タクシーに乗ってピアソン空港に向かう車内、聡さんは五十嵐美和子から私を守るような事を言って来た。
別に彼女は私を虐めようとして来たのではない。ただ、大切な息子に私のような捨て猫が近付くのが許せないだけ。
「マザコン直して、出直してくれなくて結構ですよ。私、五十嵐家には嫁ぎたくありません」
五十嵐家と食事をしていた時の違和感が私の中で明白になる。
聡さんと離れ札幌に行った時は、もっと上手くやって家族になって仕舞えば良かったと思った。
でも、五十嵐家は私が求めてる家族ではない。
お育ちが違う私を身内に引き入れたくないというのがヒシヒシと伝わって来た。
あの疎外感は消えることはないだろう。
そして、聡さんは鈍感過ぎて、あの嫌な雰囲気にも気が付いていなかった。
彼の母親だけではない。彼の父親も兄も自分の身内になるとなると、私を見定めるように見てきた。
名家である五十嵐家の一員になれるかどうかの品定め。
「それはどうして? 俺がマザコンを直すって言ってるのに」
聡さんは何も分かっていない。
結婚とは当人同士だけではなく家同士の契約。
五十嵐家は私を見るなり、自分達に相応しいかどうかじっくりと見てきた。
その間、私は彼らのデリカシーのない質問をし出した。
私は聡さんの父親と兄には良い印象を持っていたが、それは三友商事の新人で社内結婚をする私が他人だったからだ。
自分達の身内に引き入れると思った途端、冷ややかな視線を隠さず私を減点し断る理由を探すのに必死な人達。
私は確かに名家の生まれでもなければ、両親もいない。でも、私にも新しい家族を選ぶ権利はあるはず。
聡さんは御曹司とは思えない気さくな人だが、彼の家族は隠しきれない特権階級の傲慢さを持っている。
「1人で生きるのも悪くない」という渡田さんの言葉が、私の精神を冷静な状態に戻してくれた。
聡さんという気の合う居心地の良い人を見つけて、少し浮き足立っていたかもしれない。
彼と家族になれたらどれだけ楽しく幸せだろうと言うのは甘い考え。
彼と家族になるという事は五十嵐家の嫁になる事。
「星がついているような美味しいフレンチの味が思い出せないんです。一緒に食事して美味しいと感じる人達と家族になりたい。私だって五十嵐家を見てたんですよ。私にも選択肢はあるんです」
「⋯⋯俺の家族、確かに失礼だったよな」
「私の家族として不採用です。あんな人を見下しているような家族といるなら、1人で生きる方がずっと幸せです。私にだって選ばせてくださいね」
聡さんがやっと銀座のフレンチレストランの会話を思い出したようだ。
五十嵐家は家族仲が良いのだろう。あの時の聡さんは弁護士の五十嵐聡でもなく、結婚したい相手を紹介するのに緊張しているわけでもなく、ただの息子になっていた。
だから、私があの場で息が詰まりそうな疎外感を覚えてたなんて気付きもしなかったのだろう。
「自然体で良かったと思いますよ。初対面の時とは違う五十嵐社長とお兄様も見られました。お母様も含め、私を受け入れたくないという気持ちを全面に出してたと思います」
取り繕わない彼らを見られたのは、私が舐められてたからに過ぎない。
「ごめん。ちゃんと注意しておくよ」
聡さんが眉を下げて詫びてくる。彼に謝られる程、私は虚しくなる。
彼と私は偶然のように出会って、一緒に住んだりして、宿敵を倒して急激に仲良くなった。
だから、私は彼と家族になれるなどとありえない夢を見てしまった。
冷静になれば、住む世界が違う。
そして、私が聡さんとの関わりを捨てたくない以上は、彼の家族を批判するのもここまでにした方が良い。
聡さんは私と違って家族が大好きなのだから。
「この話はここでお終いです。もう、これ以上話したくもありません」
空港に到着するまで聡さんも私も無言だった。
「聡さんも日本に帰るんですか?」
「帰るよ」
レトリカルクエッションだ。
彼は私を連れ帰りに来たつもりなのだから、目的を達成したら帰国するに決まっている。
突然休んで仕事だって滞ってるはず。
「成田で良いんだよな。真希とこれからも一緒には住めるんだよな?」
「ふふっ、何を言ってるんですか? 恋人でもない、家族でもない男女が一緒に住める訳ないでしょ。私は自分の家に戻ります」
私の言葉に聡さんが目を丸くした。
私は彼を「男」として見ていない。「人」として見ている。
それでも、私が彼と一緒に住んでいたら、彼の家族は嫌がるだろう。
「女」の私が彼の側にいたら、いつまでも大事な息子が「正しい結婚」をできなくなる。
「真希、東京戻ったら、仕事は? 良かったら、俺の事務所に来ない?」
「行きません。もう、新しい就職先が決まってるんです」
「俺との繋がりを断とうとしてない?」
聡さんの問いかけに胸が苦しくなる。
「友人ってそういうもんではないですか? 同じ家に住まなくても、一緒の仕事をしなくても、思い出した時に一緒に食事したりしましょ」
私は口角を上げて笑顔を作ったつもりだったが、私を見る聡さんの瞳には寂しそうな私の姿が映っていた。