「盗聴してたよ。落ち着くんだもん。真希姉ちゃんの声。まあ、美和子ママの声は雑音だったけど」
雨の鋭い視線から察するに俺の母は真希に酷い事を言った可能性がある。
「2人の会話。ログとかあるなら、聞かせて欲しい」
用意周到な雨が記録を取ってないわけがない。俺の期待を嘲笑うかのように雨はため息をついた。
「聞かせたところで何の意味があるの? マザコン坊ちゃんはママは自分の為にこんな事を言ったって考えるだけ。絶対、聞かせねーよ」
雨の睨みつける目に俺は驚いてしまった。
彼と俺は真希と彼の10倍以上の時間を過ごしている。
沢山、楽しい思い出もあったはずなのに、彼は俺より真希の気持ちを優先した。
「真希の居場所を教えてくれただけで嬉しいよ」
俺の言葉に戸惑ったように雨は目を泳がす。本当に何を考えているか全く分からない男。
ただ、真希に対して特別な思い入れがある事だけは分かった。
「追っかけてもいいけど、これ以上真希姉ちゃんを傷つけないで。聡さん、美和子ママと巻き姉ちゃんが違う事言ってたらどちらを信じる?」
雨の不安そうな表情をはじめてみた。
負の感情を頑なに見せようとしない彼。
淡々とターゲットを落とす様に、彼は人間的な感情を持たないサイコパスなのではないかと思った時もあった。
「俺は真希を信じるよ。真希が明日、地球を破滅させる宇宙人が現れると言っても信じる。真希がそんな事を言う理由を考えるよ」
俺の言葉に雨は目を潤ませた。
真希を幸せにしたいが、俺は彼にも幸せになって欲しい。
乳児で赤ちゃんポストに捨てられ、自分の母親を警察に突き出した彼。
女の扱いに離れているように『別れさせ屋』を演じていたが、彼は楽しんでいるように見せて冷めていた。
冷めていたと言うより、実は抉られていたのではないかと気がつけたのは真希が現れてから。
「信じるよ。聡さん。真希姉ちゃんはどこまでも貴方から逃げるよ。でも、追いかけて上げて。本当に嫌いだから逃げてるんじゃない。捕まえて欲しいから逃げてるんだ」
「雨がそう言うなら、拒否されてないと信じて追いかけるよ。ストーカーとして通報されても、諦めない」
「ありがとう。聡さん」
真希を追う決意する俺をみて安心した顔を浮かべる雨。
真希を想う気持ちで、彼に負けた気がしてモヤモヤする。
GPSで真希の後を追う。
成田空港まで追ったところで飛行機に乗ったのが分かった。
「まじか⋯⋯」
今までにはないスピードで太平洋を横断する真希。
俺の存在は彼女にとって逃げたくなるくらい迷惑な存在なのかと落ち込む。
(「捕まえて欲しいから逃げてるんだ」)
雨の言葉が蘇り、俺は成田空港の待合ベンチでひたすらに真希の行き先を追っていた。
空港で夜を明かすという、異例の状況に疲れ果てながら真希の行き先を探る。
「ピアソン空港? カナダのトロント?」
知り合いでもいるのだろうか。スマホで調べれば現在のトロントはマイナス20度。
逃げるにしても、随分と寒い場所に行ったものだ。きっと彼女の元に行けば拒否される。
仕事も休んで、自分を拒否している女を追いかける自分が笑える。
でも、追わずにはいられない。好きとか嫌いとか以前に何の前触れもなく消えた彼女。
気がつけば札幌に逃げていて、雨曰く元カレと一緒にいたらしい愛おしい人。
俺には全く理解できない。一途に想う自分より浮気した原裕司を頼る彼女が理解できない。
感情に流されるような女ではないと分かっているが故に、行動には意味があるのではないかと考える。
俺はトロントに向かう機上で、後ろめたさも感じずつも盗聴アプリを起動しイヤホンをした。
『もう、消えちゃいたい』
真希の聞いたことのないような悲鳴のような声が聞こえてくる。
本当に俺は何も分かってなかった。
なかなか落ちない彼女が気になり、彼女の芯の強さといじらしさと不思議な魅力に惹かれた。
でも、俺の中の山田真希はいつも強気で弱音を吐かない。でも、俺のいないところで彼女は別の人間に弱さを見せていた。
やっと出会えた彼女は俺を拒絶。
母と何を話したかを聞いても、答えてくれない。
おそらく彼女を傷つけるような言葉を母は言った。
そんな事、気が付いていたのに俺は母から何が何でも聞き出そうとしなかった。
真希にマザコンと言われたのはそういう所だろう。
俺の中で、母は俺の行動を絶対的に応援してくれる人。
そして、雨が俺は真希に相応しくないと言ったのも俺がマザコンだから。
母が真希を傷つけて追い出したと薄々気が付きながらも、その可能性を頭で消していた。
『自分の母親は人を傷つけるようなことを絶対に言わないし、どんな時も俺を応援してくれる』
自分の中の出来上がった母のイメージを崩さない俺に真希も雨も呆れたのだ。