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第104話 俺も同じだよ山田真希さん。

「おはようございます」

猫背で髪をひとつ纏めにした紺スーツの女性が入ってくる。

ネイルもマツエクもバッチリ、アラフィフでもキラキラ女子の百合子さんとは対極にいる人。


「今日からお世話になります。山田真希です」

私が頭を下げると女性は顔を上げた。

(えっ?)


「沢田法子です。何の役にも立たないかもしれませんがパラリーガルとして働かせて頂きます」

彼女には見覚えがあり過ぎた。


イッツアスモールワールド!

本当に世界は狭くて嫌になる。


彼女はマリアさんの寄りを戻したパートナーだ。

私が驚いたような表情を見せているのに、彼女の表情は変わらない。

もしかしたら、空港で一度挨拶した私のことなど忘れられているのかもしれない。

元々、私は特徴のない忘れ去られやすい顔をしている。


「沢田さん! ハンズアップ! 今日、新しく来た山田真希ちゃんにもっとアピールして」

私は唐突な百合子さんの言動にあたふたする。

明らかに沢田さんはそんな冗談に上手に対応できる人ではない。

でも、私は人付き合いをテクニックで潜り抜けられない彼女に交換を持った。


「ハンズアップ?」

沢田さんは目を白黒させながら手を挙げる。

商社勤めの人間は当たり前に対応できる。

私も例外ではなく、この寒いギャグに対応できるだろう。


しかしながら、戸惑っている沢田さんに私は好感を持った。

コミュ力というのは就職活動でも生きていく中でも重要。

私はその力を最大限に生かして来たつもりだが、器用ぶったそのやり方に辟易していた。


「沢田さん。今日から一緒に働く山田真希です。宜しくお願いします」

私の言葉に沢田さんは首を傾げる。

私は彼女を引き寄せ耳元で囁いた。


「マリアさんお元気ですか?」

「へっ? なんでマリアの事を!?」

私は自分が印象の残り難いモブ顔だと分かっている。

思わず苦笑いが漏れた。

私にとって彼女はお世話になったマリアさんのパートナーのして脳裏に刻まれた。

でも、彼女にとって私は通り過ぎる1人でしかない。


「ようやっとメンバーが揃ったわね。今日は今から弟が来るからお楽しみね」

百合子さんの言葉に沢田さんが苦虫を潰したような顔をした。


「苦手ですか?」

聞こえるか聞こえないような声で囁いた私に沢田さんが反応する。


「苦手です。城ヶ崎所長って、いかにも陽キャですよね」


沢田法子のカテゴライズに私は嫌悪感を感じた。

カテゴライズされるのが苦手だ。

私を世界から弾き出す動きのようで黙ってはいられない。



「陽キャが苦手な沢田さんは陰キャですか?」

カテゴライズ返し。

初対面の時に挨拶した彼女よは快活で溌剌としていて陰キャには見られなかった。


私の言葉を聞くなり沢田法子は薄く笑って自分の席につく。

(えっ? 何なの?)

私を子供扱いしているような、百合子さんも小馬鹿にしているような態度にイラッとくる。



「法子さん、山田真希ちゃんはネットも得意でコミュ強だから戦力になるわよ」

「⋯⋯はい、その辺期待してます」


口角を上げたわざとらしい笑顔。

私はこの空間の中で、私が一番舐められている事に気がついた。


数分も経たない間に、エレベーターの到着音がなる。

随分と見目の良い堂々とした男がやって来た。


「慎一郎! ちょうど良かった。今日から勤めてくれる山田真希ちゃん」

私を見るなり、その男は顔を歪ませる。


「ああ、姉さんの言ってた子ね。商社に勤めて、寿退社したけど直ぐに婚約破棄された子でしょ」

私は男の言葉に少なからず傷ついた。

彼のいう通り、私は祐司との結婚が決まり浮き足立っていた。

せっかく決まった大手商社の正社員の地位を捨てられるくらい、原裕司との結婚は理想的だと思っていた。


「そうなんです。婚約破棄された上にしつこくして『別れさせ屋』まで使われてしまったんです。痛い女子の代表山田真希です」

震える唇を噛み締めながら自己紹介する。

何ひとつ嘘はない。私は本当に痛い女。


「真希ちゃん?」

私を心配するような百合子さんの声に居た堪れなくなる。


「さっきのコーディアル美味しかったですね。私、追加を買ってきます」

まだ3階にいるエレベーターの扉を開くボタンを押して開ける。

私はそこに駆け足で入り、口角を挙げると手を振った。



初めての街でショッピングモールがどこかも分からない。

見上げればタワーマンションばかりで、商業施設があるようにも思えなかった。

「こっち」

突然、手首を握られたかと思えば、先程私に不快感を与えた百合子さんの弟だ。


「すみません。ショッピングモールなんて調べれば自分で行けます」

「知ってる。でも、俺があんたと話したかったんだよ。山田真希さん」


美貌の百合子さんの弟とだけあって、涙ぼくろが色っぽい美しい顔をしている。

だけど、私にはそれだけでときめいたりもしない。

ただ、絵画を見るとの同じように彼を美しいと思っている。


「俺に興味がない女って初めて見たわ」


顔をくしゃっとして笑う百合子弟。

きっと美しい顔の彼の無邪気な姿にドキッとするのが女。

私は女にカテゴライズされても、不良品。

だから、ときめかないし、ただ彼のモテ男ムーブを哀れに思うだけ。


「そんな顔で見ないでよ。俺も同じだよ山田真希さん」

射抜くような彼の瞳に私は呆然と固まるしかなかった。


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