「原裕司、実は俺の大学のサークルの後輩でさ」
突然、元婚約者の名前が出てきて心臓が跳ねた。
「えっ?」
「三友商事に勤めてた山田真希って子と婚約してたけど、アセクシャルだって黙ってて200万円の婚約指輪騙し取られたってグループラインで愚痴ってた。あんただよな山田真希。世界って狭いから、悪い事は出来ないぞ」
私は胸に冷たい空気が入って来るのを感じた。私が意を決した告白を裕司は見知らぬ人に愚痴ってた。それも、最悪な形。
(勝手に結婚詐欺師みたいにしないでよ⋯⋯)
自分の男を見る目のなさを恥じる。私も偏っていると思ってた百合子さんの価値観を持ってるかもしれない。
「慎一郎さん、貴方がゲイって嘘でしょ。そういう嘘最低です」
「嘘じゃないよ」
「なら、勝手にアウティングされた私の気持ちがわからない訳ないじゃないですか」
「そう思うのは、あんたが自分がアセクシャルである事に引け目を感じてるからだろ」
偉そうに私の気持ちを代弁してるかのように振る舞う彼に腹が立つ。
「貴方に私を判断されたくありません。原裕司は新入社員口説いて仕事辞めさせて浮気相手と結婚しようとして一方的に婚約破棄してきた男です」
「それが、山田真希さんの言い分ね」
「言い分ではなく事実です。婚約破棄の慰謝料も受け取ってます」
「そうなんだ。じゃあ、山田真希の言い分をグループラインに流してあげる」
「結構です」
知らない人間が私をネタのように酒の肴にしているように思えて気分が悪い。
「そんな怒るなよ。少しからかっただけじゃん。俺は姉さんの話も聞いて山田真希の言い分が正しい分かってるからさ」
「人を結婚詐欺師みたいに言ってたくせに⋯⋯」
「原裕司から見れば、悪い結婚詐欺師に引っかかったって思われても仕方ない事してる自覚ないの?」
「⋯⋯」
一時は家族になる事を夢見た相手。ソウルメイトとまで思ってた事もある。彼の母親も大好きだった。
「家族が欲しかっただけです。でも、間違ってたので一生1人でいます。だから、もう責めないでください」
「そんな泣くなよ」
「泣いてませんけど」
私は実際泣いていない。この程度で泣いていたら、私の人生は生きていけない。
「原裕司見返してやりたくない?」
「全く。もう会いたくもないです」
「俺は本当の事言うとムカついてるよ。原裕司に」
「そうですか」
百合子さんの弟だが、彼とは気が合わなそうだ。人を小馬鹿にしたような態度が鼻につく。
私が彼を放ってそのまま歩いて行こうとすると、突然手首を掴まれた。
「結婚しよう。山田真希」
唇の端を歪んだようにあげながら、軽薄なプロポーズをしてきた城ヶ崎慎一郎に私は呆れるしかなかった。