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第102話 盗聴してたよね。

 私は日本に帰国するなり、後ろ髪をひかれつつも祖父と一緒に住んでいた家に戻った。


古いけれど駅からも近い戸建ての一軒家。

更地にして売ってしまえば、5000万円くらいにはなりそうだ。

それで、家賃13万円くらいの物件を探した方が良い。


脳裏によぎった考えに、首を振る。

私はこの家を売る事は無理だ。

結局、誰もいないのに無駄に和室の多いこの家に帰ってきてしまう。

私に唯一無償の愛を注いでくれた祖父の家を売る事はできない。


しばらく誰もいなかったからか、古い建物だからか埃が溜まっている。

木造建築だからか、廊下の木も古びて軋んでいる。

そのうち、床が抜けそうだ。

「えっ?」

私は思わず固まった。

どこから入り込んだのか、蜘蛛が壁にいる。

糸をまだ張ってなかったから、良かったと私は蜘蛛をそっと摘み庭に出した。


「同居人として迎えてあげられなくてごめんね」

虫は苦手だ。猫や犬を飼う気にはなれない。

ペットを飼う事で埋められるような孤独でもない気がする。

自分の面倒を見るのが精一杯だし、『可愛い動物』の特集を見るだけで十分。


ここに1人になると短かったけれど、聡さんと雨くんとの賑やかで楽しかった。

私は流石に盗聴していた事を抗議しようと雨くんに電話を掛けた。


ワンコールで出た雨くんは寝ぼけたような声をしていた。


『もしもし、真希姉ちゃん?』

『ごめん、寝てた?』

『大丈夫』


きっと、川上陽菜を越えるシステムを作る為に徹夜していたのだろう。

真昼間に出すような声じゃない。


『雨くん! 私、怒ってるんだけど!』

『えっ? 今、謝ってなかった?』


雨くんは寝起きの悪い子のようだ。頭が回っていないのが丸わかり。


『盗聴してたでしょ。ダメだよ』

『ボールペン、うちから勝手に持ってったのは真希ちゃんだよね。それは盗難じゃないの?』


私は雨くんの言い分に絶句してしまった。

確かに彼の言う通りだ。

『マキ』というハンコがついていたからって、自分用のものだと思って勝手に持って来てしまった。


『それより前から私のこと、盗聴してたよね』

『聡さんから聞いたの?』

かまをかけたら、雨くんはあっさり引っ掛かってくれた。


『聡さんは関係ない。もう、あの人と会う事はないと思う』

約束をしてお茶でもする間柄でもなかった。

私達の関係を説明するのも難しい。

恋人ではないので、友達なのだろう。

でも、親兄弟から付き合いを反対されるような友達はいない方が良い。


『真希姉ちゃんがそれで良いなら良いよ』

雨くんの言葉に私は溜息を吐いた。

(勝手に私と聡さんをまた結びつけようとした前科がある癖によくいうわ)


『でっ、どこに盗聴器仕掛けたの? もう、ないよね』

ハンコ付きボールペンも分解して盗聴器を壊したし、スマホもチェックした。

カバンの底などに何か仕掛けられた様子もない。


『ないよ。婚約指輪に仕掛けてたから?』

『婚約指輪? 売ったけど?』

『知ってる。正しくは、婚約指輪のリングボックスに仕掛けてた。あのリングボックスは捨てられたよ』


私は質屋に祐司からのプレゼントの婚約指輪を売った時の光景を思い出す。

確かに濃紺のリングボックスに指輪をセットしたまま売ったはずだ。


『真希ちゃん、バッグに入れたままだったからリングボックスに年季入ってたんだよ。だから、綺麗なリングボックスに入れられ婚約指輪は今180万円で売られてます!』

『聞きたくなかった。何も信じられない⋯⋯』

名前が彫ってあるだの指摘して80万円で買い取った質屋が憎い。


『お金が欲しいなら、コールセンターの主婦に夢中だった大学生に売れば良かったのに。あの子なら、馬鹿っぽいしブランドに飛びついて100万円くらいで買ってくれたよ』

『⋯⋯本当にずっと盗聴してたんだね。それ、犯罪だから。泥棒の3世が許されるのは漫画の世界だけで、犯罪者の2世は現実では許されないよ』


私の言葉にしばらくの間がおとずれる。

『もしかして、俺の事、心配してくれてる? 大丈夫だよ。気が付かれなければ罪にならないから。現に陽菜さんも3人も殺してるのに、俺が売らなきゃ警察は気が付かなかったじゃん』

雨くんの言う通りだが、そう言う問題ではない。

やはり、彼は道徳感が欠如している気がする。


彼は川上陽菜のような自己愛の塊ではない。

むしろ逆だ。彼は自分の価値がないように振る舞う。


『私の事、盗聴していたのは私が心配だからだよね。心配なら一週間に一回は電話する。だから、犯罪まがいの事はしては駄目。私が嫌なの』

『なんで?』

『この世界で唯一血が繋がっている弟には幸せになって欲しいからだよ』

私の予想が確かなら、雨くんは自分に価値は見出せないが私の事を守ろうとして大切にしている。

彼は私に幸せになって欲しいと思っているから、私のこの気持ちも伝わるはずだ。


『分かったよ。真希姉ちゃん』

本当に言うことを聞いてくれるかは分からないが、私の弟は穏やかな声で「悪い事はしない約束」をしてくれた。


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