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第98話 盗聴はダメだろ。(聡視点)

 雨に掛けても、真希に掛けても無視される電話。

いっそ札幌に行った方が良いのかも。

俺は予定の詰まった仕事を全てキャンセルして札幌に向かう事にした。


 羽田空港で母に連絡する。

「もしもし、真希が札幌にいるみたいだから行こうと思うんだけど、真希は本当に行き先とか何も言ってなかった?」

「札幌? 何でそんな遠くまであんな子を追うのよ。聡と山田真希さんじゃ釣り合わない。孫の顔を見させてくれないみたいな事を平気で言う自分勝手な子のどこが好きなの?」

 母はいささか興奮気味。それよりも、俺が自分が結婚したいと連れて来た女を「あんな女」よばわり。


「自分勝手な子? 真希とは程遠いよ⋯⋯自分勝手に生きられない子だよ。母さん、本当にサシで話したの?」

 真希は自分勝手の真逆にいる子だ。

自分勝手なのは俺の方。イガラシフーズの後継としてのプレッシャーもない次男坊。

今まで好き放題やってきて、表の仕事として弁護士にはなったが裏では『別れさせ屋』をしていた。


 真希は彼女のトラウマゆえに浮気男とビッチ女が許せない。

それゆえに当事者を社会的に抹殺するような極端な方法で『別れさせ屋』の業務を遂行してきた。

それでも、彼女をずっと見てきた俺には分かる。


 彼女の行動はいつも自分と同じような苦しい思いを他の人にはさせたくないという意識に基づいていた。

保育園不倫という彼女のトラウマを蘇らせるような仕事を与えた時も、自分と同じ立場だった漆原茜の娘にとって一番良い選択をした。


 真希は非常にドライな人間だと自分を見せていて、彼女自身もそう思っている。

しかし、実際は非常に情深い繊細で傷付きやすい人だ。

 辛い経験をしてもやさぐれず自分の人生を探り続けた彼女は、自分が思っているより人に優しい。


 俺はそんな不器用で優しい彼女を好きになった。


「あんな子と話したくもない。山田真希さんのこと調べたけど、両親はダブル不倫で蒸発してるのよ。父親の方は不倫相手に殺されたみたいじゃない。そんな育ちの悪い子と親なら近付けさせたくないって分かるでしょ」

「真希の事、随分調べたんだね。で、母さんは真希と本当にちゃんと話したの?」

「話す必要なんてない! あの子は聡には相応しくない!」


 強い言葉を発して母は通話を切った。


 親がダブル不倫の上に殺されたとか、真希に何の罪があるのだろう。

親の不倫のせいで経済的にも精神的にも苦しい思いをしてきた彼女。

 足枷のようなものをつけられながら、いじらしくも朗らかに幸せを求める。


 そんな彼女を俺は好きになった。


 最初は自分に落とせない女などいないはずと、彼女に固執した。


 でも、彼女と向き合うにつれて、その内に秘めた強さと優しさに強く惹かれた。

一生苦しむかもしれないものを抱えた彼女を支えたいと強く思う。

一緒にいると楽しいから一緒にいるという軽い理由しか彼女には伝えられない。


なぜなら、俺が彼女を女性として愛していても、彼女はそれに応えられないから。

 親が反対するような相手と結婚して上手くいったケースを俺は知らない。

俺と真希が結婚しても、将来的に問題が沢山出てくる事は俺にも分かっている。



 真希がアセクシャルだと明かして、子供を産まないと告げた時に母が顔を顰めたのには気がついていた。

でも、何だかんだ俺の選んだ子だから応援してくれると思っている自分が甘かったのだろうか。

 兄が子供が3人もいるから、俺が孫を見せる必要はないと思っていた。


 家業は継がない、孫の顔は見せない、反対されても好きな子と結婚したい。

自分勝手なのは真希ではなく俺の方だ。母と真希の間に何かあったのだと俺は推測した。

「お願いだ。雨、でてくれ」

俺は祈るような気持ちで、桐島雨に電話をかける。



「聡さん、シツコイ! 俺のこと暇人と思ってるでしょ」

「思ってない。雨が今、忙しくしていることは分かってる。でも、これだけは聞かせて、何で真希の居場所を雨が知ってるの?」


 雨は今、川上陽菜を超えるシステムを作ろうと必死になっているのは想像がついた。


一緒に住んでいると、彼が何をやるにも徹底的にこなす完璧主義だと分かる。


 大雑把でざっくばらんな明るいキャラクターは彼が自分が生きやすいように作っている姿。

 『別れさせ屋』をする上でも、年上の女を落とさねばならなかった彼。

 神経質で少しのズレも許せない男より、ハンカチを丸めてポケットに入れる男でいた方が受けが良いと気がついたのだろう。



 実際の彼は非常に神経質で、洗面所に少し落ちた水滴さえ許せない。

『別れさせ屋』として仕事をしていた時も、徹底的に相手を調べ抜き包囲網を引いて相手を落としていた。

有言実行の彼が『HARUTO』を超えるシステムを作ると言ったら、寝る間も惜しんで最速で完璧に作ってくる。


「そんなの、盗聴してるからに決まってるでしょ?」

「ちょっと、待って、盗聴って!」

「今、きりが悪いから切るね」

雨は通話を切ってしまった。かつて、俺は彼の境遇を考え自分の部屋を盗撮されていた事について注意しなかったことを後悔した。


(盗聴はダメだろう⋯⋯)







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