「何一つ同じなものなんてないと思いますよ」
目の前の男の言葉に苛立ちが止まらない。
私は人と同じではなくて苦労してきた。
そもそも、人は皆違うのに男を愛せない女がここまで爪弾きにされるのはなぜだろう。
「俺はゲイです! 現在カモフラージュ婚してくれる子募集中! こんなイケメンなのに独身です」
歯を見せてニカっと笑う男の言葉が本当かも分からない。
ゲイがどういう男かは分からないが、ファッションに目ざとかったり筋トレに勤しんでたりするイメージはある。
「嘘くさい⋯⋯」
彼が私をアセクシャルだと見抜いてたとでもいうのか。
姉に比べれば頭も良くなさそうで軽薄な印象さえある。
「どっちが? ゲイって事? 独身って事?」
「ゲイって事に決まってますよね。結婚しているかどうかなんて、私は貴方のお姉様を知っているのだからすぐ分かりますよ!」
ふと我に帰ると、私たちは人通りの激しい歩道にいた。
タワーマンションに囲まれても影にはならない。
ここには沢山行き交う人々がいる。
「結婚をした事はあるよ。お見合い結婚。城ヶ崎トラベルホールディングズの跡取りとして必要な結婚だった。でも、上手くいかなくて最近離婚しちゃった」
もしやとは思っていたが、城ヶ崎百合子さんは国内大手旅行会社の令嬢だったらしい。
そして眼前にいるイケメンアラサー男は大企業の御曹司だ。
「馬鹿らしくなった? まさか百合子さんが離婚して自由になっているのだから、自分も自由になりたかったとかそんな理由じゃないですよね」
「山田真希ちゃんってエスパー。その通りだよ。どうして俺だけがレールの上を歩き続けなければならないのかって思ったわけ、結構無理してたしね」
レールがひかれている人生のありがたみが分からない彼が嫌い。
私も含め多くの人は先が分からない人生を必死にレールを自分で組みながら歩いている。
私のその認識は間違っていないはずだ。
「別に外れて良いんじゃないですか? 自分の足元に本当にレールが引かれていると思うなら」
嫌味で言ったはずの私の言葉は彼には別の意味で伝わった。
突然勢いよくハグしてこられ私は驚きのあまり体が硬直する。
「レールなんて引かれてないよな。ねえ、山田真希ちゃん、君って男好きじゃないでしょ。俺と契約しない?」
なんで彼が私が男が苦手だと判断しているのか不明。
初対面で婚約破棄された男にしつこくした地雷の私。
そんな私と契約をしようとしている彼の真意はなんだろう。
「そもそも、百合子弟! 貴方の名前は?」
私の問いかけに男は口角を釣り上げニヤリと笑う。
「城ヶ崎慎一郎! 名前を聞いたからには面倒見てくれるって事でしょ」
「長い名前、忘れそう」
私はわざと顔を引き攣らせ返した。
「嘘つけ。忘れられない可哀想な頭を持った子でしょ。君は⋯⋯」
人差し指で額を突かれる。
彼が私をどこまで知っているかは分からないが、色々知られているかもしれない恐怖に包まれる。
「慎一郎さん。おちょくるのはやめてください。私を惚れさせて動かす気なら間違ってます」
「そんな事思ってないよ。君が男に興味ない事くらい見れば分かる」
私は城ヶ崎慎一郎の声にゾッとする。
しっかりと普通の女の子のように擬態していたつもりだった。
「だって、俺に見惚れていないじゃん。そんな女の子今までいなかったよ」
そう囁くと城ヶ崎慎一郎は私に顔を近づけてくる。
その様子を私は静観していた。
「本当に興味がないんだな」
冷めたような声と共に、彼が顔を離す。
「ここ通行人も多いので、そんな事はやめてください」
「違うだろ。気持ち悪いからやめろって言えよ! 嘘ばかりの人間って本当に気持ち悪いな」
何気なく言った言葉なのかもしれないが彼の言葉が私の心にナイフのように突き刺さる。
「何も知らない癖に⋯⋯」
「知ってるよ。君以上に君がダメダメな事をよく知っている」
「何それ!?」
私は思わず持っていたバッグを彼に投げつけた。
こんな裕福な家に生まれてきて、親の会社の子会社をやって収入を得ている男に偉そうにされたくない。
両親揃ってて、お金にも困ってなくて、私にない全てを持っている人。
「キツイよね。結婚なんて⋯⋯。元々できなかったよ。山田真希は一生嘘をつき続けるつもりだったの?」
どこまで知っているのか分からないが、分かりきったような男の言葉に脳が沸騰する。
「そうだよ。慎一郎さんは本当にゲイ? だとしたら一生嘘をつき続けられもしないのに結婚したんだ。無責任な坊ちゃん。そのまんまで、一生生きて行きなよ」
私の言葉を聞くなり、彼は楽しそうに声をあげて笑った。