、聡さんとは結婚しませんが、この先も男とか女とか関係なく人として関わっていきたいです。人として聡さんが好きなんです」
彼の母親、五十嵐美和子は私の存在を嫌がるだろう。
それでも、聡さんとの縁を切りたくない。
「俺は真希と結婚したい。真希が好きだから。真希の嫌がる事はしないよ。それでもやっぱり無理?」
私の嫌がる事とは、結婚すれば望まれる子作りの性交渉。彼といる為なら我慢できそうだけれど、私が彼と結婚できないのはそれだけではない。
私達の結婚を彼を愛する家族が望んでいない。
「無理です。1人で生きていきたいんです」
「そっか、分かった。とりあえず、マザコン直してから出直すわ」
私は聡さんを甘く見ていた。なぜ、彼が私などに執着するかは不明。
しかし、あらゆる私が与えた情報から、彼は私がなぜ彼と結婚できないかを割り出していた。